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漫画サンデー元編集長が舞台裏を語る! 上田康晴「マンガ編集者 七転八倒記」 ACT.14 著名人との出会い

※本ページは、2013年11月~2015年5月にeBookjapanで連載されたコラムを一部修正、再掲載したものです。

▼プロフィール
上田康晴(うえだ やすはる)
1949年生まれ。1977年、実業之日本社に入社。ガイドブック編集部を経て、1978年に週刊漫画サンデー編集部に異動。人気コミック『静かなるドン』の連載に携わる。1995年に週刊漫画サンデー編集長、2001年、取締役編集本部長、2009年、常務取締役を歴任し、2013年3月に退任。現在、フリーのエディター。

ACT.14 著名人との出会い

 1973年当時、マスコミでの仕事を探していた私は、知人のルポライターの紹介で、実業之日本社から発刊されていた「週刊小説」という雑誌の編集部にアルバイトとして入った。「週刊小説」は業界初の文芸週刊誌として注目を集めていた。その後、このスタイルの文芸誌が発刊されなかったところをみると、週間単位で何人もの売れっ子作家の原稿を掲載することがいかに大変であるかを物語っている。
 当時は、パソコンもファックスもなかった。すべて手書きの原稿である。あまりにも達筆で判読不可能な作家もいた。しかし、それを見事に判読する編集者がいた。作家の原稿にルビのように赤文字で書き添えていく。それを見た時、「彼は天才か!」とその仕事ぶりに度肝を抜かれた。原稿は、たしか直木賞作家の黒岩重吾氏(1924年-2003年)のものだったと思う。私には、その文字は暗号のようにしか見えなかったのを今でも憶えている。周りは、このようなプロばかりだった。
 杉浦幸雄宅に初めてお邪魔したのは、このころであった。当時人気のあった宇能鴻一郎の官能小説に入る挿絵原稿をいただくためだった。のちにこの当時の話をしたところ、「そうでしたか。縁ですね」となつかしんでいた。「週刊小説」の編集長はもともと「週刊漫画サンデー」を立ち上げた人物だったこともあり、ナンセンス系の漫画家が多くこの雑誌の中に登場していた。加藤芳郎、富永一朗、園山俊二、秋竜山氏などのところにもよく足を運んだ。のちに井上ひさし原作で赤塚不二夫の漫画が連載されたが、そのような土壌はこのころすでにあった。

 さて、このように当時の主な仕事は、小説家、画家、漫画家の原稿取りであった。靴底がこんなにも減るものかと思ったほど、都内や千葉、埼玉、神奈川県内を歩いた。とにかく週刊誌なので、編集者は何人もの作家を抱え、締切日となるとひとりでは仕事をこなしきれない。そこで私のようなアルバイトの出番となる。単調な仕事ではあるが、著名な作家と会えることは、刺激的だった。ただ、何回も同じ場所に足を運ぶのは辛かった。あるとき、サラリーマン小説の第一人者だった源氏鶏太氏(1912年―1985年)より原稿が出来たという連絡が入り、早速原稿を受け取りに出向いた。場所は東大駒場前。初めて下りる駅だった。邸宅は駅の近くにあったと記憶している。いただいた玉稿を急ぎ担当編集者に届けると、今度は、その原稿をコピーしてもう一度、源氏邸に届けるように命ぜられた。今なら駅近くのコンビニ、あるいは各家庭でコピーは可能だが、当時はまだ一般に普及していなかった。一度会社に戻らなければ、コピーはできなかった。会社から片道30、40分程度の距離ではあったが、同じ場所の往復は、精神的にどっと疲れてしまう。その後、アルバイトを使う立場になったとき、このことだけは気を遣ったように思う。
 週刊小説編集部で本格的に編集者として働くようになったのは、実業之日本社の子会社である実日出版企画に入ってからである。はじめは作家を担当することはできず、小説の合間にある箸休め的役割の記事を担当した。
 特に思い出深いのは、『私の1週間の日記』という記事ページを担当したときのことだった。とにかくジャンルに関係なく、著名人、あるいは当時活躍していた人物が対象だった。週のはじめの仕事は、著名人、有名人への連絡から始まった。週刊誌だから年間50本。ということは少なくとも50人以上に当たらなければならない。それを考えると滅入ってしまうので、片端から電話を掛けた。
 電話は顔が見えないので、リラックスして原稿依頼ができると思いきや、とんでもない。ちょっとした油断が相手を不快にさせてしまうことがある。
 それは、芥川賞作家で文芸評論家の丸谷才一氏(1925年―2012年)に電話した時だった。「ところで、どんなことを書けばいいんだね」との問いかけに、顔の見えない気安さから「先生の1週間の出来事を面白おかしく書いていただければ結構です」と言ってしまった。しばし沈黙。明らかにマズイ対応をしてしまったと気づいたが、時すでに遅し。「キミ、面白おかしくとはなんだね。ずいぶんいいかげんな言い方だね」。怒気を含んだ言葉が返ってきた。受話器を持つ手は汗ばみ、ひたすら非礼を詫び電話を切ったが、後味の悪さだけが残った。そして、1週間が過ぎた頃、丸谷氏から電話が編集部に入った。依頼の原稿が出来たので取りに来るように、との伝言だった。すっかり諦めかけていただけに驚いた。無言の厳しさとやさしさが伝わってきた。言葉に厳格な文豪に改めて襟を正した。漫画雑誌の編集に至るまでに、文芸雑誌で基礎をみっちりたたきこまれた。(つづく)

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