【漫画家のまんなか。vol.2 押見修造】人生の絶望と自意識、許容されない人間をグラフィカルに描きたい
人気の漫画家に、ルーツとなる漫画作品と、それらからどのような影響を受けたかをお話してもらう「漫画家のまんなか。」シリーズ。
今回は、ドラマ・アニメ・映画化で話題を呼ぶヒットメーカーであり、現在は2作品同時連載という圧倒的クリエイティビティの持ち主・押見修造先生に話を伺います。
ルーツを知れば、センセーショナルな押見作品のもっと深いところを理解できるはず。いま気になっている漫画作品や今後の活動方針を含め、たっぷりと語っていただきました。
▼押見修造
1981年生まれ、群馬県出身。『真夜中のパラノイアスター』で漫画家デビュー。
「別冊ヤングマガジン」での『アバンギャルド夢子』が初の連載作品。著作のうち『漂流ネットカフェ』がドラマ化、『惡の華』がアニメ化および映画化、『スイートプールサイド』と『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』が映画化されている。
現在は「ビッグコミックスペリオール」にて『血の轍』、「別冊少年マガジン」にて『おかえりアリス』を連載中。
親の本棚から漫画の世界へ
両親とも本や漫画、音楽が好きで、書籍やレコードがいっぱいある家で育ちました。それらを盗み読みしたり、時には父親から「お前も大きくなったから、そろそろこれを読んでもいいんじゃないか」と勧められたりして、周りの人よりも古い世代の作品ばかり読んでいましたね。父親の本棚には雑誌「ガロ」に連載されていた漫画がたくさんあって、そのあたりには特に影響を受けていると思います。
前衛的でグラフィカルな画づくり
今振り返ると、中学2年くらいのときに読んだ林静一さんの『赤色エレジー』が一番自分に刺さってるんじゃないかと思い、最近読み返しました。つげ義春さんなどと同時期に「ガロ」で連載された漫画です。1970年代初頭の貧乏ぐらしをするカップルの話で、当時の僕には同棲カップルの機微とかはよくわからなかったんですが、衝撃的な画づくりに「なんだこれは」とやられましたね。
描き方が普通じゃないことにびっくりしたんですよ。「シュール」ってよく言われますけど、急に関係ない絵が入ってくるとか画面づくりが前衛的でグラフィカル(絵画的)なんです。絵で強制的に場面や思考を切り替えたりタッチを変えたり、そういう部分は僕自身の作品にも反映されていると思います。
『惡の華』第7巻 第33話 ©押見修造/講談社
そこに感動して、国語の女性の先生に『赤色エレジー』を貸したことがあります。多分僕は、その先生のことがほんのり好きだったので、共有したかったんですよ。「全然意味がわからなかったけどすごいね」と言われて……(笑)。いい思い出です。
ちなみに林静一さんで有名なのが「小梅ちゃん」というお菓子のパッケージの少女で、女の子がかわいいんですよね。アニメ風のイラストのかわいさではなく、美人画みたいな感じの絵で、そこもいいなと思います。僕も自分の描く女の子がかわいいと言われると嬉しいです。
『ぼくは麻理のなか』第1巻 第1話 ©押見修造/双葉社
夢と現実のはざまで絶望を見る快感
中学時代は親の持ち物ばかり読んでいたのですが、高校生で読んだ山本直樹さんの『フラグメンツ』は自分と同世代の表現ではじめてガツンときた漫画です。オムニバス形式の中編が続く作品なのですが、エロくて文学的なところと、夢と現実のはざまのような表現に心を奪われました。
一番好きだったのは「世界最後の日々」という話です。急に少年の前に「カミサマ」が現れて、世界が終わることを告げるんですね。どうせ終わるんだからと彼は人を殺したりレイプしたりしながら旅をする。でも何をやっても絶望感がとれない……という物語なんですが、それが当時の自分の絶望感にハマったんです。
『フラグメンツ』第2巻 別章1節 ©山本直樹/小学館
絶望した作品を読むと、慰められるんですよね。自分だけじゃなかったという安心感もあるし、鬱屈した自分を客観的に見られる。ただ今読むと痛々しくて何回も読み返したくなるわけではないですね。
年を重ねるとともに、今挙げたような10代で夢中になった作品は読めなくなってきてるんですが、その要素は自分の中には確実に根付いています。自分で漫画を描こうとすると、自然にそういう暗い表現になってしまいます。その作業は辛いんですが、痒いところをずっとかいているみたいなもので、そういう意味では快感ですよね。かかないでずっと放っておくほうが辛いみたいな。
自意識漫画のつながりに加わりたい
僕の漫画におけるエロティックな表現と自意識のあり方は、『フラグメンツ』に限らず山本直樹さんの影響が大きくあると自覚しています。彼の漫画は温度が低いというか、人物が感情をあまり出さないんだけれども、たまにドバっと出る……そこがかっこいいです。
自意識を描く作品の歴史は小説でも漫画でも綿々と続いていて、山本直樹さんもその流れの中にいると思うんですが、僕もそのつながっているものの末端にくっつけたら……と思って漫画を描きはじめたところがあります。
『おかえりアリス』も「自分の男性性をどうやって抜け出たらいいか」という自意識の苦しみを問題として、それをなんとか少年向けのラブコメに落とし込むというコンセプトで描いています。
『おかえりアリス』第4巻 第20話 ©押見修造/講談社
許容範囲外の人間に出会い、現実認識が広がる
山上たつひこさんの作品もよく読んでいました。父親がファンで、家に作品が大量にあったんです。エログロがきついので子どもが読まないように本棚の奥の方に隠してあったんですが、中学生の頃に見つけて「これはすごいものを発見してしまった」と(笑)。
『喜劇新思想大系』は、自身の性の目覚めにも関わってくる漫画です。僕がヤンマガなどで描いていた初期のエログロものは、山上たつひこさんの影響がものすごく強いですね。どぎつい下ネタ、汚い、エグいと最初は衝撃があったんですが、読み慣れてくると非常にやさしさがあるんですね。弱者とされる人や、例えば歪んだ性癖を持つといった、外れた者に対する見方がいいなと。
現実でなかなか会えない、自分の許容範囲の外にいる人に出会えるのって、本や漫画を読む醍醐味じゃないですか。世の中には、多様な人や物事が存在していると知っているだけでも、現実認識が広がっていいなと思うんです。
例えば『血の轍』を「毒親サイコサスペンス」と捉えて読んでいる人からすると「なぜこんな不快なものを描くのか意味がわかんない」と感じると思います。けれど、ご自身の人生にひきつけて読んでいただくと、その見方が少し変わるかもしれないです。
『血の轍』第8巻 第67話 ©押見修造/小学館
注目している漫画作品
最近楽しみに読んでいるのは、椎名うみさんの『青野くんに触りたいから死にたい』です。ちょうどクライマックスに向かっているところなので、どう着地するのかを楽しみにしています。
今度1巻が出る浄土るるさんの『ヘブンの天秤』は、帯も書かせてもらいました。『地獄色』という短編集がすごい作品だったので広まってほしいですね。『ヘブンの天秤』はメジャー性もあるので読者が広がっていきそうな気がします。
たかたけしさんの『住みにごり』 も気になりますね。僕の漫画と読者層がかぶっているかも(笑)。これも実際にはなかなか会えないような人たちばかり出てきて、現実認識が広がる作品だと思います。
その他、浅野いにおさんの次の一手にも注目していますし、あとはpanpanyaさん。絵が好きです。日常の「名前のついていない変な感じ」を具体的に描くのがすごく上手い方ですね。
おそらく読者のみなさんと一緒で、新しい作品は本屋さんやネットで見かけたり、知り合いにおすすめしてもらったりして出会っています。
これから何をどう表現するか
いつも自分の思い出や記憶から作品を描くんですが、『血の轍』と『おかえりアリス』で一旦は終着というか、打ち止め感があって。「次どうしたらいいんだ」と悩んでいるところです。
最近、衝動的に文章を書きたくなってしまったんですよね。もともと小説が好きだったんですが、漫画家としてデビューしてからの20年間は全然読んでいなかったんです。自分にとって父親と小説って結びつきが強くて、自分の中で「本を読んじゃいけない」みたいな抑圧があったのかもしれないです。
『惡の華』第4巻 第21話 ©押見修造/講談社
『血の轍』でお父さんが亡くなるシーンがあるんですが、それを描き終わったら急に本が読みたくなっちゃったんです。そしたら文章も書きたくなって『血の轍』第14巻と『おかえりアリス』第5巻のあとがきも、文章にしてみました。
漫画を描いていて、この先どうやって進めばいいのか? と、壁にぶち当たっている感覚があります。もう少し曖昧なものを表現したいという欲求があるんです。絵はなんらかの形に落とし込まないといけないけれど、文章は読んでいる人の頭の中に直接ヴィジュアルを発生させられます。文章のほうが、自分の頭の中をそのまま読者の人に渡すことができるのかもしれない……と。
でもそれを編集さんに言うと「いや、漫画描いてください」って言われるので(笑)、どうにかしてまた漫画の形に落とし込んでいきたいです。
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林静一
『赤色エレジー』
(※配信リクエスト中) -
山本直樹
『フラグメンツ』 -
山上たつひこ
『喜劇新思想大系』
(※配信リクエスト中)
インタビュー:
ネゴト
/
篠原舞
執筆:
ネゴト
/
サトーカンナ