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祝! 漫画家デビュー30周年! 雁須磨子先生×かわかみじゅんこ先生スペシャル対談

漫画家デビュー30周年を迎えられた雁須磨子先生とかわかみじゅんこ先生は、デビュー前からの友人同士。同人イベントで出会い、文通し、ほぼ同時期に上京して漫画家アシスタントになり90年代半ばに商業デビュー。「じゅんちゃん」「すまちゃん」と呼び合うお二人ならではの距離感で、漫画について、絵について、たっぷり語り合っていただきました。

▼雁須磨子(かり・すまこ)
1994年に『SWAYIN' IN THE AIR』(「蘭丸」/太田出版)にてデビュー。2006年に『ファミリーレストラン』(太田出版)が映像化。2020年、『あした死ぬには、』(太田出版)が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在の連載作に『ややこしい蜜柑たち』(祥伝社)、『毎分毎秒』(新書館)、『起承転転』(太田出版)がある。

▼かわかみじゅんこ
1995年に「恋はザッツワッチャドゥ」(「ヤングロゼ」/角川書店)にてデビュー。2004年1月、パリに移住しフランス人のフィリップさんと結婚。そのフランスでの暮らしぶりを描いた『パリパリ伝説』を20年以上連載している。
フランス語作品『It’s your world』(kana)が第7回国際漫画賞を受賞。日本語版は『パリの鈴木家』(イースト・プレス)として発売中。また、『中学聖日記』は第7回an・anマンガ大賞の大賞を受賞。2018年にはTBSにてテレビドラマ化された。

ややこしい蜜柑たち 著者:雁須磨子
パリパリ伝説 著者:かわかみじゅんこ

35年前の出会いと、漫画家になることを決意した時期

雁須磨子先生(以下雁先生):じゅんちゃんに初めて会った時に描いてもらった絵を見てみたら、1991年10月6日と日付が入ってました! 出会って35年目になるんだね。

かわかみじゅんこ先生(以下かわかみ先生):二人ともデビュー前ですね、懐かしい。デビューから数えると私が30年目、すまちゃんは丸30年ということになるのかな?

──『SWAY IN' IN THE AIR』が1994年、「恋はザッツワッチャドゥ」が1995年ですね。さらに遡って、お二人が職業としての漫画家になることを決心されたのはいつ頃なんでしょうか?

雁先生:私は中学生のときに「なろう!」と思ったんです。すごく描きたい話があったわけではなくて、漫画を描きたい、漫画雑誌に載りたいという気持ちだったのかな。投稿も一度したんですが16才くらいで同人誌にハマってしまって…。同人誌ではいろいろやってみたいと思って小説を書いたこともあります。

かわかみ先生:私も中学生のときだったかな。漫画を読むのがずっと好きだったんですが、漫画家になると決意した瞬間は実はよく覚えていなくて。でも確か、中学時代の作文に「漫画家になる」と書いた気がします。当時はアニメ好きの友達と相談しあって、「アニメージュ」と「アニメディア」をそれぞれ買って交換して読んでました。見てない作品でも、アニメーターさんの綺麗なイラストを眺めてるだけで楽しくて。改めて考えてみるとイラストレーターになりたいとも思っていたかもしれません。

雁先生:私はアニメもドラマもあまり見ない子どもだったなー。

──30年後もこうして漫画を描き続けていると想像されたことはありましたか?

雁先生:今になってみれば、ここに立ってまだ描いてるなという感触です。40才頃に、あと10年くらいだろうか、と来る仕事全部受けるくらいの勢いで描いていた時期があったんだけど、漫画っていつまで描けるんだろうね。

かわかみ先生:体力も落ちてくるしね。その時期って『どいつもこいつも』を連載していたくらいのとき?

雁先生:『かよちゃんの荷物』が終わったくらいだったかな。いろいろ思いつくし全部描きたい気持ちになったけど、そんなやり方がうまくいくわけもなく体力は尽き……寄る年波がすごかった。

かわかみ先生:40代って全然若いって私は思っちゃうんだけど、日本にいると違うのかもしれない。

雁先生:若い人もバーッと出てきて世代が移り変わるのを感じたり、自分の体力も落ちてきちゃう。そこを乗り越えたらきっと楽になるというか、段階が変わるタイミングだったんでしょうね。仕事以外にももっと楽しいことをしたほうがいいと周りからアドバイスされたんだけど、漫画以外に特にやりたいこともないしな…、という時期があったんだよね。じゅんちゃんは30年後って想像してた?

かわかみ先生:デビューした時は、先のことは全く考えていませんでした。

雁先生:次の仕事あるかな、来年の仕事が決まってるってすごいな、みたいな感じだったよね。漫画描いたらお金がもらえちゃった!みたいな(笑)。

──30代のその時期を経てお仕事のスタイルを変えられたんですか?

雁先生:いや、結局はシンプルにできるだけやるっていうままですね。私は引き算ができないから、物理的に無理というところまでは走るしかないしそれが楽。じゅんちゃんは変わった? 『パリパリ伝説』ももう長いよね。

かわかみ先生:2004年スタートだから20年以上。『パリパリ伝説』を描かせてもらったことで、漫画の描き方はちょっと変わったかもしれません。少女漫画は作品に自分ものめり込まないと描けなくて、子どもが小さいときは特に、あぁ今月も描けなかった……となることがあって。何も描けないくらい体調が辛い時もあったけど、結局少しでも描かないとそれも辛い。『パリパリ伝説』を描くことですごく助けられてきました。

──『パリパリ伝説』以前の作品では、青春時代の少年少女を多く描かれている印象があります。

かわかみ先生:はい。一時すごくハマって描いたけど自分がリアルタイムでその年代だったわけでもないし、そのうち描けなくなるだろうな、とも思っていました。何を描くのかというのはずっと考えていて、未だ模索中なところはあるかもしれないですね。

──その模索から『中学聖日記』に大人の視点が導入されることになったんでしょうか?

かわかみ先生:そうですね。大人の視点を描くことで、自分が十分に大人になっていないというのが分かったというのもあります。

ネームが生まれる瞬間とアイデアの捕まえ方

──お二人は短編作品を多く描かれていますが、中編、長編、オムニバスやエッセイのお仕事も。作品の形によって構想や描き始め方は変化しますか?

雁先生:そんなには変わってないかも。私はあまり長いスパンでものを考えられないので、たとえば100年の物語を書くとしても32枚で書きたい。思いついたらそこに全部入れて、一気にバって書いてしまいたいんです。大河ドラマみたいな長いものが描きたいと思ったこともあるんですが、思いついた方へ思いついた方へ行ってしまうから……短距離ランナーなんだと思います。

──『つなぐと星座になるように』など巻数の多い作品の描き始めも?

雁先生:考えていてもどんどん変わってしまって…、リレー漫画を一人でやってるみたいな感じです(笑)。

かわかみ先生:自分で後から回収するんだよね。

雁先生:そうそう。これお願い、えーウソでしょって自分で自分に言いながら。じゅんちゃんの一番長い話は『マルシェでボンボン』かな。

かわかみ先生:そうですね。『マルシェでボンボン』はキャラクターありきで描き始めました。年も取らないし、周りがガヤガヤして1話完結の話が多い、言ってみればサザエさん形式の作品だからか、あまり長いという意識はないけれど。『中学聖日記』は最初は読み切りで描いて、さてどうしようかといろいろ考えながら描いている感じ。すまちゃんの漫画は、1話に全てを注ぎ込んで力を尽くして描かれたものという印象があります。

雁先生:担当さんに「これは今回より、後に入れた方がいい」と言われても、次の月になってみるとどう入れたらいいかわからなくなってしまったりするんです。だから、思いついたらやっちゃった方がいいんだなと思っている。ネームって頭の中で考えますか? 先にプロットや文章で考えたりする?

かわかみ先生:歩いたり、何か別のことをしているときに思いついたことをメモって、そこからネームを組み立てることが多いです。すまちゃんは?

雁先生:何かを思いついたことは覚えてるけど、それがなんだったか思い出せない!となることが増えたから、最近ようやくメモをとるようになりました。昔は記憶力に頼っていればよかったんだけど、もう全部忘れちゃう。

かわかみ先生:忘れたことって後からふっと戻ってきたりもするよね。でも戻ってきたことに気づかずにいいこと思いついたって喜んだり(笑)。

雁先生:なるなる。私は人と話しながらやるのが一番いいみたいです。

かわかみ先生:壁打ちみたいにして会話していると考えがまとまっていきますよね。

──思いつくのは、場面? 言葉? どんな状態で浮かぶんでしょうか?

雁先生:私は漫画。自分の絵とコマ割りで思いつきますね。パパッ、パパッと現れたのを捕まえる。忘れないように何回も反芻しながら道を歩いていたりします。コマを割っていたら次のコマ割りがポッと浮かんでくることもある。何も考えていなくても手が勝手に動いている状態になる時は、調子がよくてどんどん描けちゃいますね。もともと二次創作が好きだというのもあって、骨幹がすでにあるものの枝葉を考えていく作り方が好きなんです。それでつい会話で埋めてしまってお話が進んでいかなかったりもする。

かわかみ先生:枝葉のなかにお話があるじゃない。

雁先生:うれしい。あらすじがあってこその枝葉だけど、枝葉だって生きてるんだよ、という気持ちで。短編ならひとつの場面を思いついたらもうそれでお話になる時もあったり。

かわかみ先生:短編を描こうと短編にするんじゃなくても、さっきすまちゃんが言っていたように100年の物語でも32枚や16枚で描けちゃう。

雁先生:1ページに32コマあってもいいしね。「あれから100年」と書けば一気に時間をとばすこともできる。

かわかみ先生:そうそう、漫画には言葉もあるからね。

初めて見た絵と現在進行形の連載作品に衝撃!

──30年以上お互いの作品を読み続けて、最も衝撃を受けた作品はなんですか?

雁先生:イベント会場を歩いているときに、じゅんちゃんのブースを通りかかって、なんてなんて絵がうまいんだ!ってびっくりして。いっぺん自分のブースに戻って、スケッチブックがそのときなかったから原稿用紙を会場で買ったのかな? それで絵を頼んで、お友達になってもらえませんか?ってお願いしたのが初対面。積極的な子どもでした。

かわかみ先生:ちょっと思い出してきた(笑)!

雁先生:だから一番の衝撃というと初めて見た絵ですね。何を見せてもらっても全部衝撃的。なんてうまいんだ!!って。

かわかみ先生:ありがとう。すまちゃんは、どの作品もすまちゃんにしか描けないものばかりで、さらにそれがずっと進化し続けていると思っています。
『ややこしい蜜柑たち』の清見ちゃんの顔芸がすごく好き。あの作品は、登場人物ほとんど全員人慣れしていない獣のようで、そしてすごい真理をついてくる。本当はみんなこうなんだ、うまくやっていけてる人なんていないんだと思わせてくれるし、とにかく色気がすごいんですよね。白柳くんがかわいそうなようでかわいそうじゃないという絶妙さもいい。1巻の終わりの方の《あれは あれは人生で一番ムダな半年間だった》っていう言葉がすごく響きました。

雁先生:ありがとうございます。私は『パリパリ伝説』を、じゅんちゃん色んなところに行ってるなぁと思いながらいつも読んでます。『中学聖日記』はドラマ化されたけど、『パリパリ伝説』も映像で見たいな。実写化したら誰に自分の役をやってほしいですか? 丸顔で髪の毛3本の俳優さん?

かわかみ先生:難しいですね(笑)。私も『ややこしい蜜柑たち』の映像化が見たいです!  めちゃめちゃおもしろそう!

雁先生:パリでアパートを買っていたのもびっくりしました。私が遊びに行ったのは郊外に引っ越す前のパリの家でしたね。赤子ちゃんがまだすご~く小さくて。

かわかみ先生:ベッドの真ん中にちんまりと寝ていたよね。

雁先生:フォトショップの何かが動かせないって相談されたけど二人ともわからなくて。

カラーを描く道具とアナログ/デジタルの使い分け

雁先生:じゅんちゃんはずっとアナログでやってるんだよね?

かわかみ先生:カラーは全部アナログです。『パリパリ伝説』の12巻のカバーを描くのに、久しぶりすぎてカラーの描き方を忘れてしまって。でも描いているうちに楽しくなって締め切りを過ぎてもずっと描いてて、普段の3倍くらい時間がかかってしまいました。フランスって冬の間日照時間が短くて、自然光じゃないと本当の色がわからないから日が暮れたらその日は終わり。次の日また色を見てまた描いて、と何週間もやってました。

──画材はどんなものを使われているんですか?

かわかみ先生:フランスに来たばかりの頃、とりあえず硬めの分厚い紙を使ってみたけどすごく描きづらくて。それからは日本に帰ったときにイラストボードをまとめ買いするようになりました。ずっとシリウス水彩画紙を使っていたんですけど、今回ケント紙に変えたら描きやすいし楽しかった。

雁先生:私はアルシュっていう水彩紙を使っていたんですが、オリオンのバロンケントがあまり染み込まないけど描きやすくて。ちょっと良い感じに上を滑るような塗り味になるので、この間からそれに変えました。

かわかみ先生:ボードなの?

雁先生:ううん、バラでトレス台で写して描いています。

かわかみ先生:そうか、ボードじゃないとトレス台で描けるんだ。私カーボン式で描いてたけどそれにしてみようかな。水性マーカーをパレットに出して、アクリル絵の具も使うんですけど、この紙、水を多めに使ってもそんなにふやふやしなかったよ。

雁先生:絵の具は透明水彩です。

かわかみ先生:すまちゃんのカラー本当に綺麗だよね。

雁先生:「かわかみじゅんこ」にそんなことを…、光栄至極です。最近は臆病になっているのか、濃い色が塗れなくなってきているみたい。

かわかみ先生:薄く、薄〜く塗りたいという欲望ってあるよね。

雁先生:そうなの、だから意識して濃い色を入れるようにしています。じゅんちゃんはデジタルでは描かないの? カラー描いてみるのもおもしろそうだよね。楽しいものでてきそう。

かわかみ先生:やってみたいなと思いつつもう10年くらい。イラストボードに水いっぱいの絵の具を流したり、薄い色を一旦塗ってそれから考えるのがやりやすくて。予測不能な部分があるのがおもしろいし、紙の上に色を流すような描き方は、私はまだアナログじゃないとできないのかなと思ってます。

雁先生:私は同人誌の表紙を描くときに初めてカラーを塗ったくらいだったから画材を全然知らなくて。みんなが使っているからドクターマーチンのインクを買ってみたけど塗り直せない。アクリル絵の具の厚く塗るのにも憧れたけどすぐ乾いちゃうし難しい。透明水彩絵の具にポスターカラーの白を混ぜてぽってりさせたり、最初の頃はいろいろ試していました。学校でもあまり絵をやってこなかったので、何も知らないところから始めたんですよね。色鉛筆で主線を描いていいんだ、とか、普通の絵の具でいいんだな、と見つけていった感じでした。

かわかみ先生:単行本カバーをデジタルで塗ったことはある?

雁先生:『ロジックツリー』のカバーはデジタル。でもほぼバケツ塗りで…なぜか塗りムラが残ってしまうし難しくて。モノクロページは今は下描きからフルデジタルです。「おそるるにたり」(『右足と左足のあいだ』所収)を描いているときに帰省しなければならなくなって、ペン入れまでアナログにして半デジタルに。その後コロナ禍があってタブレットを導入しました。タブレットでは綺麗に見える線が印刷するとカシャカシャしたりして辛かったんですが、実戦で慣れていきました。単行本になる前に描き直したりするんだけど、自分の作品って描いた直後からもう見れなくて……単行本作業でも見るのが怖いんです。

かわかみ先生:でも見なきゃいけないときもあるからね。

雁先生:薄目で読んだり、読み聞かせてもらったり、変なところはないか教えてもらったりして。何が辛いんだろうね。

かわかみ先生:『パリパリ伝説』では、あれ? ラクレットのこと前にも描いたかな?とか思いながら確かめずにまた描いてしまう。私の場合すぐには無理だけど、時間が経ってから読み返して、意外とがんばってたなと思える時もあります。『中学聖日記』は、過去に描いたものを回収していく作業が辛い……担当さんには「勇気を持って読み返しましょう」とたびたび激励されています。

雁先生:たて続けに締め切りがあるようなタイミングで、読み返さなかったために1つ前ではなく2つ前の話の続きのネームを描いてしまったことがありました。つまり2回同じ話を描いてしまったんだけど、並べてみると展開が微妙に違ってパラレルワールドができていた。

──雁先生、「プロットは生モノ」と以前おっしゃっていましたね。

雁先生:今日考えた話を明日考えたら違うものになるというのはありますね。幹があって枝葉を考えるのではなくて、枝葉付きの木がポンッと現れるようなものなので……キャラクターの持つ違う面を見つけてしまったら、それが骨幹にすり替わってしまうという変化もある。キャラクターの造形を最初に細かくたてるわけではない、というのも関係ありそうです。

かわかみ先生:私も描きながら考えて固めていくので、キャラがブレることもあるかもしれないし、自分が分裂しているのかと思うくらいいろんな人が出てくることもあります。
すまちゃんがすごいのは、『ややこしい蜜柑たち』で言ったら、途中までみんなが初夏ちゃんの幻想を追いかけているような状態だったけど、巻を重ねていよいよ初夏ちゃんが出てきたことで、初夏ちゃんだけじゃなく他のキャラクターへの見方も物語全体の見方も変わって深みが増していくところ。すごい! うまい! 本当にうまい!

雁先生:嬉しい。ありがとうございます!

雁先生、かわかみ先生がお互いに描いてほしい物語

──スピンオフや続編を読みたい作品、お互いにこんな物語を描いて欲しいという願望はありますか?

雁先生:『マルシェでボンボン』が大好き。みんなすこぶるかわいし、おじさま…ラファエルも素敵。ラファエルを主人公にした番外編も描かれているし、作品自体きれいに終わっていると思うんだけど、つい続きが読みたいなぁと思ってしまう。

かわかみ先生:続きで描きたいお話はあるんだよね。

雁先生:え! ラファエルの続きがあるの? 双子のママも出てくる!?

かわかみ先生:もうちょっと前の話なんだけど、また描いてみようかな。

雁先生:すごい読みたい! 本編の最終話の電話がかかってくるという作りがいいんですよね。私は伏線を張ることができないよ。

かわかみ先生:伏線には憧れるよね。すまちゃんに、これは本気で言ってるんだけど、いつかトリックものを描いて欲しいな。

雁先生:推理もの? 『金田一少年の事件簿』みたいな? 思いついたら描いてみたい!

かわかみ先生:本をたくさん読む人だから。あとは、『どいつもこいつも』の自衛隊の人たち、今の世界線だったらどうしてるのかな、まだ自衛隊にいるのかなって考えることがあります。

雁先生:取材ものもまた描いてみたいですね。ハードな社会派な話、事件もの、これまで描いていないものをお題にのっとって描いてみたいという気持ちも。

かわかみ先生:取材ものや歴史ものはファクトチェックしてくれる人がいないと、もう大変に時間がかかってしまうんだよね。

雁先生:誰かがネームまでやってくれたらいいのかな(笑)。2023年に原作付きの漫画を初めて描いたんです。長嶋有さんの『三の隣は五号室』。この分量をどうまとめて、時間配分はどうしたらいいのか……と悩みながら、でも人の作った物語を描くのはおもしろかったです。じゅんちゃんには異世界転生の悪役令嬢ものの読み切りを描いて欲しいな。

かわかみ先生:確かに、「フィール・ヤング」という場所でそれっぽくない作品を描いたらおもしろそう、それこそ歴史ものとか。

雁先生:「フィール・ヤング」の連載作家みんなで描いて別冊出して欲しい。「フィール・ヤング」は懐が深いから!

描いていて楽しいものと、描くことで楽しくなるもの

──どんなキャラクターやシチュエーションを描いているときが一番楽しいですか?

雁先生:最近になって、異星人みたいな人とそのそばにいる人っていうのが自分はよっぽど好きなんだなって気づきました。翻弄されていても馴染んでいても、そこに異文化交流が生じるのが好きみたい。じゅんちゃんはまさに異文化交流を実践しているけどね。

かわかみ先生:全力で走ってる人は、見るのも描くのもいいなって私は思ってます。『中学聖日記』の黒岩くんがガーッて自転車で走ってるみたいな場面とか。

雁先生:じゅんちゃんの漫画は走ってるイメージ、結構あります。「マキシマム」(『みどり姫』所収)みたいに短距離走してる子もいるし。

かわかみ先生:走ってる若い人をみるとすごい楽しい気分になる。もうどうしていいかわからないからとりあえず走っちゃう!という衝動が好きなのかもしれません。

雁先生:『パリパリ伝説』でも、家を探してるじゅんちゃんは疾走感がありました。

かわかみ先生:そういうシーンを描いてるときは自分もちょっと元気なのかもしれません。

── 一番描きたい感情をあげるなら?

雁先生:かつては「恥」。恥をかいた時、恥ずかしいと思っている瞬間を描くのが好きだったけど、改めて考えたらかわいそうだし、最近はあまり描かなくなりました。何をエモいと思うかと言う話ですよね。

かわかみ先生:恥ずかしいって具体的にはどういう感じ?

雁先生:調子にのった瞬間の揺り返しや、何かがバレたり惨めな気持ちになって登場人物が自分を恥じている瞬間を描いていると、楽しいというと語弊があるけど、筆がのるみたい。恥ずかしい気持ちって自分にもあるから好きなんだと思います。

かわかみ先生:化けの皮が剥がれた的な?

雁先生:そうそう、それが本人だという部分は描きがいもあるし楽しい。そういうことってあるよね、と自分ごととして捉えながら。

かわかみ先生:言語化できるのがすごい! 感情って難しいですよね。『パリパリ伝説』で言えば、自分が危機に晒されて青ざめている瞬間を描くのは楽しいのかな、楽しい気分もあるのかもしれない。どれだけ大変なことが起こっても、あの顔のあのキャラとして紙に描くことによって、客観的になって笑えるようになる部分がある。ただそれを読んで読者さんがおもしろいのか不安になるときもあります。

雁先生:めちゃくちゃおもしろいですよ!!

かわかみ先生:読んでちょっとでも救われる人がいたらいいなと思って描いています。まぁあの漫画はシリアスになりようがないというのもありますね。『あした死ぬには、』の心臓がバクバクして目が覚める場面も、自分の心臓がバクバクしたときに思い出すと楽になるよ。

雁先生:描きたい瞬間や感情って、漫画は2Dだからいいけど、3Dだったら耐えられる気がしないと思うこともあります。ところで、いつか描きたいなと抱えているシーンってある?

かわかみ先生:ひとつあるけど、描ける機会あるかなぁ。

雁先生:私もひとつあって、これは『ややこしい蜜柑たち』でならできるかもしれないと思ってる。でもこれは実際に描いたあとに言った方がいいね。じゅんちゃんは、自分の作品をリメイクしたいって思う? 同じものを今もう一度描いてみたいって。

かわかみ先生:『軽薄と水色』という単行本があるんだけど、言葉だけ思いついてタイトルにしたけど表題作がないので、改めてお話として描いてみたい気持ちはあります。すまちゃんはあるの?

雁先生:なんだろう……思いついて質問しちゃったけど…『どう考えても死んでいる』は、オチを途中で変更したから今のオチを踏まえて最初から描いてみたいな。あとは「空空寂寂」(『右足と左足のあいだ』所収)の2つめの話。大家族というか、家のなかに関係のない人間がいるという設定が好きだからまた描いてみたいです。

取材・文=鳥澤光

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