【推しマンガ】あさりよしとおワールド全開! 少年少女+魔女による空の冒険活劇!!
これは人類が自由に空を飛べない世界、ようやく飛ぼうとしている時代のお話です。ある月夜の晩、飛行物体が颯爽と現れて人々を驚かせます。あれは鳥か、はたまた魔女なのか――!?
蜜蝋で固めた翼で空を目指したイカロスの神話、天才画家レオナルド・ダ・ヴィンチが残した飛行機械のスケッチなどが象徴するように、人類は太古の昔から空に強い憧れを抱いてきました。
新世紀前夜、陸上・海上交通を開拓した人類は、次なる領域である“空”を目指します。果たして航空技術の獲得は、私たちに何をもたらしたのでしょうか。技術革新の時代に挑むのは、科学マンガの名手・あさりよしとお。少年少女+魔女による冒険活劇、いざ開幕です!
あさりよしとおが描く航空機黎明期
『宇宙家族カールビンソン』『ワッハマン』『まんがサイエンス』などの代表作を持つマンガ家・あさりよしとお。柔らかい線で描かれる魅力的なキャラクターや、科学知識満載のストーリーで、熱烈なファンを獲得しています。
あさりよしとおは、宇宙開発に関心を持つ小説家、マンガ家などで結成された「宇宙作家クラブ」の会員です。無類のロケット好きが高じて『宇宙へ行きたくて液体燃料ロケットをDIYしてみた~実録なつのロケット団』を発表し、2014(平成26)年の第45回星雲賞(ノンフィクション部門)、科学ジャーナリスト賞を受賞しています。
『超音速の魔女』は、「楽園 Le Paradis」(白泉社)Web増刊の連載作品。航空宇宙産業に造詣が深い著者ならではの航空冒険活劇となっています。
『超音速の魔女』©あさりよしとお/「楽園」/白泉社 1巻P006より
18世紀後半のイギリスで始まった産業革命。19世紀に入ると、蒸気機関を利用した蒸気機関車や蒸気船の実用化という交通革命が起こりました。
蒸気機関は蒸気タービンへと進化し、蒸気機関車に替わる電気機関車が登場。鉄道網は世界を覆っていきますが、技術者たちはこれに飽き足らず更なる技術を追求。19世紀後半には、実用的なガソリン自動車が誕生しています。
陸上・海上交通の進化は目覚ましく、世の中の構造を大きく変えていきました。そして人類は、残された未踏の領域“空”を目指すことになります。本作の舞台は、「20世紀初頭によく似た世界」。あさりよしとおは交通の発展史を紹介して、新世紀が“空”の時代となることを読者に予感させています。
少年と少女による航空機開発競争
ある日、巨大な「飛行船」が飛来。流線形の形状で、空気より比重の小さいガスを詰めた“空を行く船”の登場に、人々は「新時代の到来だ!」と喝采します。その様子を、苦々しい顔で見つめる一人の少年がいました。
少年発明王・オガルは、人類が未だ見ぬ飛行機作りに情熱を燃やしています。飛行船から降り立ったのは、帝国科学アカデミーきっての英才少女・ツッペカル。「表敬訪問」を謳いながら飛行船の威容を見せびらかす彼女に、オガルは苛立ちを隠せません。
ツッペカルはオガルの祖国を「新興国」と呼んで、「帝国の後塵を拝する気分はいかがかね」と嘲笑します。しかし飛行船の原理である気球は百年も前からある技術。さらに飛行船は浮いているだけで「飛んでるわけじゃない」とオガルは反論します。
『超音速の魔女』©あさりよしとお/「楽園」/白泉社 1巻P008_009より
オガルがツッペカルに打ち勝つことができる唯一の手段、それは動力装置と翼の揚力で飛行する「飛行機」を発明することでした。軽量で強力なエンジンさえあれば、鳥のように自由に空を飛べると考えているのです。
新世紀の到来を目前に、世界各国が飛行機の開発を急いでいました。しかしその一方で、多くの人々が“空”は人間の領域でないと信じていました。「空を飛ぶなど 魔女のすることだ」「空には魔物が棲んでいる」「空は呪われている!!」と考えていたのです。一人の老人が、ツッペカルの飛行船を見て「魔女の仕業だ!」と叫びます。
科学が大いに発展したこの時代に、“魔女”を信じている人がいる――ツッペカルは、オガルの祖国を「迷信の国」と揶揄します。
航空機の実用化がもたらす革命
帝国の英才少女・ツッペカルは、これからオガルの国の首都を訪問すると言います。しかし政府関係者のヤバチーは、「あの飛行船は危険だ」と警鐘を鳴らします。
飛行船はおろか空を飛ぶもの全てが、新時代の驚異となると言うのです。航空機が実用化されれば、地形を無視して一直線に進撃できるようになります。さらに、あらゆる軍事拠点が上から丸見えとなってしまうのです。
ツッペカルの飛行船の登場で、この国の軍事は一変してしまいました。空の兵器を持つ軍隊に襲われたら、鳥に狙われた地を這う虫と同然――抗うすべがなくなってしまうのです。「表敬訪問ということになってはいるが」「あの飛行船を首都上空に入れるのは別問題だ」と力説するヤバチー。その言葉を聞いたオガルは家に急ぎ帰ります。
『超音速の魔女』©あさりよしとお/「楽園」/白泉社 1巻P016_017より
オガルは天才発明家であり大富豪でもあります。屋敷には秘密の格納庫が建てられていて、その中にはオガルの発明品が並んでいました。家に帰ったオガルは、メイドのワヤに格納庫に来るように命じます。
政府はオガルに対策を講ずるよう命じましたが、未だ飛行機の発明には至っておらず、今の技術では滑空機止まりなのが現実。「滑空機(グライダー)」は、飛行機と同様に空を飛ぶ航空機の一種。鳥のような翼を持っていますが、エンジンなどの動力を用いずに滑空するものです。
鳥は自力ではばたくことができ、形を変えてバランスを取ることが可能です。ワヤは「鳥の姿だけを真似たところで 飛ぶわけないですよね」とオガルに進言。鳥の飛行能力を、表面的な形にとらわれずに実現すること。それが“科学の力”だと言うのです。ワヤの正体は、ほうきで空を飛ぶ魔女。非科学的な魔法を用いる彼女ならではの、自由な発想を展開します。
新しい時代を拓くのは科学と魔法!?
オガルは「不本意ながら」と前置きした上で、ワヤに一つの命令を下します。最近、国の上空を夜な夜な徘徊する謎の飛行物体の噂。その正体は、オガルが発明した飛行機でした。それは、科学と魔法の力が融合した飛行機で――!?
本作著者のあさりよしとおは、豊富な知識をもとに交通技術の歴史を紹介。急激な勢いで変化する時代の裏側で、一喜一憂する人々の姿を浮き彫りにしています。
本作に彩りを添えるのがメイドであり魔女のワヤです。聡明な彼女は科学と魔法の力を等しく評価し、科学信奉者のオガルに疑問を呈しています。科学と魔法が共存する空で繰り広げられる冒険マンガ。夜な夜な自作の飛行機を駆る少年と魔女のコンビや、一癖も二癖もある理系女子など、個性的なキャラクターも見どころの一つです。少年少女の活躍を楽しみに見守りましょう!
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略