【推しマンガ】喫茶店は人生が行き交う交差点!? サザンのBGMが心地良い喫茶店コメディ。
レトロなサテン(喫茶店)で、美味しいコーヒーを楽しみませんか。コーヒー好きが高じて、会社を飛び出した夏海(なつみ)リョータ。喫茶店を営んでいた叔父が店を手放すと知り、彼の後を引き継ぐことを決めたのです。
『サテンdeサザン』は、喫茶店の新米マスター・リョータの奮闘ぶりを描く喫茶店コメディ。自分の店を手に入れて意気揚々としていたリョータですが、難題の数々が彼の身に降り掛かります。
喫茶店は、さまざまな人生が行き交う交差点!? 店主のリョータと、店に集う常連客の悲喜こもごもが、本作のストーリーを味わい深いものにしています。サザンことサザンオールスターズの名曲をBGMに、繰り広げられるハートフルな人間ドラマ。その魅力を紹介しましょう。
渋谷直角が喫茶店文化を描く
ライター、コラムニストなど、マルチな活動で知られる渋谷直角。マンガ家としても活躍し、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』などの話題作を手掛けてきました。
『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』は2017(平成29)年に映画化、『デザイナー 渋井直人の休日』は2019(平成31)年にテレビドラマ化されています。ポップ・ミュージックなどのサブカルチャーを題材に、ユーモアとペーソスを交えて描かれる作品世界は多くの読者の共感を呼んでいます。
そんな渋谷直角が、喫茶店文化をテーマに描く『サテンdeサザン』。「ビッグコミックオリジナル」(小学館)の連載作品で、押し寄せる時代の変化にとまどいながらも、自分らしい生き方を模索する人々の姿を描いています。
『サテンdeサザン』©渋谷直角 / 小学館 1巻P001より
「エクアドルの『エル・グランヘロ』は コーヒー豆の品評会『COE(カップ・オブ・エクセレンス)』でも高い評価を受けた」――。うんちくを傾けながらコーヒー豆を挽く青年が、本作の主人公・夏海リョータ31歳です。
彼は新たな門出を祝う“セレモニー”と称して、自分のために特別なコーヒーを淹れようとします。このたび喫茶店を営んでいた叔父が、引退することになりました。これまでアパレルメーカーに勤めてきたリョータですが、脱サラして叔父の店を引き継ぐことを決意。
自分のカフェを構えることは、リョータの長年の夢でした。100グラム2,000円もする高級豆「エル・グランヘロ」でコーヒーを淹れて、幸先の良いスタートを切ろうとしていたのです。
人生はコーヒーのようにホロ苦い
叔父の店の近隣には、大きな公園や専門学校があります。立地の良さとリーズナブルな家賃に魅力を感じた夏海リョータは、叔父の引退話を聞いてすぐに会社を辞めてしまいます。「思い立ったら即実践!」「迷う必要ないでしょ!」と自信満々のリョータ。
しかし人生は、そんなに甘くはありません。カフェ事業はレッドオーシャン。競争の激しい市場であって、そこで勝ち残るためには綿密なスキーム(事業計画)やリソースなどが求められるのです。
交際相手の川井ミナに、自身のカフェ構想を打ち明けたリョータ。しかしミナは、リョータが具体的な計画もないまま会社を辞めたことに疑問を呈します。これまで浮かれていたリョータですが、ミナの意見を聞いて少し不安になってきました。
『サテンdeサザン』©渋谷直角 / 小学館 1巻P005より
夏海リョータは、商社に勤務する川井ミナと5年間付き合っています。しかし最近は彼女と話すだけで、妙なプレッシャーを感じてしまうのです。リョータはミナと別れた後、重い気持ちを抱えたまま叔父の店に向かいます。
明るいところで見ると、叔父の店の外装はかなりボロボロに劣化しています。さらにテント看板には「緊張感ある贅肉(ぜいにく)」という店名が記されています。叔父はどういう意味を込めて、この店の名前を決めたのでしょうか。
リョータは一抹の不安を抱えながら、店のシャッターを上げます。店内は懐かしい昭和の喫茶店そのままの姿。しかし手入れがロクにされていないため、内装の古さだけが目立ってしまいます。さらに何か“変な臭い”が鼻について、リョータの不安を倍増させてしまったのです。
常連客の目的とは!?
夏海リョータは店の味わいを残しつつ、DIYでリフォームしようと考えていました。しかし、いかんせん“味が強すぎる”ことに気づかされたのです。全面的に改装すると、当初の予算をオーバーしてしまいそうです。
現実の厳しさに気づき始めたリョータ。そこに「カランカラン」とドアベルの音が響いて、一人の女性が入店します。
驚くべきことに、そこに立っていたのは樫井(かしい)マチルダ。トップモデルとして有名な彼女の来店に、リョータは浮かれてしまいます。店で初めてコーヒーを淹れる相手が有名人とは「幸先良すぎ」だと考えたのです。なぜ彼女がこの店に通っているのか、その理由も知らないで――。
『サテンdeサザン』©渋谷直角 / 小学館 1巻P017より
再びドアベルが鳴り響いて、客が続々と来店します。やって来たのは常連客のオジサンたち。「オレたちの楽園が帰ってきたぞ~!!」という掛け声とともに、灰皿をつかんでタバコに火を点け始めます。
「モワアアアアア‥」と店内に充満する紫煙。店に染みついた“変な臭い”の正体は、タバコの残り香だったのです。叔父の店は20歳未満の来店お断りの「喫煙目的店」でした。さらにモデルの樫井マチルダも愛煙家で、喫煙目的でこの店に来ていたのです。
近年喫煙できるスペースが減少し、肩身の狭い思いをしている愛煙家たち。叔父の店は、彼らの“オアシス”だったと言います。しかしリョータは大のタバコ嫌い。叔父の店の実態を知ってショックを受けます。そんな彼に追い討ちを掛けるかのように、常連客の一人がレコードを掛けるように注文。この店のBGMは、サザンの楽曲が定番だと言うのです。
最高の喫茶店コメディで、コーヒーと音楽を楽しみませんか
夏海リョータが引き継いだ店は、内装・外装ともにボロボロです。客は喫煙目的で訪れる人ばかりで、BGMはサザン一択。このままでは、リョータが思い描いていたカフェ構想を実現できそうにありません。
“店内禁煙”の方針を打ち出して、喫煙目的の客を追い払おうとするリョータ。しかし妹のミコがSNSの誹謗中傷にあったことで、リョータは大切なことに気づかされます。異なる考えの人間を排除するという、SNSの風潮に疑問を感じたのです。それはリョータも同じこと。彼が店を禁煙にしたら、愛煙家の常連たちはどこへ行けばいいのでしょうか。
リョータは暫定的に喫煙を認め、店の在り方を模索し始めます。世の中には様々な人がいて、それぞれが大切なものを持っている――その気持ちに寄り添う店にしようというのです。それは昔からの常連客も、新しい客も一緒に楽しめる最高の喫茶店! 淹れたてコーヒーの香りとタバコの煙漂う『サテンdeサザン』。サザンの名曲とともに楽しんでください!!
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 文中一部敬称略