【推しマンガ】安彦良和、渾身の歴史マンガ!! シベリアの地を駆けた日本人の戦記、堂々完結!
『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『機動戦士ガンダム』などの人気作品に携わり、アニメ界のレジェンドとして知られる安彦良和。
1979年、「アニメージュ増刊 リュウ」(徳間書店)に『アリオン』を連載したことを契機に、マンガ家としてのスタートを切りました。今年(2024年)は、マンガ家としての画業45周年に当たります。
その節目の年に、「アフタヌーン」(講談社)の連載作品『乾と巽―ザバイカル戦記―』が完結。長年、歴史マンガを手掛けてきた安彦良和が、「最後の長期連載」となる覚悟で描いたという大作です。大正時代の「シベリア出兵」を題材とする作品の歴史背景をひも解きます。
安彦良和が描く日本の近現代史
安彦良和の『虹色のトロツキー』は、昭和初期の満州(現・中国東北部)を舞台にしたマンガです。日中戦争と太平洋戦争で、壊滅的な敗北を喫した日本ですが、なぜこのような戦争に突き進んだのでしょうか。日本の近現代史をテーマとする安彦作品は、ここから始まりました。
以降、『王道の狗(いぬ)』では、明治期の自由民権運動と戦争の歴史をマンガ化。『天の血脈』では、日韓併合を題材にして、日本の古代史と近現代史の関連を浮かび上がらせました。
『乾と巽―ザバイカル戦記―』は、大正時代の「シベリア出兵」が題材の意欲作。今年(2024年)5月24日発売の「アフタヌーン」(講談社)で、最終回を迎えています。この連載の完結によって、明治から大正、昭和へと繋がる安彦作品の“歴史の環”が繋がりました。
『乾と巽―ザバイカル戦記―』©安彦良和/講談社 1巻P004_005より
1918年8月12日、日本軍のシベリア派遣部隊が、ウラジオストックに入りました。世に言う「シベリア出兵」の始まりです。
シベリアに抑留されたチェコスロバキア軍団の救出を名目に、イギリス、フランス、アメリカなどの各国と共同で行われた派兵。その真の狙いは、反革命軍(白軍)を支援して、ロシア革命軍(赤軍)を制することにありました。
前年の2月と10月に起きた2度の革命で、ロシア帝国は崩壊。各国は、共産主義が世界に広まることを恐れ、封じ込めをしようと躍起になっていたのです。この夏、ウラジオストックから日本人を乗せた装甲列車が出発。その車輛には、漢字で「熊」という文字が書かれていました。
2人の主人公
ウラジオストック入りした日本の派遣部隊は、アメリカ、イギリス、フランスの部隊とともに北上。動員がかけられたのは、小倉駐屯地の帝国陸軍第十二師団でした。
しかし時を同じくして、旭川駐屯地所属の帝国陸軍第七師団も、装甲列車とともに前線に向かっていたのです。しかも、この列車は、東支鉄道長官のホールワットが貸与した特別なもの。
第十二師団長の大井成元(おおいしげもと)中将は、部下に怒りをぶつけます。「此度(こたび)の任務を拝命したのは 我が小倉第十二師団だっ」「北海道に横取りされてたまるかあああ!!!」
『乾と巽―ザバイカル戦記―』©安彦良和/講談社 1巻P014_015より
ドイツ・オーストリア軍と、ロシアの革命派から成る敵軍。彼らとの戦いが、始まろうとしていました。後に、「クラエフスキーの会戦」と呼ばれる戦いです。
『乾と巽―ザバイカル戦記―』の主人公は、第七師団に所属する砲兵・乾 冬二(いぬいとうじ)。乾ら、第七師団を乗せてスウヤギナ駅を出発した装甲列車ですが、敵軍の列車に阻まれ、身動きが取れなくなってしまいます。
そこに、一人の青年が現れます。「浦潮日報」の新聞記者・巽 奈津夫(たつみなつお)。本作のもう一人の主人公です。巽は、新聞社の同僚である的場とともに、装甲列車の取材を始めます。
乾 冬二に下された密命とは!?
「浦潮日報」のカメラマン・的場は、装甲列車の車輛に書かれた「熊」の字に気づきます。「熊」は、旭川第七師団の部隊名です。派兵されたのは小倉の第十二師団のはずなのに、なぜ第七師団がシベリアにいるのでしょうか。
「この出兵には裏がある」。そう直感した的場は、将校の制止を振り切ってカメラのシャッターを切り続けます。
しかし、ここは最前線中の最前線――。革命軍による銃撃を皮切りに、敵味方入り乱れての激しい戦闘が始まりました。
『乾と巽―ザバイカル戦記―』©安彦良和/講談社 1巻P036_037より
カメラマンの的場は、銃弾に倒れます。巽 奈津夫が茫然としていると、「新聞記者ァ ここへ来い!」「そんな所にいたら 死ぬぞ!」という声が鳴り響きました。
急ぎ装甲列車に逃げ込んだ巽を、車輛の上に引っ張り上げたのは、砲兵の乾 冬二です。乾と巽、二人の主人公はこうして運命の出会いを果たしました。
日本軍はクラエフスキーの会戦を制し、敗走する革命軍を追ってハバロフスクを占領。乾は、第七師団長の藤井幸槌(ふじいこうつち)に呼び出され、ある密命を受けました。6人の分隊員を率いて、満州里(マンチュウリ)で特別任務に就けというのです。
歴史上の大事件を見届けよう
乾 冬二率いる分隊は、満州里に着くと参謀本部の武官として駐在中の黒木親慶(くろきちかよし)の配下となります。黒木は、「陸大開学以来の頭脳」と言われた男ですが、反革命派を率いるコサック頭領・セミョーノフの顧問となっていました。
乾ら分隊員たちは、セミョーノフを支援。ロシア、バイカル湖の東部・ザバイカル地方の奪還部隊として、戦うことになったのです。帝国陸軍の軍人でありながら、反革命軍の支援をすることになった日本人たち――。安彦良和は、彼らの逡巡を描くことで、「ロシア革命」という歴史上の大事件と、日本の関わりを浮かび上がらせています。
本サイト内の連続インタビュー【漫画家のまんなか。 vol.10 安彦良和】では、『乾と巽―ザバイカル戦記』創作秘話を語って頂いています。著者が、日本の「歴史のキーポイント」として描いたという渾身の1作を、ぜひラストまで見届けてください。シベリアの大地の上に繰り広げられる安彦史観は、今を生きる私たちにヒントをくれるはずです。
安彦良和インタビュー
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略