【推しマンガ】電気人形と少女の旅を描く、近未来スチームパンク冒険譚!
近年、AI(人工知能)が著しい進化を遂げています。少子高齢化で不足する労働力。その新しい担い手となる期待もあって、世界各国で研究が進められているのです。AI技術は、医療や家電、自動車、スマホのアプリなど様々な領域で活用されています。
今や私たちの生活に欠かせない存在となったAI。いつの日か人類の知能を追い越して、文明の主役となる日が来るのでしょうか。私たちの未来には、今と全く異なる世界が待っているのかもしれません。
『エリオと電気人形』は、AIと人類による100年の戦争の果てに、電気が失われた世界を描いています。それは古めかしい建物や煙突、ガス燈が並ぶ懐かしい風景。最後の電気人形・アンジュと、電気人形に育てられた人間の少女・エリオによる、近未来スチームパンク冒険譚を紹介します。
近未来を舞台にしたスチームパンク冒険譚
「スチームパンク」は、SF(サイエンス・フィクション)のサブ・ジャンルの一種。蒸気機関を主要な動力源とする世界を描くものです。白い蒸気を吐いて走る機関車に、夜道を照らすガス燈――未来世界を舞台に、19世紀イギリスを彷彿とさせる世界観が展開。ノスタルジックな未来空間が多くのファンを魅了しています。
「近未来スチームパンク冒険譚」を謳っている本作品。原作者の島崎無印が手掛けるのは、近未来を舞台にした古くて新しい、無機質で温かいストーリー。その物語世界を、イラストレーターでありマンガ家の黒イ森が圧倒的な画力で描いています。
Webマンガサイト「となりのヤングジャンプ」(集英社)の短期集中連載企画としてスタートした本作。その後、同誌で本格連載が始まって、科学技術と人類の共存を模索する壮大なストーリーで読者の注目を集めています。
『エリオと電気人形』©島崎無印・黒イ森/集英社 1巻P006_007より
太陽が昇り、朝が来ました。エリオは毎日恒例の儀式を行います。降り注ぐ朝日を浴びても、“眠り姫”のように眠り続けるアンジュ。彼女を起こすため、口づけをするのです。
アンジュ、識別名ANJ32768は電気人形。AIと人類による100年間の戦争で、生き残った唯一の戦闘アンドロイドです。一方のエリオは、体内で電気を作ることができる特異体質の少女。エリオは定期的にアンジュに充電をして、スリープ状態を強制的に解除しているのです。
「お目覚めですか? お姫様」。エリオは口づけをして、アンジュに電気を分け与えます。しかしアンジュは彼女にこう諭します。「あの充電方式は どうにかならないか」「あれは 人間世界では愛し合う者同士が行う 最上級の挨拶行動だ」。
アンドロイドの敗残兵と少女の出会い
エリオは笑いながら、「そのくらい知ってるよー」と答えます。彼女にとって、アンジュはかけがえのない存在。愛情表現のため、キスをしていると言うのです。
世界規模の戦争で全てが失われて、早や10年が経ちました。100年にわたる戦争では、集合知AI「メティス」がネットワークを介して自己増殖を繰り返し、人類のインフラや生産設備を乗っ取っていきました。メティスの暴走を止める方法は唯一つ――。
人類は勝利と引き換えに、電気を放棄したのです。アンジュは言わば敗残兵。電気の供給が止まったことで、彼女の活動も終わりを迎えるはずでした。
『エリオと電気人形』©島崎無印・黒イ森/集英社 1巻P010より
しかしアンジュは、エリオと運命の出会いを果たします。荒れ果てた地に、一人置き去りにされていた幼いエリオ。アンジュは、その姿が「生ゴミの袋のようだった」と回想します。
アンジュは人類を滅ぼす目的で造られた、自律兵器・ソルディロイド。人類から警戒されることを避けるため、“少女”として造形されていますが、高い戦闘能力を備えているのです。しかしエリオを見つけた時に、彼女の命を奪うことはしませんでした。
アンジュは「戦争が終わってしまったので 処分しそびれただけだ」と言いますが、エリオの姿に心惹かれるものがあったのでしょうか。それともエリオの発電能力に、有益性を感じたのでしょうか。アンジュはエリオを殺さずに、海辺の灯台へ連れて行ったのです。
二人が旅を始めたワケ
それから10年、アンジュとエリオは一緒に暮らしてきました。敗残兵であるアンジュは、人類から憎まれるべき存在。さらにエリオも、かつては実験体として囚われていた身です。
彼女たちが生き延びるため、陸の孤島のようなこの地はうってつけだったのです。アンジュはエリオに、灯台の半径500メートルより外に出てはならぬと教えてきました。
しかしある時、二人だけの静かな生活に変化が訪れます。エリオが可愛がってきた猫のボスが、年老いて病にかかったのです。
『エリオと電気人形』©島崎無印・黒イ森/集英社 1巻P018より
エリオは釣った魚をボスに与えますが、なかなか食べてくれません。アンジュはこの猫がガンにかかっていること、痛みと飢えに苦しみながら、間もなくこの世を去るであろうことをエリオに教えます。外界を知らぬエリオにとって、初めて目にする生き物の終末期――。
アンジュは、「今すぐ死なせてやればいい」「人間世界には それを人道的とする価値観がある」「ちょっとだけ電圧を上げればいい」と教えます。エリオには、ボスを苦しみから解放してあげたい気持ちはあっても、その命を奪うことはできません。
ボスが病死して、エリオは深く傷つきました。その姿を見たアンジュは、灯台を出る決意を固めます。アンジュはAIにより造られたソルディロイド。人間に関するデータを豊富に備えていますが、その感情を理解するようにはできていません。自分が伝えられる知識には限界がある――そう考えたアンジュは、エリオとさすらいの旅を始めます。
人と出会い、人の心を知る旅路
こうして電気人形のアンジュと、人間の少女・エリオの旅が始まりました。灯台を出た彼女たちが向かったのは人間が住む場所。そこは電気を一切使わない“蒸気と歯車の街”でした。
戦後10年が経ちましたが、街の人間の多くが心に大きな傷を抱えていました。そんな人々との出会いを通して、エリオは大きく成長していきます。兵器として造られ、人の気持ちを解することに限界を感じていたアンジュも少しずつ変わっていきます。
少女たちの成長物語として楽しめる『エリオと電気人形』。戦争の傷痕に苦しみながら、復興に立ち上がる人類の姿も見どころの一つです。科学技術の行きつく先を舞台としながら、描かれているのは“人間ドラマ”そのもの。一人と一体による心温まる冒険譚を、あなたも一緒に見守りませんか。
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略