【漫画家のまんなか。vol.10 安彦良和】安彦良和、漫画家生活45周年! 『アリオン』の神話時代から『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の宇宙世紀まで、歴史を描き続けて――
トップランナーのルーツと今に迫る「漫画家のまんなか。」シリーズ。
今回は、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインを務めたアニメーターでもあり、歴史をテーマとした漫画を描いてきたレジェンド・安彦良和先生にお話をうかがいます。
歴史漫画から名場面を集めた新刊『安彦良和の歴史画報 著者が語る歴史マンガガイド』(玄光社)を刊行した安彦良和先生。2024年には、大規模回顧展「描く人、安彦良和」の開催が決定するなど、その活躍に注目が集まっています。
少年時代の漫画との出会いから、歴史漫画を描くようになった経緯までお聞きしました。
▼安彦良和
1947年、北海道紋別郡遠軽町生まれ。1970年、大学中退後上京し、虫プロダクション養成所に入りアニメーターとなる。その後、フリーとなり『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『機動戦士ガンダム』など、大ヒットアニメに主要スタッフとして参加。
1979年、「アニメージュ増刊 リュウ」で『アリオン』を連載し、漫画家としてのスタートを切る。1990年、『ナムジ―大國主―古事記巻之一』で第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年、『王道の狗』で、第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2012年、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で第43回星雲賞(コミック部門)を受賞。
少年時代から現在に至るまで描き続けてきた歴史漫画
僕の出身地は、北海道の遠軽町。相当な田舎で、文化的な恩恵を受ける機会は少なかった。それでも、郵便配達のおじさんがくれた1冊の漫画本が僕の人生を変えている。昭和30年「少年少女冒険王」(秋田書店)の付録に載っていた、鈴木光明先生の漫画『織田信長』。小学校3年生くらいの頃だけど、偶然出会った作品に影響を受けて漫画らしきものを描き始めた。『織田信長』を真似た処女作は、たしか『血戦川中島(?)』というタイトルの「歴史もの」だった。鈴木光明先生は、 昭和30年代に活躍した漫画家で、少年漫画だけでなく『もも子探偵長』などの少女漫画も描かれている。 2021年に明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館で「マンガ家 鈴木光明展」が開催された時、その原画を見ることができて大変嬉しかった。
新刊『安彦良和の歴史画報』に少し掲載したけど、僕は大学受験の時には勉強そっちのけでスペイン内戦を題材にした漫画を描いていた。題は『遙かなるタホ河の流れ』。キザなタイトルは、当時読んだショーロホフの『静かなドン』の真似かもしれない。後年描くことになる『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』も、「宇宙世紀」を名乗る未来の戦争の歴史だと思っている。振り返ってみれば、僕は「歴史もの」ばっかり描いてきたのかもしれない。
『安彦良和の歴史画報』より
『アリオン』で漫画家デビュー
アニメと漫画――。2足の草鞋を履いてきたけど、絵を生業とするようになったのはアニメの方が先だった。でも「漫画家になりたい」という本来の夢がぶり返して、「月刊漫画ガロ」(青林堂)に原稿を持ち込んだ。伝説の編集長・長井勝一さんから「うちでは原稿料は出ないよ」と言われたけど、それでもよかった。だけど結局「ガロ」には掲載されなくて、漫画家の道を一度諦めている。そのことが、アニメーターの仕事に本腰を入れるきっかけになった。
それがまた、漫画の世界に挑戦することになるのだから人生は分からない。徳間書店の「アニメージュ」編集長だった尾形英夫さんが、漫画の新しい雑誌を創刊するに当たって、「アニメーターに漫画を描かせてみよう」と変な気を起こした。同誌でアニメーターの人気投票をやったら、荒木伸吾さんが1位で、僕が2位。 1979年に「アニメージュ」の増刊として誕生した「SFコミックス リュウ」で、荒木伸吾さんと僕の漫画が掲載されることになった(実際は、荒木伸吾の代わりに荒木プロダクション・姫野美智が参加)。
「SFコミックス リュウ」は、平井和正先生原作、石森(石ノ森)章太郎先生作画『幻魔大戦』のアニメ化を狙っての創刊でもあった。今では当たり前となった、アニメと漫画の「メディアミックス」。その先駆けとなった雑誌だと思う。出版界に新しい風が吹き始めていた。アニメーター人気1位の荒木さんに、多くページ数が割り振られたはずなんだけど、僕は図々しいから本格連載に持ち込む気持ちでいた。1回読み切りのはずが、あえて最後のページにENDマークを入れないで、次号に繋がるようにした。「すみません、終わりませんでした」と。明らかに確信犯だよね(笑)。
『安彦良和の歴史画報』でも触れているけど、『アリオン』は呉 茂一さんの名著『ギリシア神話』に影響を受けて描いた。神話に、いろいろな解釈があることを教えられたんだ。海神ポセイドンと大地母神デメテル。その間に生まれた駿馬のアレイオンを、大胆にも人間の少年・アリオンに変えてしまった。
ギリシャ神話ものを当初アニメの企画書として書いたんだけど、見事にこれが売れなかった。そのリベンジの気持ちがあったんじゃないかな。当時、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』が漫画からアニメ化されて、すごいブームになっていた。『ベルばら』のテーマがフランス革命なら、それよりもっと遡った西洋ものを……とでも思ったのかもしれない。
今回、回顧展「描く人、安彦良和」の準備で絵を整理していたら、なんとその時の企画書の下描きが出てきた。主役はダリアという女の子。『ベルばら』は漫画が原作だから、アニメ化するにも魅力が伝わりやすかった。「やっぱり企画書じゃ読んでくれない……」と思っていたときに、舞い込んだ「SFコミックス リュウ」の企画は、僕にとってまさに「渡りに舟」だった。だから始めっから下心満々。ずいぶんと邪悪な若者だったんだよ(笑)。
『安彦良和の歴史画報』より
『アリオン』創作裏話
『アリオン』は漫画の連載に後押しされて、劇場アニメの制作も実現できた(1986年公開)。アニメの衣装デザインは、少女漫画家の山岸凉子先生にお願いしている。今回、『安彦良和の歴史画報』で山岸先生にコメントを頂戴できて、当時のことを懐かしく回想できた。当時、山岸先生は『日出処の天子』で漫画界の話題独占って感じだった。山岸先生はコスチュームデザインに独自のセンスを持った方で、創作和服を着ていらしたのを覚えている。『日出処の天子』もそうだけど、時代考証も踏まえながら唯一無二の作品を描く方。ダメ元でお願いしたというのが正直なところで、本当に引き受けてくれるとは思わなかった。
漫画がまだ市民権を得ていなかった時代に、育ったせいもあるのだろうか――。僕は、本屋でコミックの棚に行くことにちょっとした抵抗がある。特に、少女漫画の棚というのは近寄りがたい。でも山岸先生にお願いしようと決めたから、勇気を出して地元の本屋の少女漫画コーナーに行った。それで『日出処の天子』を、ガバッっと全巻わしづかみにして買って帰った(笑)。うちに帰ってみたら1巻ダブっていたので、翌日返品のためにレジに行ったら、レジの女の子に変な顔をされた。「変なオヤジが、少女漫画を」って思われたのだろうね。最後には店主まで出てきて、面倒なことになりかけたからこっちもキレて、「金を返してほしいんじゃない、ダブっててもったいないからだ!」ってタンカ切って帰ってきた。その店には、その後行ってない。
少女漫画家と言えば、『アリオン』をきっかけに『スケバン刑事』で有名な和田慎二先生ともお付き合いさせて頂いた。なんとか連載に漕ぎつけた『アリオン』だったけど、僕は「ヒロイック・ファンタジー」というジャンルのことを何も知らなかった。ゲームの影響なのか、今でこそ人気のファンタジーだけど、当時はまだ日本に根付いていなかったんだ。「クラッシャージョウ」シリーズで組んでいるSF作家の高千穂遙に、「ヒロイック・ファンタジー」というジャンルがどういうものか教えてもらった。 そして交友関係の広い彼は、漫画では和田慎二生が『ピグマリオ』というファンタジー作品を描いていると紹介してくれた。
和田先生は、僕が尊敬している鈴木光明先生のお弟子でもあったので、鈴木光明先生主催の漫画教室に同行させてもらったこともある。和田慎二先生は、主人公を追い詰めてストーリーを盛り上げるのが実にうまい。『ピグマリオ』は、まさにファンタジーでありエンターテインメントだった。それを真似てもうまくいかないと気付いたから、「ファンタジー」ではなく、自分なりの「歴史もの」を描くことになったと思う。
アニメの制作を挟んだこともあって、『アリオン』は5年間に渡る長期連載となった。『安彦良和の歴史画報』に掲載した原画を見ていると、物語の前半と後半で絵柄が全然違う。アリオンが、どんどん幼くなってしまっている。普通、キャラクターはだんだん成長していくものだけど逆行しているんだ。
キャラクターの年齢が後退してしまったのは、1984年放映のテレビアニメ『巨神ゴーグ』の影響だと思っている。『巨神ゴーグ』の主人公・田神悠宇が13歳という設定なんだけど、アリオンの顔や頭身がそれに似ちゃったんだね。やっぱり、連載の合間にアニメの仕事が入っちゃうと、漫画の方も引きずられるんだよね。ファンから手紙が来て、「キャラが違うので、元に戻してください」という。描いている本人としては全然気付いていなかった。
古事記の漫画化に挑んだ『ナムジ―大國主―古事記巻之一』
1989年公開の劇場版アニメ『ヴイナス戦記』が振るわず、アニメーターを辞めることに決めた。漫画に専念しようと腹が決まったときに「古事記を描きませんか」というお誘いを頂いた。それで生意気に「書店で(コミックではなく)普通の棚に置かれるものを」と言うと「いい」と。そういうわがままが通る、いい時代だったんだね。そういうことで四六判上製ハードカバー、ヒモまでついて(笑)。題字は、現・藝大学長の日比野克彦(!)という立派な本になった。
ちょうどその頃行った小さな本屋さんで、原田常治さんの「古代日本正史」という本を見つけて「面白いな」と思っていたところだった。同時に、今の古代史の問題点についても考えていた。いろんな意味でタイミングが合った。そこに舞い込んだ「古事記の漫画化」という話に、ほとんど飛び付くかたちで『ナムジ―大國主―古事記巻之一』を描くことになった。
ただ、自分はなんでもそのままには描きたくないという「ひねくれ者」なので「勝手な解釈でもいいなら描きたい」と言った。主人公は、出雲に流れ着いた渡来人の少年・ナムジ――のちの大國主だ。出雲神話というとヤマタノオロチ伝説のスサノオが有名だけど、『古代日本正史』の原田常治さんがやっぱりスサノオ好きで、逆に大國主は軟弱な男として書いている。自分はへそ曲がりだから、「それじゃあ、俺は大國主を……」と。それとスサノオの世代から物語を始めると、自分が描きたいところから舞台がひとつ遠くなる。ひと世代遅らせることで、より後の時代に重点を置きたいという気分もあったのかもしれない。
『ナムジ』を描いたのは、邪馬台国論争が今よりもっと沸騰していた時期でもある。「ヒミコって誰?」ということも描きたかった。それをしないと、歴史との結び付きが見つからない。「古事記」は日本の神話と言われているけども、僕は最初っから「歴史として描くぞ」という気持ちだった。原田さんの本はきわめて大胆不敵なんだけど、スサノオという人間が出雲にいた、出雲の平田の生まれだった……とまで言い切っている。学者さんは相手にしない本だけど、妙にリアリティがあると思った。
日本の古代史と近現代史、そして西洋史にも挑戦
自分の創作を適当に入れていくのが好きだから、歴史の定説となっているところに忠実にはしたくない。だから『ジャンヌ―Janne―』では大谷暢順さんから原作を頂いたのに、オリジナルの作品に変えてしまっている。僕はジャンヌ・ダルクのお話をそのまま描くのではなく、それより10歳年下のエミールという少女にジャンヌの足跡を追わせるドラマにした。全ページオールカラーにしたのも僕の希望。通常の2倍手間が掛かったけど、大谷さんへの贖罪の意味も込めて頑張った。
『ジャンヌ』をきっかけに、『イエス―JESUS―』『我が名はネロ』といったキリスト教をテーマとした作品にも挑戦してみた。僕自身は無神論者だけど、それぞれの作品にキリスト教って何だろう、神ってなんだろうって追求する繋がったテーマがある。どれも僕にとっては大切な作品だ。
『安彦良和の歴史画報』より
日本の歴史では、古代史を描きながら同時に近現代史にも取りかかっている。1990年から「コミックトム」(潮出版社)で連載した『虹色のトロツキー』が最初だった。『王道の狗』(講談社「ミスターマガジン」)あたりになると、完全にアニメっ気が抜けて漫画の絵になっている。今に続く、僕の漫画のスタイルが出来上がっていると思う。近現代史という視点でいうと、『虹色のトロツキー』でいきなり昭和初期を描いて、その後『王道の狗』で明治時代に遡っている。どうしてこんな昭和になったのか考えてみたいという思いがあって、自由民権運動までルーツを探ることになった。僕の中で「秩父事件」が大きなこだわりとしてあって、『王道の狗』はそこにもちょっと触れている。アニメ時代に何度か秩父にも行った。その頃の秩父にはまだ明治の名残りがあったね。
日露戦争から日韓併合までの時代を描いた『天の血脈』(講談社「アフタヌーン」)にも、とても愛着がある。僕がずっと描いてきた古代史と近現代史のシリーズが、この作品で交わるからだ。今、「アフタヌーン」で連載中の『乾と巽―ザバイカル戦記―』は大正時代が舞台。「大正時代が抜けてるナァ」とは思っていたけど、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』やその後のアニメの仕事があって「無理だ」と諦めていた。その後事情が変わって、急遽「描かせて!」と頼んだ。だから『乾と巽』を描くことができて嬉しい。
『安彦良和の歴史画報』より
『乾と巽』はシベリア出兵を題材にしているけれど、本当はロシア革命の話なんだ。シベリア出兵が間違っていたかどうか……という話であれば、答えはハッキリしている。あんな割の合わない戦争はなかった。それだけでは話にならなくて、もっと大きな意味があると思っている。それは、日本がロシア革命という世界史的な大事件に介入したということだ。ソ連崩壊でロシア革命の評価も変わってきている。それなのに、シベリア出兵が「他国への余計な干渉」という評価から出ないのはおかしい。
当時、まだ第一次世界大戦が終わっていなかったから、国内で革命が起きたことを理由にロシアが離脱したことで、イギリスとフランスは迷惑をこうむった。だから革命ロシアはけしからんと、日本もウラル山脈の西まで来いと言ってくるわけ。だけど、日本はバイカル湖から西へは行かないと頑固に決めていた。再三要請しても来ないから、「日本は極東の利権をねらっているのではないか」と、西欧諸国から下心を探られた。この後日本は欧米とうまくいかなくなって、アジアで侵略的になっていく。このあたりが歴史のキーポイントになるのではないかと思っている。
『乾と巽』は、連載仕事としては最後。そして、「描く人、安彦良和」展も控えている。美術館から声を掛けて頂いて、とてもありがたいお話だと思っている。近年は海外の美術館でも、アニメや漫画の展示が企画されるなど、日本漫画の評価が高まっているらしい。それを嬉しく思うと同時に、自分としては「あんまり、いい気になってはいけないな」と思うところもある。「クール・ジャパン」と盛り立てて国が出てきたりすると、アニメや漫画の独自性が失われるのではないかと危惧している。文化は、あくまでも在野の人々から生まれるものだ。
今回、歴史漫画に特化した本をまとめたけれど、僕のアニメ作品以外の歴史漫画にも興味を持ってもらえると嬉しい。これまでにも原画展や『機動戦士ガンダム』関連の展示は行ってもらったけど、『描く人、安彦良和』展は僕の生い立ちから現在に至るまでを紹介する、初の大規模回顧展となる予定だ。ぜひ足を運んでみてください。
『安彦良和の歴史画報 著者が語る歴史マンガガイド』(玄光社)
2023年11月29日発売
A4変型判、240ページ
定価:本体4,000円+税
ISBN:9784768318539
大規模回顧展『描く人、安彦良和』
2024年6月8日~9月1日(予定) 兵庫県立美術館(神戸市中央区)
2024年9月21日~12月2日(予定) 島根県立石見美術館(島根県益田市)
取材・文・写真=メモリーバンク *文中一部敬称略