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【推しマンガ】夢を諦める姿は美しい!? 今話題の夢なき進路指導マンガ!

夢なし先生の進路指導 著者:笠原真樹

生きていれば、誰もが経験する“人生の分岐点”。多くの人にとって、高校卒業後の進路決定は、生まれて初めての大きな選択となるかもしれません。

進むべき道に迷ったら、誰かに相談するのも良いでしょう。しかし夢を打ち明けた相手が、必ずしも賛成してくれるとは限りません。それでもあなたは、自分の夢を貫き通す覚悟がありますか――。

高校教師の高梨は、生徒から“夢なし先生”と呼ばれています。現実的なデータや世の中の実情を突きつけて、教え子の夢を諦めさせようとするからです。夢と向き合う覚悟を問う、革新のヒューマンドラマを紹介します。

“夢を諦めること”がテーマの異色作

『夢なし先生の進路指導』は、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で話題沸騰の教師マンガ。『群青戦記』『リビドーズ』を手掛けた、青春物の名手・笠原真樹による作品です。

教師が主役となるマンガは、受験や就職、スポーツなど“夢の実現”をテーマにした作品がほとんどです。ところが本作は、“夢を諦めること”がテーマの異色作。

元キャリアコンサルタントの高校教師・高梨が、将来にバラ色の夢を抱く高校生に現実を突きつけて、“諦めるための授業”を行います。高梨の進路指導は非情とも思えるものですが、その真意に注目しながら読んで欲しい作品です。

かつて栄森高校に通っていた三田こずえは、進路指導室で思いがけぬ言葉を耳にします。担任教師の高梨から「夢にはくれぐれも気を付けてください」と言われたのです。

進路指導は、生徒の夢を実現することを目標に助言を行うものです。それなのに高梨は、夢を抱く行為そのものを、真っ向から否定してきたのです。こずえは高梨の進路指導に、強い不信感を抱きます。

高梨の頭は寝グセのままで、服はシワだらけの冴えない風貌。彼の担当教科は数学ですが、ほとんどの生徒がその授業を聞かず居眠りをしていました。高梨のあまりに現実的な進路指導は有名で、生徒は “夢なし先生の進路指導”と呼んで揶揄していたのです。

道を照らす灯火(ともしび)を選ぶ

三田こずえの夢は、アニメの声優になること。こずえが高校に提出した希望進路の調査票には、声優の専門学校の名が連ねられていました。そんな彼女のため、高梨は声優という職業について調べてきたと言います。

声優志望者は毎年3万人ずつ増えていて、その総数はなんと30万人以上。人気事務所の所属オーディションの倍率は500倍。有名アニメのオーディションは事務所の推薦が必要で、およそ 700倍以上と推察されています。さらに近年は声優もアイルドル化。若いうちはもてはやされても、23歳を越えると仕事の機会が激減すると言うのです。

高梨は若者の夢を食い物にする養成所ビジネスや、オーディションの合格を条件にしたわいせつ事件の事例を説明します。いずれも高梨が専門学校や養成所と、その卒業生に調査した情報ですが、ネガティブな内容ばかりで、こずえは呆れてしまいました。

高梨の調査によって、声優という職業の厳しい現実が浮かび上がりました。彼の分析は、声優に関する情報に留まらず、私たちが生きる社会にまで及びます。

高梨は、今の日本が置かれた状況を「VUCA(ブーカ)」という言葉で説明します。「VUCA」は、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を取った言葉ですが、私たちは目まぐるしく変転する予測困難な状況にあると言うのです。

“お先真っ暗”な時代、何を頼りに生きれば良いのでしょうか。暗闇の中では、懐中電灯やろうそく、マッチなど、進むべき道を照らす道具を選ばなければなりません。進路の選択は、その灯火となってくれると言うのです。高梨の言葉は明快で、揺るぎない説得力があります。高校生のこずえは納得しませんが、社会経験を持つ読者には頷くところがあるはずです。

夢は人を殺しかねない

教え子の夢を否定した高梨ですが、その真意はどこにあるのでしょうか。三田こずえは、高梨が教え子を大学に進学させようとしていると推察します。

確かに進学実績を上げることや、大学の推薦枠を維持することも、高校教師の仕事の一つかもしれません。しかし高梨は、大学進学という選択が必ずしも正しいわけではないと語ります。

良い大学に入り、大手企業に勤めれば安泰という方程式はすでに破綻しました。「大切なのはリスクを正確に把握して 覚悟を持つこと」と、高梨は持論を展開します。「なぜなら 夢は人を殺しかねない」と言って、意味深長な顔をするのです。

偏差値重視の指導をするのであれば、学習塾がやることと変わりません。高梨は前職のキャリアコンサルタントとしての知識を生かし、生徒に様々な情報を提供していました。生徒が主体的に情報を選択し、キャリア形成をする力を育てることが、高校教師の役割と考えていたのです。

しかし高梨の説得を受けても、三田こずえの意志は揺るぎませんでした。こずえは希望通り、アニメの専門学校に進学。そして専門学校を卒業後、声優の事務所に所属するようになります。

しかし、とあるアフレコの現場でのこと。こずえは憧れの声優・樺沢みすずとの共演を果たしますが、そこで彼女の卓越した演技にショックを受けます。こずえは実力の差を見せつけられて、自分が一流の声優になれないことを悟ったのです。

人生のどん底から始まる新たな物語

三田こずえは、その後もあちこちのオーディションを受けますが、その努力はなかなか報われません。さらにアニメ業界の厳しい現実が、落胆する彼女に追い討ちをかけます。

路上に泣き崩れたこずえの上に、無情にも雨が降ってきました。そこに高梨が現れて、そっと傘を差し出します。高梨は遠くからこずえを見守り、“諦めるための授業”をする機会を待っていたのです。

こずえは、今度こそ自分の歩むべき道を明らかしなければなりません。人生のどん底から、真のキャリアプランニングが始まります。『夢なし先生の進路指導』には、感動のヒューマンドラマが詰まっています。あなたも夢なし先生と一緒に、若者たちの進路選択を見守りませんか。

執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略

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