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【推しマンガ】山下和美が人間の正体に迫る、悠久の時をかける不思議な少年の物語

終戦直後の日本に、一人の少年が現れました。血と土地に縛られて、いさかいを繰り返す一族を冷ややかに見つめる不思議な少年が――。

永遠の時を生きる少年は、あらゆる時代とあらゆる場所を訪れます。19世紀末のロンドンを、懸命に生きる身寄りのない少女たち。生きる目的を知らぬまま、戦国乱世を鮮やかに駆け抜けた一人の青年。そこには、いつの時代も変わらない人間らしい生き方がありました。

『不思議な少年』の作者は、代表作の『天才柳沢教授の生活』で日常を探求する喜びを描いた山下和美です。時空を超えて生きる少年の旅を、オムニバス形式のドラマで描いて、人間の真の姿を追求します。時空を超えた大河ロマンの世界へご案内しましょう。

不思議な少年 1巻
不思議な少年 山下和美

第一話『万作と猶次郎』より

終戦直後の日本に、不思議な少年はやってきました。木武万作は、空襲で家を焼け出されたいがぐり頭の少年です。父の実家に向かう旅路で、弟の猶次郎が金髪の美少年に変わったのを見て驚かされています。

万作の父親は、田舎の旧家出身。立派な邸に到着すると、万作の祖父は余命いくばくもない危篤状態でした。その周りに、万作の父をはじめとする親族が集まります。祖父は貧しい生まれでしたが、人の弱みをつかむことに長けていて、他人の土地や金、女までも平気で奪って、一代で財産を築いたといいます。そして、しまいには財産をねらうおのれの兄をも殺してしまったというのです。

旧約聖書でカインとアベルは最初の人類とされていますが、カインは弟のアベルをねたんで殺しています。万作少年は、聖書のこの逸話の意味が分からずにいましたが、猶次郎になり替わった金髪の少年は、万作に「人間の欲望は 雪だるまと同じ」と語ります。人の欲は次第に大きくなっていき、尽きることがないというのです。

ある嵐の晩、襖の向こうで大人たちが祖父を取り囲んで話し込んでいました。金髪の少年の導きで、万作は襖の向こうに人間の恐ろしい一面を見てしまうのです……。

第二話『エミリーとシャーロット』より

不思議な少年は、19世紀末のロンドンに現われました。そして孤児院で暮らす二人の少女、エミリー・フィッシャーとシャーロット・テイラーに出会っています。

エミリーは快活な美人で、傲慢にも自分は高貴な生まれだと思い込んでいます。シャーロットは少し内気な少女でしたが、真の名前をメアリー・グラスという伯爵家の令嬢でした。

金髪の少年にそそのかされ、校長室でみんなの出自を調べたエミリー。シャーロットが家事に焼け出された伯爵令嬢で、管財人より多額の養育費を送られていることを知ります。やがてエミリーは、シャーロットになり替わって孤児院を出たのち、豪遊三昧の派手な生活をするようになるのです。

一方のシャーロットには、豊かな想像力がありました。成人して孤児院を出たシャーロットは小説家として成功を収めますが、その作品の主人公にはいつもエミリーの面影がありました。やがてシャーロットとエミリーの人生は、思わぬかたちで再び交わることになります……。

第三話『狐目の寅吉』より

不思議な少年が訪れたのは戦国乱世の日本――。寅吉は幼いころに親を亡くして、貧しさのあまり盗人となった少年です。食べるためには、人を殺めることさえ厭わずない寅吉でしたが、あるとき荒寺で見た菩薩像の美しさに心を奪われてしまいます。

この像は、何百年も前にこの地が水害に見舞われたとき、人身御供となった子どもの姿を模したものでした。それからのち、この地には豊作が続いたといいます。寺の僧侶から、人身御供となった子どものように「善行を積め」と言われた寅吉は、思わず僧侶を殺めて菩薩像を奪い去ります。

10年後、寅吉は山賊の頭領となっていました。鬼神のように容赦なく里を襲い、人々を殺す寅吉。しかし、なぜか子どもには情けを掛けて、生かして連れて帰るのが習わしでした。あるとき虎吉は、連れ帰った子どもの中に、菩薩像に似た美少年がいることに気づきます。

虎吉は子どもたちに馬乗りを教えて、生き延びるための技を伝授します。果たして、寅吉が子どもを生かす目的は何なのでしょうか――。

時を超える旅で、人間を哲学する

山下和美の『不思議な少年』は読み切りの連作で、毎回さまざまな時代や人物が描かれています。不思議な少年は、人間という生き物に近づいて手を差し伸べますが、いたずらにも人生を狂わせることもしばしばです。

少年は人間を凌駕する神秘の存在ですが、人間は秘められたポテンシャルを発揮して、彼を驚かせることもあります。『不思議な少年』では、人間の醜さや愚かさも暴かれますが、それ以上に人が素晴らしい可能性を秘めていることに気づかせてくれます。

人間の真の姿を探究する、哲学マンガとも言える本作品。あなたも、世にも奇妙な人間のドラマを目撃してみませんか。

執筆:メモリーバンク / 柿原麻美

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