【推しマンガ】マリー・アントワネットの寵愛を受けた 傾国の仕立て屋、ローズ・ベルタンの一代記!!

14歳でフランス・ブルボン王朝に嫁ぎ、37歳の若さで革命の露と消えたマリー・アントワネット。その悲劇的な人生とともに語られるのが、彼女のファッションリーダーとしての功績です。贅(ぜい)を尽くした王妃のドレスは、瞬く間に宮廷内のトレンドとなりましたが、その舞台裏には流行の仕掛け人がいたことをご存じでしょうか。
平民の出でありながら貴族以上の権勢を誇った仕立て屋、その名はマリー・ジャンヌ・ベルタン。後にローズ・ベルタンの愛称を与えられ、ファッションデザイナーの祖として歴史に名を刻んだ人物です。
モード商として才能一つでのし上がり、王妃の寵愛のもと華やかな宮廷文化を花開かせたベルタン。その波乱万丈の人生をマンガ化したのが、磯見仁月の『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン』です。WEBマンガ誌「コミックバンチKai」(新潮社)で人気の豪華ファッション絵巻。その見どころとともに、作品の舞台となった 18世紀フランスの歴史を紹介します。
フランス、モード産業の芽生え
フランスと言えば、最先端のファッション、モード産業を思い浮かべる人も多いことでしょう。この国でモードと産業が結びついたのは17世紀のこと。ルイ14世に仕えた財務総監のコルベールは、国富の増大を目指して、自国の産業を保護する政策を推進しています。
その一環として、王室の保護のもとフランス各地に工場が作られました。織物やレースを生産する繊維産業が盛んとなり、服飾文化は目まぐるしい発展を遂げていきます。
1766年、この物語はフランス王国の地方都市アブヴィルで幕を開けます。この町には王立の紡績工場があって、毛織物の一大産地として栄えていました。

『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン』©磯見仁月/新潮社 1巻P006より
マリー・ジャンヌ・ベルタンは、アブヴィルの町一番の髪結いです。彼女の店に行けば、田舎娘もお姫様のようになることができる――そんな評判を聞きつけて、多くの娘が彼女の店に押しかけていました。
ベルタンは10年以上前に父親を亡くしてから、叔母のバルビエに育てられてきました。バルビエは彼女に人並みならぬ才能を見出して、厳しく教育しています。
バルビエが教えたのは、髪結いと服の仕立て方。当時のフランスでは、女性が身を立てることができる術(すべ)は限られていて、髪結いとお針子はその典型的な仕事だったのです。バルビエによる指導は熱心で、夫と別居をしてまでベルタンの面倒をみたと言います。
「可愛くない女さ ベルタンは」
髪結いと服の仕立てができるマリー・ジャンヌ・ベルタン。その技術は高く評価されましたが、アブヴィルの住民の中にはベルタンをねたむ者も現れます。「可愛くねぇなあ」「誰のおかげで働けると思ってんだろな」「少し前までは同業組合(アール・エ・メティエ)も男のもんだったのに」と言うのです。
当時の中産階級以上の女性は結婚し、子どもを産み育てることが主な役割。労働者階級の女性には、農園や工場での労働のほか、上流階級の屋敷や商店での下働きなどの働き口がありました。しかし、いずれも男性に比べると稼ぎは限られたもの。
髪結いと仕立て仕事ができるベルタンは、「男より稼ぐ」と陰口を叩かれてしまいます。商工業者の同業組合が、男性中心の社会だったこともあって、彼女の活躍は疎まれたのです。

『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン』©磯見仁月/新潮社 1巻P026_027より
町の子どもたちが、道行くベルタンをからかいます。「可愛くない女さ ベルタンは♪」「女を捨てた 髪結いさ♪」。さらに無邪気な顔で「いつ結婚するの?」と言って、彼女を苛立たせるのです。
そんな彼女に追い討ちを掛けるように、ララがベルタンに泣きついてきます。ララは裕福な役人の娘で、ベルタンの髪結いの上客でした。彼女はパン職人のバジルにぞっこんで、彼を振り向かせるためベルタンに髪を結ってもらっていたのです。
しかし、ララはバジルに振られてしまいました。ララの愚痴を聞かされて、ベルタンの苛立ちは倍増します。ベルタンは気持ちを落ち着かせるため、縫い針を手に仕立て仕事を始めます。「仕事しよ」という掛け声で、自らを奮い立たせるのです。
芸術と文化の都・パリへ
可愛い顔、裕福な家庭環境、人に甘えられる素直さ――ララが持っているのは、いずれもベルタンには無いものばかり。しかし彼女は他人を羨んでも仕方がないと思い、仕事に専念してきました。しかし周りは結婚の話題で持ち切りです。
ベルタンは虚しい思いを覚えますが、そんな彼女の心を慰めてくれるのが、幼馴染みのマルセルの存在です。花屋の息子である彼は、ベルタンの髪に一輪のバラを差してくれました。
自分を女性として見てくれるマルセルに、ベルタンは好意を寄せていたのです。しかし彼女の淡い想いは、見事に打ち砕かれてしまいます。

『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン』©磯見仁月/新潮社 1巻P054より
マルセルが突然結婚することになったのです。お相手は、バジルとの恋に破れたばかりのララ。ベルタンの気持ちを露知らず、彼女に花嫁衣裳を作って欲しいと頼みます。
ベルタンはマルセルへの想いを胸にしまい、花嫁衣裳の仕立てを引き受けました。マルセルとララの結婚式が終わると、ベルタンはアブヴィルの町を後にします。彼女が一路目指すのは芸術と文化の都・パリ――。
ベルタンの育て親であり、師匠でもあるバルビエは「マリーはね この町(アブヴィル)ごときに収まる器じゃないのさ」と言って、彼女を送り出します。後にパリで一番のモード商となるマリー・ジャンヌ・ベルタンですが、こうして彼女の新しい人生は始まりました。
ファッションに人生を懸けた二人のマリー
本作の著者・磯見仁月は、歴史テーマを描く名手です。「週刊少年サンデー」(小学館)で連載した『クロノ・モノクローム』では、チェスの大戦中に18世紀ウィーンにタイムスリップした少年の姿を描いています。
タイムスリップ物の作品では、登場人物を現代から過去に送り、歴史を追体験させることで、読者に共感を持ってもらうことができます。しかし本作は、実在の人物や史実に真正面から取り組んだ歴史マンガ。 18世紀フランスの風俗やファッションは、日本人に馴染みがないものばかりですが、歴史の知識とともに語ることで、読者の知的好奇心を誘っています。
1793年10月16日、マリー・アントワネットは断頭台に散ります。私たちは悲劇的な結末を知っていますが、この物語を読み始めたら目を放すことができなくなるはずです。本作に描かれているのは、ファッションに人生を懸けた人々の情熱。マリー・ジャンヌ・ベルタンとマリー・アントワネット、二人のマリーの物語をぜひ最後まで見届けてください。
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略