【推しマンガ】諸葛孔明が見出した麒麟(チーリン)! 期待の新人が描く、新たな三国志武将伝!!
古代中国の漢王朝――。そこでは「儒教」の教えにより、人間が二つに分けられていました。“人”である漢人と、“獣”と呼ばれた異民族です。名家出身の姜維(きょうい)と、異民族の少年・姚宇(ようう)。二人が出会ったことで、歴史が大きく動き出します。
高祖・劉邦が漢王朝を開いた約400年後、再び乱れた国土の支配をめぐって、群雄が各地に割拠しました。戦乱の世を駆けた英雄たちの物語は、『三国志』として今も多くの人々を魅了しています。
中国の神話に伝わる瑞獣「麒麟(チーリン)」。泰平をもたらす獣の王とされていますが、二人の麒麟児(きりんじ)は乱世をどのように生きるのでしょうか。「ビッグコミック」(小学館)期待の新人・向井沙子が贈る、新たな三国志武将伝。その歴史背景とともに、見どころをガイドします!
漢王朝の基盤となった儒教
中国初の統一王朝・秦の滅亡後、劉邦(りゅうほう)が項羽(こうう)を討ち果たして中国を再統一。紀元前202年のことでした。
初代皇帝となった劉邦は、一代で漢王朝の基礎を築きます。さらに第7代皇帝の武帝(ぶてい)は、国家統治の理念として儒教を採用し、漢の国学としています。中央集権的な体制の確立によって、長期にわたる帝国の秩序維持に成功したのです。
西のローマと並ぶ、東の大帝国となった漢王朝。しかし農民層の疲弊、さらに皇帝の外戚と宦官(かんがん)の対立が原因となって、大きく乱れていきます。漢王室は有名無実化。各地に有力豪族による軍事政権が誕生します。『三国志』の舞台となった、動乱の時代の到来です。
『朱のチーリン』©向井沙子 / 小学館 1巻P003より
『三国志』は、中国の後漢末期から三国時代にかけての興亡史。一般に『三国志』と言えば歴史家・陳寿(ちんじゅ)による『正史 三国志』のことですが、日本では明代に書かれた通俗歴史小説『三国志演義』が有名です。
ダイナミックな歴史ロマンは、海を越えて日本にも伝来。文学や講談などで人々を魅了し、近年ではマンガやアニメ、ゲームの人気テーマとなっています。
『三国志』をテーマとするマンガには様々な作品がありますが、『朱のチーリン』は“儒教”をキーワードに物語が展開します。儒教を信奉する漢人と、儒教を理解できないがゆえに“獣”と蔑まれる異民族。その対立構造の紹介とともに物語は開幕します。
『三国志』後半の面白さ
漢王朝の末裔として、「蜀」の地で帝国の再興を目指した劉備(りゅうび)。そのライバルとして台頭し、中原(ちゅうげん)と呼ばれる華北一帯を押さえた「魏」の曹操(そうそう)。江東を支配し、「呉」の皇帝となった孫権(そんけん)。
戦乱の世に頭角を現わした者たちが、天下を三分して覇権を争います。有名な「赤壁の戦い」では、長江を舞台に劉備・孫権の連合軍が曹操を迎え撃って撃退。『三国志』のクライマックスの一つです。
『朱のチーリン』は、この名場面が終わった後の時代が舞台。言わば『三国志』「後半」のお話なのです。著者の向井沙子は、この時代を取り上げた理由について、単行本の巻末でこう述べています。「『戦い』に目を向けると、五丈原の戦いぐらいしか有名どころは残ってません」「しかし『政治』や『文化』に目を向けると 三国志は後半もまだまだ面白い」と――。
『朱のチーリン』©向井沙子 / 小学館 1巻P006より
儒教とは、紀元前6世紀頃に孔子が唱えた教説と、その後継者たちによる解釈が由来の思想体系です。漢王朝は儒教を大切にしましたが、その末期には深刻な政治腐敗に悩まされています。人々は、教えの本質を見失ってしまったのでしょうか――。
西暦212年、涼州(りょうしゅう)の天水(てんすい)郡。仲間と剣の稽古に励む少年がいました。彼の名前は姜維。「天水四姓」と呼ばれる有力豪族の生まれで、未来の惣領として一族から期待されていました。
姜維は、一族の少年たちを叱咤して「僕たちは天水の名家、姜家の子だぞ」と言います。さらに「名家の務めは民を守ること」「民を救うから名家は偉いんだ」と持論を展開するのです。名家の跡継ぎゆえの矜持ですが、この考えをくつ覆す“運命の出会い”が彼を待っていました。
異民族との出会いが運命を変える
姜維の父親は、郡の人事を司る功曹(こうそう)という重職にありました。その出世ぶりで、周囲から一目置かれていたのです。
屋敷には多くの馬を抱えており、その世話のため新たな奴隷が買われてきました。奴隷の名は姚宇。遊牧民の羌(きょう)族であることから、馬の扱いに長けていたのです。
姚宇は気立ての良い少年。屋敷の仕事を積極的に手伝い、下働きの女性の人気を集めます。しかし漢人にとって、異民族は儒教を解さない“獣”の類。姜維をはじめとする屋敷の少年たちは、彼を冷たい目で見ていました。さらに姚宇の髪型は、漢人の女性に似たスタイル。羌族の男性の習わしによるものでしたが、この髪型が少年たちの嘲笑の的となったのです。
『朱のチーリン』©向井沙子 / 小学館 1巻P020より
「傷でもあれば 少しは男らしくなるだろう」と、姜維は姚宇に剣の稽古をつけようとします。しかし姚宇は、姜維が思っていたような「臆病者」ではありませんでした。姜維の剣をかわした姚宇は、素早い身のこなしで姜維に馬乗りになります。
木剣を使った立ち合いでしたが、姜維の顔に傷がつきました。姚宇の「男前になりましたねぇ」の一言で、姜維のプライドはズタズタです。
この日を境に、姜維は姚宇と関わり始めます。彼を知れば知るほど、湧き上がる疑問――果たして異民族は、漢の人間とは違う“獣”なのでしょうか。姜維が父親に問うと、驚くべき答えが返ってきました。「儒教って そんなに偉いものか?」。“儒の心”があるから、漢は正義の国となりました。しかし正義は時折、間違った方向を向いてしまうと言うのです。父の言葉が、姜維の心にさざ波を立てます。
新しい時代を拓く麒麟児たち
漢の名家に生まれた姜維と、異民族の少年・姚宇の間に生まれた小さな絆(きずな)――。しかし時代の荒波は、二人が友情を育むことを許してはくれません。波乱万丈の展開をコミックスでお楽しみください。
劉備が、「三顧の礼」をもって迎えたと言われる天才軍師・諸葛孔明。彼との出会いを経て、姜維は“歴史の表舞台”に躍り出ていくことになります。
『朱のチーリン』は、三国志の後半を舞台とする本格歴史ロマン。コアな三国志ファンはもちろん、歴史になじみがない人でも楽しめる作品です。向井沙子が卓越した画力で描く、主人公の造形も魅力の一つ。姜維・姚宇の美少年コンビは、どのように成長していくのでしょうか。楽しみに見守りましょう!
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略