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【推しマンガ】成年後見制度の闇を暴く! 社会派マンガ家・山本おさむの話題作!!

2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。父と娘を津波で失った高田晴子は、唯一の家族となった母に寄り添い生きることを決意します。しかし二人の小さな希望は、国が作ったある制度によって壊されてしまうのです。

財産管理が困難となった者を守り、支援する目的で作られた成年後見制度。国が作ったその制度が、人と人との繋がりや「一緒にいたい」と願う親子の想いを、踏みにじろうとしています。

超高齢社会を迎えた日本。介護や後見人などの問題が山積する中、あなたは安心して老後を迎えることができますか? 現代社会に潜む闇に、実力派のマンガ家・山本おさむが斬り込みます。今話題のクライム・サスペンスを紹介します。

れむ a stray cat
れむ a stray cat 山本おさむ

山本おさむが、現代日本が抱える課題に挑む

山本おさむは、1980(昭和55)年に「週刊漫画アクション」(双葉社)でデビュー。2025(令和7)年に、画業45年目を迎えています。確かな実力をもとに人間ドラマを描いて、これまで多くの読者の心を揺さぶってきました。

代表作の一つ『どんぐりの家』は、聴覚障害と知的障害を併せもつ重複障害児の少女を描いた作品で、1995(平成7)年に第24回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞しています。同作は1997(平成9)年に映画化され、第1回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を獲得しました。

そのほか山本おさむの代表作として、天才棋士・村山聖の生涯を描いた『聖(さとし)-天才・羽生が恐れた男-』(監修:森信雄)、本格蕎麦マンガ『そばもん ニッポン蕎麦行脚』(監修:藤村和夫)など、様々なテーマの作品があります。いずれも緻密な取材と、卓越した構成力をもとに描かれた感動のドラマです。

今回紹介する『れむ a stray cat』は、山本おさむが新境地に挑んだ作品です。2024(令和6)年に「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で連載スタートした本作は、高齢化国家・日本の闇を暴くクライム・サスペンスとして大きな話題を呼んでいます。

三陸沖を震源とした東日本大震災は、我が国の観測史上最大となるマグニチュード9.0を記録。津波で多くの町が流され、甚大な被害が発生しました。さらに福島第一原子力発電所の事故の影響で、広範囲におよぶ放射能汚染がもたらされたのです。

本作に描かれるのは、この事故で故郷を追われた親子の姿です。高田晴子は早くに夫を失くしたことから、娘を連れて福島の実家に戻り、老父母と暮らしていました。しかし震災の日、海に近い児童館に勤めていた娘と、彼女を迎えにいった父が行方不明となります。娘と父の遺体が見つかったことで、晴子は一人で高齢の母を支えなければならなくなったのです。

県外への避難を余儀なくされた被災者たち

高田の家は、原発事故の避難区域にありました。晴子は自宅に帰ることが叶わず、母の絹江とともに避難所を転々としてきました。しかし絹江の徘徊が始まって、避難所での生活に居づらさを感じた晴子は、支援者の助言を頼りに東京に出てきたのです。

晴子はひとまず団地に、絹江は老健施設に入りましたが、そう長く居られそうにありません。晴子は絹江と暮らす新居を探すため、信田不動産という店を訪ねました。二人が慎ましく暮らすには中古で十分。東京電力からの賠償金で買える物件の購入を相談します。

福島に帰る目途が立たないまま、非情にも時間だけが過ぎていきます。晴子が老母と一緒に過ごせる時間はどのくらい残されているのでしょうか。晴子は一刻も早く母を引き取り、東京で生活を始めたいと信田不動産に相談します。

信田不動産の経営者・信田耕三は、さっそく高田晴子を物件見学に連れ出します。車を運転するのは蓮田れむ、本作のもう一人の主人公です。

れむは信田と血の繋がりがありませんが、彼を「お父さん」と呼んでその面倒をみています。信田不動産の仕事の手伝いに加え、持病を抱える信田が薬の服用を忘れないよう気配りを欠かしません。

信田が紹介したのは、中古マンションの2DKの部屋です。陽あたりがよく、川の近くにあるため涼しい風が入ってきます。エレベーターもあるので、年老いた絹江との同居にうってつけの物件でした。この部屋が気に入った晴子は、引っ越しの相談のため区役所に向かいます。しかし晴子は、区役所の職員から驚くべき話を耳にするのです。

賠償金をねらう悪人たち

福島にある高田の家は、母の絹江名義となっています。しかし絹江が認知症を発症したことから、成年後見人をつけなければ不動産売買ができないと言うのです。

2000(平成12)年、介護保険制度がスタートしました。それと並行する両輪として、成年後見人の制度が制定されています。

認知症高齢者など、自分の財産を管理することが困難な人のため、またそのような人を守り活動を支援する目的で設けられたのが、成年後見制度なのです。区役所で「弁護士か司法書士さんに相談しては」と案内された晴子は、吉村法律事務所を訪れました。

不動産の売買では巨額のお金が動きます。弁護士の吉村は、後見人制度を利用して不動産売買をするには、専門家の力を借りなければ難しいと言います。まずは親族が家庭裁判所に申請し、審査を経て選任されるというシステムですが、実の娘である晴子が絹江の後見人になることはできるのでしょうか。

吉村弁護士の説明では、なれる場合もあれば、そうでない場合もあるという言い方で判然としません。家庭裁判所が、諸事情を勘案して決めると言うのです。晴子は、家庭裁判所に提出する書類作りを吉村弁護士に任せることにしました。母とともに暮らす夢と、一抹の不安を抱きながら――。

「また、頭の悪いばあさんの世話する事になりそうだよ…」。晴子が帰宅すると、それまで親切だった吉村弁護士の態度が一変します。後見人案件の報酬は1年に70万円程度ですが、仕事の内容は比較的簡単で、依頼人が亡くなるまで確実に報酬を得ることができます。高田親子は、原発事故の賠償金をねらう悪徳弁護士のターゲットとなってしまったのです。

成年後見制度と避難者の実態を描く

利用者を保護する目的で設けられた成年後見制度ですが、依頼人が希望する後見人が選ばれないこともあります。さらに一度後見人が選任されると、その解任が難しくなることからトラブルが発生しているのも事実です。

金銭や名誉など、人は欲に抗うことができないのでしょうか。賠償金をねらう悪人たちの行いにより、高田親子にさらなる悲劇が降り掛かります。そして蓮田れむも思わぬかたちで、後見人トラブルに巻き込まれていくのです。

高齢化社会における問題を浮き彫りにしている本作ですが、同時に原発事故の避難者の在り方についても疑問を投げかけています。高齢者や避難者など、弱い立場に置かれている人たちが取り残されることがないように――『れむ a stray cat』を読んで、考える機会にしてみてください。

執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略

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