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漫画サンデー元編集長が舞台裏を語る! 上田康晴「マンガ編集者 七転八倒記」 ACT.6 スーパーヒーロー

※本ページは、2013年11月~2015年5月にeBookjapanで連載されたコラムを一部修正、再掲載したものです。

▼プロフィール
上田康晴(うえだ やすはる)
1949年生まれ。1977年、実業之日本社に入社。ガイドブック編集部を経て、1978年に週刊漫画サンデー編集部に異動。人気コミック『静かなるドン』の連載に携わる。1995年に週刊漫画サンデー編集長、2001年、取締役編集本部長、2009年、常務取締役を歴任し、2013年3月に退任。現在、フリーのエディター。

ACT.6 スーパーヒーロー

 「スーパーヒーローの根幹となるものは、彼らに対する別人格の存在だ。バットマンはブルース・ウェイン、スパイダーマンはピーター・パーカー。彼が朝目覚めた時は、ピーター・パーカーだ。スパイダーマンになるには、衣装がいる。この点、スーパーマンは逆で、彼の孤高たるゆえんだ。彼はスーパーマンになったのではなく、そう生まれついていた。朝目覚めた時もスーパーマンだ。別人格はクラーク・ケント。〔S〕と記された赤い衣装は、赤ん坊の彼をくるんだ毛布だ。それこそが彼の服で、ケントの時のメガネやスーツは仮装にすぎない。我々市民の中に紛れ込むための変装だ。スーパーマンから見た人の姿、それがクラーク・ケントだ。弱くて……自分に自信が持てない臆病者。ケントはスーパーマンが評する人類そのものだ」

 上記のスーパーヒーロー論は、著名な評論家が述べたものではない。映画『キル・ビル2』の中のワンシーンである。暗殺組織のボスであるビルがかつて愛した主人公を追い詰めた時に、人間というものは本来弱い存在である、ということをコミックスのヒーローを例に挙げ呟いたセリフだ。暗殺組織のボスが「我々市民」というところは笑ってしまうが、コミックスに精通したタランティーノ監督ならではのセリフだ。それにしても、実に的確にスーパーヒーロー像を捉えていることに感心する。映画そのものは、『キル・ビル1』に比べてあまり評判にならなかったが、このセリフに出会えただけでも、私は幸せだった。
 この映画を観て、あらためて『静かなるドン』の連載がスタートした時のことを思い出した。弱い部分と強い部分を持った主人公だが、「一言でいえばスーパーマンみたいな感じかな」とその時新田氏は言っていた。

 実は「週刊漫画サンデー」『静かなるドン』が連載スタートして驚いたことは、読者の素早い反響もそうだったが、映像化の話がいくつか舞い込んできたことだった。今まであまり経験のないことだった。
 ある時は、ある大物俳優のマネージャーから「新幹線の中で『静かなるドン』を見て、映画にしたいと言っているので」と編集部に電話がかかってきた。また何社かの映像プロダクションから、同じようなオファーが重なってかかってきた。
 結局、森田芳光監督作品などを数多く手がけたK社に決まるのだが、ここの社長は漫画については造詣が深く、我々漫画編集者よりこの世界に精通していた。『静かなるドン』も読み込んでいた。

 しかし、主人公の近藤静也は香川照之さん、と聞いたとき、初めは漫画の中の主人公とイメージがかけ離れているようで違和感をおぼえた。
 いまや日本を代表する役者となった香川照之さんだが、当時は、東大出身の役者で父は歌舞伎役者の市川猿之助(二代目市川猿翁)、母は女優の浜木綿子と、すごい血筋であることはわかっていたが、ドンの役となるとちょっと違うのでは、と思っていた。ところが、『静かなるドン』の試写を観てその迫力にビックリ。香川照之さんを起用したことは大成功だった。私の先入観は覆された。
 ヒロインの秋野さん役は、女優・内藤陽子の娘、喜多嶋舞さん。内藤陽子といえば、『白馬のルンナ』という映画『その人は昔』の主題歌が大ヒットし、瞬く間にスターになった1960年代の超アイドル。たしか、人気の頂点で突然結婚し、引退したため、団塊の世代には忘れられないスターだ。スポーツ紙には「二世コンビ」という文字が躍っていた。

 1991年、『静かなるドン』の試写会は五反田のIMAGICA(イマジカ)でおこなわれた。試写が終わると大きな拍手が起こった。それほど出来は素晴らしかった。
 この映画の中で香川照之さん以外に、気になる役者がひとりいた。鳴戸役の長谷川初範さんだ。漫画の中では、三代目の右腕として自らを犠牲にしてドンを守る、男の中の男。そのカッコイイ役を見事に演じていた。
 たしかその日は、バレンタインデーだった。近くの居酒屋で試写会の打ち上げとなり、スタッフが一堂に会した。理江役の女優が参加者全員にチョコレートを配っていたので憶えていた。たまたま長谷川初範さんの隣となった私は生意気にも、その存在感のある演技を称賛したところ、大変に喜んでくれた。その後、『101回目のプロポーズ』をはじめ数多くの人気ドラマに出演することになったが、『静かなるドン』からスターが生まれうれしい限りだった。(つづく)

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