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漫画サンデー元編集長が舞台裏を語る! 上田康晴「マンガ編集者 七転八倒記」 ACT.1「静かだな・・・」

※本ページは、2013年11月~2015年5月にeBookjapanで連載されたコラムを一部修正、再掲載したものです。

▼プロフィール
上田康晴(うえだ やすはる)
1949年生まれ。1977年、実業之日本社に入社。ガイドブック編集部を経て、1978年に週刊漫画サンデー編集部に異動。人気コミック『静かなるドン』の連載に携わる。1995年に週刊漫画サンデー編集長、2001年、取締役編集本部長、2009年、常務取締役を歴任し、2013年3月に退任。現在、フリーのエディター。

ACT.1「静かだな・・・」

 映画『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年米映画、2012年日本公開。ウッディ・アレン脚本・監督)を観た。久々に映画で感動した私は、二度観てしまった。

 物語は、作家を志す青年が1920年代のパリにタイムスリップすることから始まる。主人公・ギルドは、ある夜酒に酔いパリの街を彷徨う。いつしか道に迷い、帰るべきホテルがわからなくなってしまった。諦めかけたその時、一台のクラッシックなプジョーが止まる。「パーティに来ないか」。突然、車に乗っていた見知らぬ男女から誘われる。それは、ギルドを魅惑に満ちた不思議な世界へ誘うドラマの始まりだった。 パーティには、1920年代に活躍したコール・ポーター、フィッジェラルド、その妻ゼルダが。さらに、ヘミングウェイやピカソまでが。ギルドは、書物でしか出会ったことのない憧れの人物を目の当たりにし、舞い上がる。現代と1920年代を行き来しながら、天賦の才に恵まれた人物との交流が、こんなにも心を豊かにするのか、ということを感じさせてくれる映画だった。 編集者にとって、才能に恵まれた人物との出会いは最高の喜びである。ちっと大袈裟かもしれないが、漫画家・新田たつお氏との出会いは、私にとって思い出に残る貴重な体験だった。

「静かだな・・・」

 これは『静かなるドン』の主人公・近藤静也が最終回に呟いた台詞である。実はこの最終回の台詞は、連載開始前から新田氏の頭の中にあった。1988年に「週刊漫画サンデー」で連載開始のとき、「最後は、静也が、静かだな・・・で終わるんだろうな」と新田氏が呟いていたのを憶えている。このときすでに、最終回の決め台詞まで考えていたということは、連載はせいぜい2年くらい、なんて思っていた。まさか24年の永きに亘ってストーリーが展開されるとは、想像すらしていなかった。そして、2013年1月8日号で最終回を迎えた。連載回数はなんと1175回。最後の台詞は、新田氏が当初考えていたとおり「静かだな・・・」で終わった。

 新田たつお氏の作品に強く魅かれたのは、今から30年前に遡る。双葉社から発行されていた「別冊漫画アクション」の愛読者でもあった私は、この雑誌に登場する読者に媚びない作品群が好きだった。なかでも、新田たつお氏の『ビッグマグナム黒岩先生』は異彩を放っていた。当時、横山やすし主演で映画にもなり、好評を博していた。もちろん、すぐに映画館に足を運んだことは言うまでもない。ヒロインが甲斐智枝美だったことを不思議に憶えている。

 しかしこの時まで、新田たつお氏とは会ったこともなかった。  私は当時、「週刊漫画サンデー」以外に「サンデーまんが」(漫画サンデーを逆さにした安易な雑誌名)という月刊誌も手掛けていた。4コマが主流の雑誌ではあったが、軽妙洒脱なストーリー漫画、しかも柱になるような作品の掲載を探していた。そんなときに出会ったのが『ビッグマグナム黒岩先生』だった。「この人しかない」と決めたものの、漫画サンデーには今まで一度も登場したこともなかったため、連絡先すらわからない。

 まずは「ビッグマグナム・・・」を掲載している双葉社に電話を入れた。丁寧ではあったが、あっさり断られた。当然と言えば当然、今でもそうかも知れないが、自社で抱えている著者の連絡先はできる限り教えない、というのがこの業界の常識である。「自分の足で汗水流して探してください」と他社の編集から丁重に説教された編集部員もいた。私もライバル誌からの問い合わせがあったら、同じ対応をしていたと思う。

 しかし、新田氏の連絡先は、思わぬところから知ることとなる。

 この当時、私は漫画家・小島功氏の担当も兼ねていた。3月3日は小島氏の誕生日。毎年この日は、誕生会をかねた花見の会がおこなわれていた。担当編集者および関係者は、伊豆にある小島功別邸に集った。この時、初めて会ったのがJ氏だった。すっかり意気投合した私たちは、熱く漫画を語り合っていた。J氏は新田氏とも親しかった。そんなことから新田氏と連絡が取れるようになった。ある意味、J氏がいなければ『静かなるドン』は漫画サンデーから生まれなかったかもしれない。(つづく)

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