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極上のアート・コミックに学ぶ、美術の楽しみ方!

今日、美術館やギャラリーでは様々な展示が開催されています。絵画や版画などの平面作品、彫刻などの立体作品、工芸品、映像など、作品のジャンルも多岐にわたっています。近年では、マンガやアニメーションなどのサブカルチャーも美術展示の対象です。

私たちの身近なところにある美術ですが、楽しみ方が分からないという人もいるかもしれません。鑑賞の入門として、美術をテーマとするマンガを読むこともオススメです。

鑑賞方法に決まりはありませんが、ポイントが分かれば作品と向き合った時の感動が倍増するはずです。美の世界に魅せられたマンガのキャラクターたちに、楽しみ方を教えてもらいましょう。

ルネサンス期、女流画家の成長物語

16世紀初頭のイタリア、フィレンツェ。そこはルネサンスで盛り上がる芸術の都でした。古代ギリシャ、ローマ時代の人間味あふれる芸術作品に触発され、絵画、彫刻、音楽、文学などの芸術が大きく花開いていたのです。

芸術が息づくこの地で、貴族出身の少女・アルテが画家工房への弟子入りを志願します。しかし、女性が一人で生きていくことに理解がなかった時代のこと。様々な困難が彼女を待ち受けていました。

大久保 圭の『アルテ』は、「月刊コミックゼノン」(コアミックス)の人気作品。2020(令和2)年には、テレビアニメ化されて大きな話題となりました。貴族の箱入り娘でありながら、当時はまだ珍しかった女流画家を目指すヒロイン。その魅力に迫ります。

アルテ 著者:大久保圭

「ルネサンス」は、「再生」「復活」などを意味するフランス語が由来。古代の文化復興を目指す運動として、14世紀から16世紀頃の西ヨーロッパ諸国で盛んになっています。

フィレンツェ共和国は、「花の都」を意味する都市国家。イタリアのトスカーナ地方に位置し、15世紀にはメディチ家による統治でルネサンスの中心地として栄えました。工房による組織的な制作活動が行われ、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティなど、才能あふれる芸術家を多数輩出しています。

本作の舞台は、16世紀初頭のフィレンツェ。スパレッティ家に生まれたアルテは、幼い頃から異常なほど絵にのめり込んでいました。「アルテ(Arte)」は、イタリア語で「芸術」を意味する言葉。“芸術の申し子”とも言えるヒロインですが、どのような活躍を見せてくれるのでしょうか。

アルテは貴族の出身ですが、あまり裕福ではありません。彼女の理解者であり、絵を描く環境を整えてくれた父親は急逝。残された母親の頭にあるのは、アルテの結婚話だけでした。母はアルテの絵を焼き払って、強引に娘の縁組みを進めようとします。

この時代、「女は家にいて 主人の言うことを良く聞き 子供を産み育てる」ことが常識とされていました。しかし画家になる夢を諦め切れないアルテは、定められた人生を変えようと立ち向かいます。画家への弟子入り願いのため、17軒の工房の扉を叩いたアルテ。しかし“女”であることを理由に、入門を軒並み断られてしまいます。

「もう」「女捨ててやるわよ!」。怒りに燃えて、路上で髪を断ち切ったアルテ。その様子を見ていた画家のレオは彼女の気概に注目。弟子入りの試練を課しますが、アルテは工房に入ることができるのでしょうか。著者の大久保 圭は、若き女流画家の情熱を描いて読者の共感を呼んでいます。ルネサンス期フィレンツェの美しい街並みとともにお楽しみください。

知られざる藝大の受験事情

東京藝術大学、通称「藝大」は日本で唯一の国立総合芸術大学です。『ブルーピリオド』の著者・山口つばさは藝大出身者。一般の大学とは異なる“藝大の受験事情”をマンガに描いて大きな話題を呼んでいます。

高校2年生の矢口八虎(やとら)は、多くの友人に囲まれて充実した高校生活を送っていました。しかし彼の心は、満たされぬ思いでいっぱいで――。

そんな八虎が一枚の絵に出会ったことで、藝大を目指すようになります。“美術”の追求に青春を懸ける受験マンガを紹介しましょう。

ブルーピリオド 著者:山口つばさ

いつも遊んでばかりの矢口八虎ですが、高校の中間テストで学年4位を記録するほどの優等生。周囲の人間は、彼が有名大学に進学するものと思っていました。しかし八虎の心は、虚無感と将来への焦りでいっぱい。

「器用貧乏」という言葉がありますが、なまじ器用であるために情熱を注ぐ対象を見つけられずにいたのです。テストの点を稼ぐのも、悪友と遊び回るのも、彼にとってはただ課せられたノルマをクリアするだけ。そんな彼の世界観は、ある日を境に激変してしまいます。美術部員の森まるが描いた油絵に感銘を受けたのです。

高校3年生の森は巨大なキャンバスを使って、天使の姿を描いていました。その肌色は緑色を基調に彩色されていて、八虎のこれまでの常識を覆します。

森まるは、「テールベルト」という色を用いた古典技法で絵画を制作していました。この絵具の緑色を下地にして、「バーミリオン」という赤色と「シルバーホワイト」を混ぜた肌色を塗り重ねていたのです。

補色の組み合わせを利用して、肌を綺麗に見せようというチャレンジ。感心した矢口八虎は、「先輩 早朝の渋谷の景色って見たことあります?」と、森に問い掛けます。八虎が仲間とサッカー観戦をした帰り道、早朝の渋谷の街が青く見えたことがあったのです。

森は、渋谷をよく知らないと前置きしながらも、「あなたが青く見えるなら りんごもうさぎの体も青くていいんだよ」と答えます。それを聞いた八虎は一心不乱に美術の課題を仕上げます。それは“青”に染まった渋谷の街並み。八虎はこの時の感動を胸に、日本一受験倍率が高い藝大の絵画科を目指すことになります。

江戸文化の真髄に迫る名作

一ノ関 圭は、東京藝術大学で学んだ経歴の持ち主。正確無比なデッサンと力強い描線で、熱狂的なファンを獲得しています。

『鼻紙写楽』は、一ノ関 圭の代表作のひとつです。2003(平成15)年から2009(平成21)年に「ビッグコミック」増刊号(小学館)で不定期連載。2016(平成28)年には、第20回手塚治虫文化賞マンガ大賞と第45回日本漫画家協会賞コミック部門大賞を受賞しています。

寡作なことから、“幻のマンガ家”と呼ばれる一ノ関 圭。単行本の刊行としては24年ぶりとなった本作は、町人文化が花開いた江戸時代中期を舞台にしています。芝居小屋「中村座」の舞台裏と浮世絵の世界を横断しながら、そこに生きる人間たちを活写しています。

鼻紙写楽 著者:一ノ関圭

五代目市川団十郎の一人息子が、連続幼女誘拐殺人事件に巻き込まれました。歌舞伎の名門・成田屋に生まれた徳蔵(後の六代目市川団十郎)でしたが、少女と見紛うほどの美貌が災いして、男にかどわかされてしまったのです。

浮世絵師・東洲斎写楽の「大首絵(半身像)」に描かれたことで有名な五代目と六代目の市川団十郎。本作の第一場では、名優父子を襲った悲劇とともに、江戸の町に忍び寄る不穏な気配が描かれています。

田沼意次(おきつぐ)による経済政策の下、江戸の町は大きく繁栄。歌舞伎や浮世絵などの文化が盛り上がりました。しかし1783(天明3)年に浅間山が噴火。「天明の大飢饉」が続いたことで、意次は評判を落としてしまいます。代わりに老中に抜擢された松平定信は“田沼政治”を一掃し、町人文化を厳しく統制するようになったのです。

本作の第二場から、伊三次(いそうじ)こと若き日の東洲斎写楽が登場します。喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重と並んで「四大浮世絵師」に数えられる写楽ですが、浮世絵師としての活動期間は約10か月。その人生は謎が多いことで知られています。本作は写楽が浮世絵師になるまでの“前日譚”。緻密な時代考証に基づいて描くことで、虚構の世界にリアリティをもたらしています。

写楽が得意とした「役者絵」は、ファンが贔屓の役者の姿を楽しむためのブロマイドのようなもの。描かれる役者は美化されるのが通常ですが、写楽は役者の個性をリアルに表現。さらに表情やポーズも大胆にデフォルメして仕上げています。

一ノ関 圭はマンガ界の浮世絵師。現代に残された浮世絵を参考に、鷲鼻や吊り目などの特徴を巧みにとらえて、江戸の歌舞伎役者をマンガの中に甦らせています。出版や風俗の統制令に苦しめられた江戸の町に、綺羅星のごとく出現した写楽。その若き日のドラマをお楽しみください。

歴史マンガの常識を塗り替えた意欲作

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた武将。また“茶聖”として有名な千利休に師事した茶人。さらに物欲の権化として乱世を生き抜いた異才・古田織部(おりべ)。その破格の生き様を描いたのが、山田芳裕の歴史マンガ『へうげもの』です。

舞台となるのは、戦国から慶長年間にかけての時代。下剋上の世界で立身出世を目指しながら、茶の湯と物欲に魂を奪われた男の物語が展開します。

織部は“出世”と“美の世界”、二つの欲を満たすことができるのでしょうか。歴史上の人物を“日本史”と“文化”という側面から多角的に描いた意欲作を紹介します。

へうげもの 著者:山田芳裕

「へうげる(ひょうげる)」とは、「ふざける」「おどける」ことを意味する言葉。この物語は、戦国時代から江戸時代初期にかけての動乱期に、粋を貫いた一人の“へうげもの”が主役の作品です。

古田左介(織部の若き日の通称)は齢34にして、進むべき道を模索していました。「人間(じんかん)五十年」と言いますが、人の一生は夢のように儚く短いもの。今は織田信長に仕えていますが、戦国乱世に武人として生まれた以上は、天下に名を轟かす大大名を目指さねばなりません。

左介を突き動かすのは、出世欲だけではありません。“天下の名香”と名高い香木「蘭奢待(らんじゃたい)」。さらに、びろうど地に唐草牡丹を配した南蛮服など、信長が手にした名品の数々に強い憧れを抱いていたのです。

1577(天正5)年8月、織田信長は古田左介に松永久秀との交渉を命じます。松永弾正(だんじょう)の名でも知られるこの武将は、足利義昭を奉じて上洛した信長に、一度は臣従を誓っています。しかし上杉謙信や毛利輝元、石山本願寺などの反対勢力と呼応して蜂起。

松永勢は信貴山城に立て籠もり、信長との対決姿勢を明らかにします。信長は、嫡男・織田信忠の軍勢を送り込むことを決意。左介に、久秀との和睦交渉を任せると言います。それは久秀の助命と引き換えに、名器と名高い「平グモの茶釜」の献上を迫る内容でした――。

本作の著者・山田芳裕は、歴史上有名なエピソードに古田織部を立ち会わせて、読者に戦国武将の生き様を見せつけます。名物茶器が、人の命より重く扱われていた時代を描く『へうげもの』。生と死の狭間に浮かび上がる“美”に、スポットライトを当てることで、新しい歴史マンガの在り方を開拓しています。

美術品の真贋を問うアート・コミックの金字塔

ニューヨークにあるメトロポリタン美術館の凄腕キュレーター(学芸員)として名を馳せた藤田玲司(れいじ)。確かな審美眼と、神業のような修復技術を持つ男ですが、今では東京で贋作専門の画廊を営んでいます。

細野不二彦の『ギャラリーフェイク』は、1992(平成4)年に「週刊ビッグコミック スピリッツ」(小学館)で連載開始。美術品の真贋を問うスリリングなストーリー展開で人気を博しています。

第41回小学館漫画賞を受賞したアート・コミックの金字塔。一度完結しましたが、2017(平成29)年から「ビッグコミック」増刊号(小学館)で新章がスタートしています。30年余の長きにわたって愛される名作の魅力を紹介します。

ギャラリーフェイク 著者:細野不二彦

藤田玲司は画廊「GALLERY FAKE(ギャラリーフェイク)」を営む美術商。贋作(フェイク)を専門に扱うことから、美術界ではハナつまみ者とされています。

藤田は、世界最大級の規模を誇るメトロポリタン美術館に勤めた経歴の持ち主。彼のセレクションにより、ギャラリーにはレンブラントからピカソ、モディリアーニ、北斎、写楽、棟方志功など、名だたる巨匠の傑作が集められています。しかし、そのいずれもが偽物なのです。

そんないわくつきの画廊を一人の政治家が訪れます。衆議院議員の梶 正一。失言により辞任しましたが、大臣職を経験した大物議員です。梶は美術品のコレクターとして有名で、業界の裏事情にも明るい男。藤田は“贋作専門”という肩書きを隠れ蓑として、およそ日本では入手できない巨匠の“真作”を裏取引きしているのだと暴露します。

代議士の梶 正一は、藤田玲司は悪徳美術商だと指摘。彼がブラックマーケットで盗品や美術館の横流し品を売買していると言うのです。さらに、藤田が“贋作”として買い取ったモネの名画『つみわら』が“真作”だと推察し、その購入を求めます。

一方の梶にも、表の顔と裏の顔がありました。彼がコレクションする美術品は“献金がわり”。やがて党や派閥の資金源となる運命で、梶はその“ろ過器”に過ぎないのです。

S美術館学芸員の酒井は『つみわら』を梶に売らないでほしいと藤田に懇願します。果たして藤田は、美術品の価値が分からない悪徳政治家にモネの傑作を売ってしまうのでしょうか。アートには資産としての価値もありますが、真の価値は作品が持つ感動の中にあるはず。本作は極上のヒューマンドラマを通して、美術品の“真贋”が持つ意味を読者に問い掛けます。

アート・コミックの在り方も様々

『アルテ』や『ブルーピリオド』では、等身大の若者が美術への情熱に目覚める姿を描いて、読者の共感を呼んでいます。

文化の発展は、時の権力によって左右されるもの。『鼻紙写楽』や『へうげもの』では、芸術を愛しながらも政治に翻弄される人間の姿を露わにしています。『ギャラリーフェイク』の主人公・藤田玲司は、“美術界のダークヒーロー”。美術作品の裏に潜む虚飾に鋭く切り込んでいます。

アート・コミックには、実在する名画、名品が登場することもしばしばです。機会があったら、ぜひ美術館などに鑑賞に出かけてみてください。実物を見れば、感動が一層深まるはずです。

執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 文中一部敬称略

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