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漫画サンデー元編集長が舞台裏を語る! 上田康晴「マンガ編集者 七転八倒記」 ACT.27 タイトルについて

※本ページは、2013年11月~2015年5月にeBookjapanで連載されたコラムを一部修正、再掲載したものです。

▼プロフィール
上田康晴(うえだ やすはる)
1949年生まれ。1977年、実業之日本社に入社。ガイドブック編集部を経て、1978年に週刊漫画サンデー編集部に異動。人気コミック『静かなるドン』の連載に携わる。1995年に週刊漫画サンデー編集長、2001年、取締役編集本部長、2009年、常務取締役を歴任し、2013年3月に退任。現在、フリーのエディター。

ACT.27 タイトルについて

 タイトルは、映画あるいは小説と同様に漫画の場合も大変に重要である。タイトルによって、作品が生きも死にもする。マンサン(週刊漫画サンデー)に限って言えば、漫画家の強い要望がない限り編集部内で練りに練り、最終的には編集長が決めた。それほどタイトルにはこだわった。

 さてそれでは『静かなるドン』のときはどうだったかというと、これは作者・新田たつお氏の考えたタイトルをそのまま使わしていただいた。最初に聞いたとき、ロシア文学を想起させる重厚なタイトルにシリアスな話の展開を想像させた。ストーリーのあらましを聞いて、それは読者をいい意味で欺くタイトルであったことを知り一発で気に入ってしまった。しかしこんなことは稀で、漫画家あるいは担当編集者からさまざまなタイトル案が浮かんでは消え、編集長がひとり苦吟する、ということが普通。それほどタイトルづくりは大変だった。
 かつて、読書好きの仲間から「夏目漱石『こころ』というタイトルはなぜひらがなだと思う?」と聞かれたことがある。そんなこと今まで考えもしなかった。でも、言われてみれば確かにそうである。何も考えずに作ったタイトルとは思えない。単に漢字では1字なのでそっけなくおさまりが悪いので3文字のひらがなにしたとも思えない。はて? もし知っている方がいたら教えてほしい。
 ちょっと脇道に逸れるが、映画のタイトルについても言及してみたい。映画のタイトルは、漫画を扱っていた者にとっては大変勉強になった。
 たとえば、1958年制作の仏映画『死刑台のエレベーター』(監督/ルイ・マル、出演/ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ、音楽/マイルス・ディヴィス)。サスペンスの匂いがプンプンするタイトルに魅かれてしまう。原題を直訳すると『絞首台 の昇降機』だそうで、翻訳者は素晴らしいタイトルをつけたものだ。
 これまた仏映画だが、『恐怖の報酬』(1953年制作・監督/ジョルジュ・クルーゾー、主演/イヴ・モンタン)もタイトルがふるっていた。この時代の翻訳者、あるいは宣伝マンは文学的素養があったのではないかと思えるくらい素晴らしい日本語のタイトルをつけている。
 次も米・伊・仏の合作であるが仏の色合いが強い映画『狼は天使の匂い』(1972年制作)。なにせ、監督がルネ・クレマン、音楽がフランシス・レイなのだから。これもタイトルが気に入って観た映画のひとつだ。主演のロバート・ライアンが渋かった。このタイトルは、ズーッと記憶の中にあり、『静かなるドン』の中でサブタイトルにも使わせてもらった。
 ジョン・フォード監督『駅馬車』の邦題をつけたのは、映画評論家の淀川長治氏というのは有名な話である。1940年当時、淀川氏はユナイト東京支社に在籍、映画の宣伝を担当していた頃の話。この映画の原題は『ローズバーグ行きの駅馬車』。会社はこれに『地獄馬車』というあざといタイトルを付けたそうだ。このB級映画のようなタイトル案に猛反対したのが淀川氏。どこまでもシンプルに『駅馬車』を主張。結果、淀川氏の主張が通り、映画『駅馬車』は、このタイトルによって格調高いイメージの映画となった。もし、『地獄馬車』というタイトルのままだったら、果たして今日まで記憶に残る映画となったかどうかは、はなはだ疑問である、とは後に淀川氏も語っていた。

 さて、映画のタイトルについてこの辺にして、創刊編集長・峯島正行氏の自著『ナンセンスに賭ける』を借りて、マンサン草創期の連載漫画に付けたタイトルについてエピソードを紹介したい。
 前回紹介した園山俊二氏の『ギャートルズ』は、園山氏自身が考えたもので、当時、大流行していたビートルズのグループ名を拝借してのタイトルだった。「その語呂合わせみたいだが、原始の平原をギャーギャー駆け回る人間たちに、まことにぴったりした題名であった」と峯島氏は語っている。
 福地泡介氏の出世作と言われている『ドボン氏』のタイトルは福地氏が峯島氏と銀座のバーで考え出したと言われている。それは、これまで、マンサンでも単発で作品が掲載されていた福地氏に連載を依頼した時のことだった。
 ドボンとは、トランプのブラックジャックのことで、峯島氏の本によると、当時、一部の執筆家やマスコミの人たちに流行していた、とあるが、実はこの伝統は、しっかりと我々の世代まで受け継がれ、出張校正室での時間つぶしには最適のゲームだった。
 福地氏は大のドボン好きだったそうで、ニックネームをつける感覚でタイトルができたようだ。銀座のバーでの打ち合わせは、時に傑作を生む。(つづく)

*参考文献・『ナンセンスに賭ける』『近藤日出造の世界』ともに峯島正行著(青蛙房刊)

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