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雪と時間を静かに歌うコンセプト・アルバム『うみべのストーブ大白小蟹短編集』

この作品を読み終えたとき、1枚のアルバム・レコードを聴き終えたような心地がした。

うみべのストーブ 大白小蟹短編集』には、7つの短編漫画が収録されている。どの物語も出会いや別れにともなう心の動き、人や関係が変わっていく不安など、誰にもあるような暮らしの機微を中心に描いたものである。静かなトーンでありながら、ときに感情がブワッと表出するような。

うみべのストーブ 大白小蟹短編集 著者:大白小蟹

本作でスペシャルなのは、雪と時間に着目した詩歌的な表現だと思う。作者・大白小蟹先生は短歌好きを公言し、本作各編の終わりにも短歌をひとつずつのせているが、そういう感覚が漫画にも大いに反映されている。

溶けてなくなり 静かに包み 重く冷たい、雪

この短編集のなかで雪が重要なモチーフであるのは、7編中3編ものタイトルに「雪」が含まれていることからも明らかだ。

雪が溶けてなくなってしまうことや、雪の冷たさで身体の感覚を失っていくことは、いつか人に忘れられてしまうことのさびしさや恐れに似ている。

それでいて雪は人びとを静かに包み込み、何でも話せてしまうようなパーソナルな空間を作り出してくれる。

だけど雪は、かたまりになったとたんに信じられないほどに重さを増し、人に大きくのしかかるものにもなる……。

描きたいことと雪が奇跡的にフィットしたメタファーなのか、雪からアナロジーで物語を展開したのかはわからない。いずれにせよ、雪ひとつで人の心をこんなにも多様に描けるとは驚く。

ふたりで夜を明かす時間は特別

もうひとつ重要に思われるのが夜明けの時間である。みんながひとりになるはずの夜。さびしさや不安、かなしみを噛みしめる時間を誰かと朝までともに過ごすというのが、本作には特別なシーンとして何度も登場する。

例えば表題作「うみべのストーブ」では、大好きな彼女に別れを告げられたスミオと、彼を見守りつづけてきたストーブ(!)が海へでかけ、ふたりで夜を明かす。そこでスミオは自らと向き合うこととなる。

「雪を抱く」では、偶然出会った見ず知らずの女性ふたりが、深夜の銭湯で語らいながら夜を明かす。お互いの身体が「ほかの誰のものでもなく、自分自身のもの」であることをたしかめあう、解放の瞬間である。

さらに「雪の街」では、親友スーちゃんの死を共有するふたりが夜通し街を歩き、一緒に雪だるまを作って朝を迎える。それは「ほんとうの弔い」の時間として描かれている。

夜から朝へとひっそりと時間が動いてゆくときに、誰かが同じ方向を見ながらそばにいてくれる。それで欠けていた何かがすこし満たされる……こういうことがたしかにある。静かで特別な時間、みなさんにも心当たりはないだろうか。

研ぎ澄まされた線と言葉で歌う漫画

本作をコンセプト・アルバムと呼びたくなったのは、このように同じモチーフが各所に散りばめられた短編集であったからだ。

ここに書いたことについて、すべてが意図されたものかはわからない。ほかに私がすくいきれない意図だってあるだろう。それでもまるで短歌のように、絵も文字もかなり削ぎ落とされ、それでいながら感じられるものがひじょうに多い漫画であるのは伝わったことと思う。

私がいくらこうして言葉を尽くしても、表現が見事であることの説得しかできない。やはりみなさんには実際に本作を読んで、その効果を味わってほしい。

執筆: ネゴト / サトーカンナ

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