【漫画家のまんなか。vol.7 やまもり三香】誰にも共感されなくても、私が可愛いと思う女の子を描く。それが原点かもしれない
トップランナーのルーツと今に迫る「漫画家のまんなか。」シリーズ
今回は、ebookjapanマンガ大賞2023の大賞に輝いた『うるわしの宵の月』の作者・やまもり三香先生にお話を伺います。
『ひるなかの流星』『椿町ロンリープラネット』など次々とヒット作を生み出し、胸キュンの恋愛ストーリーと高い画力でファンを魅了してきたやまもり先生。そんな先生が新人時代にぶつかった壁や影響を受けた漫画家、そして今大注目の『うるわしの宵の月』で描かれる新たなヒロインや先生が普遍的に惹かれるヒロイン像についてもたっぷりお聞きしました。
▼やまもり三香
石川県出身。2005年に『君のクチビルから魔法』(「ザ マーガレット」集英社)で漫画家デビュー。代表作『シュガーズ』『ひるなかの流星』『椿町ロンリープラネット』(いずれも「マーガレット」集英社)など。2017年に『ひるなかの流星』が実写映画化。現在、月刊「デザート」(講談社)にて『うるわしの宵の月』を連載中。同作は、ebookjapanマンガ大賞2023 大賞、このマンガがすごい!2022 オンナ編第4位、第12回ananマンガ大賞 準大賞など受賞歴多数。
セーラームーンに影響されて描いた少女戦隊モノの漫画
子どもの頃はすごくやんちゃでした。人の言うことをあまり聞かない、ちょっと気に食わないことがあると「従いたくない」ってなるタイプで、小学校の頃には一度学校から脱走したことも。多分、親はすごく手を焼いていたと思います。少女漫画家あるあるなんですが、作風が普通な漫画家ほど実際に会ってみたらやばい人だったとかよくあるんです(笑)。
絵は小学生の頃からずっと描いていて、興味をもてるものはそれしかなかったですね。当時女子グループの中で自分の描いた漫画を見せ合うブームみたいなものがあって、私はもう完全にTVアニメの「美少女戦士セーラームーン」の影響で、少女戦隊モノの漫画を描いていました。でも誰ひとり話を完結させられなかったですね(笑)。
漫画雑誌は姉と弟がいたので「りぼん」や「週刊少年ジャンプ」を読んでいて、少女漫画・少年漫画というジャンルはあまり意識せずにライトに読んでいました。めちゃくちゃハマったのがジャンプで連載していた『ボンボン坂高校演劇部』。完全にギャグ漫画なんですけど、絵が上手くて一番好きな作品でした。
中学生になってからは急に興味が映画に行って、二大映画雑誌の「SCREEN」と「ROADSHOW」を毎月購入して、俳優さんの名前を覚えたり、かっこいい俳優さんをチェックすることに快感を覚えていましたね。
漫画家として生きる覚悟をくれた母の言葉
実は高校生の頃から20歳ぐらいまでは、漫画から離れる生活を送っていました。この時期に留学していたこともあって、あまり漫画を描かなくなっていたんです。だから当時のジャンプの連載作品も全然わからなくて、時々留学先で日本人の友達が持ってきている漫画を読ませてもらうくらい。一条ゆかり先生の読み切り作品とか結構本格的な作品を読ませてもらった記憶があります。留学生活を楽しむことが第一で、遊びに出かけるほうが漫画よりも楽しかった時期ですね。
そんな楽しい留学生活を終えて日本に帰ってきたのですが、そこからは実家の飲食店でアルバイトをしていて、「本当にこれからどうするの?」という状態の2年間が続きました。朝起きることもできなくて、母親が怒鳴り込んできて、しぶしぶアルバイトに出ていく日々。私って絵を描くこと以外は本当に何もできないというか、もう社会不適合者なんですよ(笑)。見かねた母親に「うちで一生皿洗いするか、それが悔しいんだったら漫画家になりなさい」と言われ、「くそー!」と奮起したことが漫画賞への応募につながりました。うちの母親は昔から手に職をつけなさいというタイプで、「何か一つ能力を生かした職業をやっておかないと、生きていけないから」ということはずっと言われてきました。自分の能力を活かせる専門職なら絵の仕事しかない。母親の言葉は漫画家をめざすきっかけとして大きかったと思います。これまで漫画を最後まで描き上げた経験がなかったので、この時の応募作が初めて完結させた作品になりました。
漫画やイラストへの意識の変化は、留学中に経験した出来事の影響もあるかもしれません。ある時、留学先の美術のクラスで少女漫画風の絵を描いたら、すごく褒められたんです。日本だと漫画っぽいイラストを描くとちょっとヒソヒソ言われるみたいな感じが私の学生時代にはまだあって、描いていることを隠す空気がありました。でもこの出来事で「外国ではコソコソすることではないんだ」と感じて、「イラストや漫画を描くことは恥ずかしいことじゃない、自分の能力として捉えていいんだ」という意識に変わったと思います。
ターニングポイントになった『椿町ロンリープラネット』
デビューが決まった時は夢心地で、楽しい漫画家生活というものをいろいろ妄想していました。でも実際はデビューして他人に自分の作品を見せると、あれこれ言われるし、描きたいことも制限されるし、すぐ夢から覚めました(笑)。当時の編集担当さんが結構ズバズバ言う方だったので、出した企画案についてもことごとく「それは面白くないです」と。「誰視点で話を描いているんですか」「この話のテーマは何ですか」と言われて、ただこれが描きたいだけじゃ駄目なんだっていうことを思い知りました。でも若かったので、言われたことをバネにして、前向きに頑張ることができたと思います。とにかく「わー! すごい」と言われている未来の自分の姿を妄想しながら乗り切りました。
『椿町ロンリープラネット』(以下:椿町)くらいから、ちょっと自分の意見が通るようになってきたなという感じはありましたね。『シュガーズ』『ひるなかの流星』(以下:ひるなか)の時は、新人なのでアップアップの状態でしたが、椿町ではやまもりさんの好きな要素を入れていいですよという雰囲気があったので、「じゃあ今度のヒーローは絶対ロン毛にします」とか、そういう感じで意見が通ったのがすごく嬉しかったです。ひるなかが映画化されたから意見が通るようになったというのもあるかもしれないですけど(笑)。
椿町では「血がつながっていなくても、この世の中には誰かひとり心が通う人がいる」ということをテーマに描こうと思っていたので、これは意識して描きました。最初についてくれた編集担当さんに「やまもりさんはテーマがわかりにくいというか、ないよね」と注意されていたので、そこは自分の中で課題だったところ。椿町はその課題を達成できた作品になったと思います。
ずっと描きたかったボーイッシュなヒロイン像
今連載中の『うるわしの宵の月』のヒロイン・滝口宵ちゃんのビジュアルイメージは、椿町の連載中になちやん(漫画家・森下suuの作画担当)と2人で入った有楽町のイタリアンレストランの店員さんがモデルです。ショートカットでボーイッシュですごく可愛くて、その一瞬でしたが、いつかこういう子を描いてみたいなという気持ちになりました。椿町でもみどりちゃんというボーイッシュなキャラを描いていて、このキャラのその後の物語を描きたいという想いもありましたね。ちょうど「マーガレット」から「デザート」に活動の場を移す時だったので、また違う物語でボーイッシュなヒロイン像を落とし込めないかと考えていて、宵ちゃんが生まれました。
「王子」と呼ばれる容姿端麗な宵ちゃんを描く時は、なるべくリアルっぽく、かつリアル過ぎず、漫画とリアルのいいとこ取りをできるように頑張っています。仕草については小ぶりですね。そんなに大きいアクションを起こさない、実は優等生のおとなしいキャラ。ひるなかのヒロイン・すずめちゃんみたいに猛ダッシュしてぶつかっていくみたいなことはしないし、椿町のヒロイン・ふみちゃんの銭ゲバ的な要素もないので、これまで描いてきたヒロインの中でも一番おしとやかだと思います。宵ちゃんのファッションについては本当に難しくて、未だに迷いながらですね。ボーイッシュな子っていいなと思うんですけど、ボーイッシュな服って描いていて楽しくないんですよ(笑)。とはいえゴリゴリに女の子っぽい格好していたら、王子と呼ばれることにコンプレックスのある宵ちゃんとは違ってくるので、大人っぽいパンツスタイルみたいな感じが多いです。制服についてもプリーツスカートを着せてみたら本当に似合わなくて、タイトスカートになっていきました。
今作では少し表情を大きく入れている部分はあると思います。掲載雑誌が「デザート」に変わって40ページぐらい取れるようになったことで、間の取り方が変化したという面もありますが、宵ちゃんの「実は女の子っぽい顔もするんだよ」というところをだそうとすると、やっぱり大きめの表情になりますね。ひるなかの「先生と生徒」、椿町の「歳の差」みたいに大きな障害はないので、設定モリモリで展開で見せていくというより、表情で見せていくというのは意識しているかもしれないです。周囲から王子と呼ばれるボーイッシュな見た目と、内面の本当の自分との違いにコンプレックスを抱えている宵ちゃんの姿というのもテーマとして描いているので、最終的に宵ちゃんがそこを認めて受け入れて、前向きにポジティブになったらいいなと思いながらストーリーを考えています。自己肯定感が低い人って今多いと思うので、「自分の持っているものを生かそうぜ」「とりあえず、みんな頑張ろう」みたいなメッセージを込めています。
『うるわしの宵の月』 Ⓒやまもり三香/講談社
教科書のように読んでいた、いくえみ綾先生の漫画
一番尊敬しているのは、いくえみ綾先生です。小学生までは『ボンボン坂高校演劇部』が好きでしたが、中学生の頃にいくえみ先生の漫画を読んで「うおー! 読んだことない漫画きた!」と衝撃を受けて。最初に読んだのが『おうじさまのゆくえ』という読み切り作品で、その後、友達に借りたのが『バラ色の明日』という作品でした。それまでは「別冊マーガレット」の作品を読んだことがなく、「りぼん」も「週刊少年ジャンプ」も展開で読ませる感じの作品が多かったので、先生の作品を読んで「人間の感情をうまいこと描くんだな」「こんなこと漫画で描いていいんだな」という気持ちになりました。先生の作品は結構大人っぽかったんですよね。「セックスシーンではなく、こんな生々しく大人の営みを比喩で表現するんだ」とか、「モノローグを2ページも続けていいんだ」とか……とにかく衝撃的でした。
先生の影響はすべての部分に受けています。モノローグの入れ方、横顔の書き方・入れ方もそうですし、もう見たら恥ずかしくなるぐらい影響を受けているなと。でも私たちの年代の少女漫画家って、いくえみ先生に影響を受けなかった人はいないので(笑)。まぁいいかなと思っています。先生はセリフまわしがすごく上手で、「なるほどこういう風に話を運んでいくのか」と、漫画家になってからも教科書のように読んでいました。
ほかにも尊敬する先生はたくさんいて、一人挙げるなら谷川史子先生ですね。漫画家になってから担当編集の方に読んでみてくださいって先生の作品を渡されたんですが、ものすごくモノローグが素晴らしくて。そしてピュアなあの世界観……読んでよかったという気持ちになる作品が多くて、すごく影響を受けました。『吐息と稲妻』という作品が特に好きですね。ファンタジーなんですが、「最後にそういう感じで締める!?」みたいな終わらせ方が、何かグスンってなります。谷川先生の作品は実は切ない終わり方が多いかもしれないですね。
そのほかにアルコ先生や吉村明美先生にも影響を受けたと思います。吉村先生の『薔薇のために』という作品を読んだ時には、本当にこれは読んでよかったと思えました。吉村先生もモノローグがすごくお上手なんですよ。なんかもう壮大なモノローグを見せてくれるんですよね。谷川先生はふわっとしたドリーミングさがありながら、心をギュッと締め付けるようなモノローグで、一方の吉村明美先生は朝ドラみたいなモノローグ。読んだ人にしかこの感覚はわからないかもしれないですが、壮大なストーリーや濃いキャラクターなど、すごく影響を受けていると思います。
クラスの目立たない女の子やサブキャラにもスポットライトを
創作するうえで心がけているのは、読者が漫画を読んでいる時間だけは現実逃避ができるように、読んだ後に何か幸せな気持ちになれるようにということです。私の場合は映画なんですが、映画を観ている間はそれに集中して頭の中が空っぽになるじゃないですか。それってすごい気分転換になるし、鑑賞後も余韻を味わうことができる。私もそんな作品が創れたらいいなと思いながら描いています。
作品を通してこれを伝えたいみたいな熱いものではないのですが、「こういう男の子とか女の子って可愛いよね」というのをわかってもらいたいという気持ちが創作活動の根底にありますね。セーラームーンの話に少し戻りますが、友達の間で一番人気があったのがセーラーマーキュリーだったんですよ。でも私はまこちゃん(セーラージュピター)推し。ヤンキーに見えて優しいところが魅力的で、お料理も上手だし、友達に欲しいなみたいな。セーラームーンって結構自己主張の激しいキャラが多かったので、一番目立たないポジションで可哀そうだなっていうのもありましたね。優しくて喧嘩が強くて、やっぱりかっこいい女の子が好きなので、そういうところに惹かれるのかもしれません。共感してくれる人がいなくても「この子も可愛いのに!」というのを、自分で描きたいというのが創作の原動力になっていて、私の描く主人公がちょっと目立たないタイプが多いことにもつながるかもしれないです。自分が好きなものに共感してほしいというか、自分の好きな料理をみんなにも食べてほしい、これ美味しいでしょ?みたいな感覚ですね。 これまでに番外編もたくさん発表してきましたが、それは本編を描いている途中でサブキャラに対してストーリーがどんどん浮かんでくるからなんです。私が最初に連載した『シュガーズ』がオムニバスの作品だったので、そういうクセみたいなものがついているのかもしれないですが、主人公以外のキャラも生きているわけじゃないですか。でも本編では主人公2人のストーリーが軸なので、このサブキャラのストーリーが面白そうだなと思っても描けないなーという感じでモヤモヤしている状態なんですよね。主人公の2人だけを描き続けるのは結構辛いので、そういうことを妄想してしまうのかもしれません。作者として好きになっちゃうサブキャラもたくさんいて、ひるなかに出てくる諭吉おじさんについては、私が出したい! といって椿町にも登場させました(笑)。いくえみ綾先生の『潔く柔く』のように、主人公がオムニバスでちょっとずつ変わっていくスタイルが、理想のスタイルかもしれないです。
70歳になっても、絵を描くことが中心にある生活を送りたい
いつか恋愛があまり絡まない話も描いてみたいと思っています。多分反対されると思いますけど、これだけ描いてきて、歳もとってきて、イケメン描くのもちょっとしんどくなってきたというのはあるので(笑)。部活モノやファンタジーなど、いろいろなジャンルに挑戦してみたいという気持ちはありますね。気持ちはありますけど……、やっぱり畑が違うので大変かな。連載にはならないかもしれないですけど、ショートで描いてみたいとは思います。
私は背景が描けないので、一度ちゃんと背景を習って、アシスタントさんを使わずに人物も背景も動物も全部自分で描き上げてみたいという目標もあります。70歳ぐらいの時にやりたいですね。そのくらいの歳になると、もう人物を描くことはきつくなってきていると思うので、もうちょっと自然に寄った花とか植物を描き始めているかもしれません。締め切りに追われずに、読者目線も全く意識せずに、自分の好きなように自己満足で描くというのをやってみたいですね。絶対面白くないので、どこにも発表しないかもしれませんが(笑)。
それでもおばあちゃんになっても漫画を描き続けたいとは思っています。漫画を描くことってすごくしんどいことですけど、でもそれがないと私は本当に駄目人間になってしまう。描くことを生活のルーティンに組み込んで、できる限り生活の中心に絵を描くことを入れておきたいですね。多分創作意欲って尽きないと思うんですよ。70歳になっても描けたらいいなという想いはあります。
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高橋ゆたか
『ボンボン坂高校演劇部』 -
いくえみ綾
『バラ色の明日』 -
谷川史子
『吐息と稲妻』
取材・文=白石さやか