【推しマンガ】ここは戦火渦巻く最前線!広江礼威が描く戦場のリアリティ
そこは、大国同士の戦火渦巻く最前線。大地を驀進(ばくしん)する戦車群の陣頭に、一人の少女がいました。モルダニア帝国陸軍騎兵少佐エルミナ・シャウマハは公爵家のご令嬢。戦闘未体験でありながら、初めての戦場で突如「341戦闘団」を指揮することになったのです。
『341戦闘団』の作者は、ガン・アクションの大ヒット作『BLACK LAGOON』を手掛けた広江礼威。圧倒的画力と重厚なストーリーで、戦車が泥を蹴散らし硝煙がたちこめる戦場をリアルに描きます。
この作品は架空戦記ではありますが、同時に戦争の正体をあばく「寓話」でもあります。これまでに起きた戦争、そしていま世界のどこかで起きている現実を、私たちに教えてくれます。
公爵令嬢エルミナ、白いサマードレスで着任!
クラーフェルト大陸にあるモルダニア帝国領土に、クラスナヤ共和国連邦が侵攻。クラスナヤによる大攻勢で、モルダニアは領土850平方キロを喪失しました。モルダニアの反転攻勢を見据えて、両者はにらみ合う――そんな最前線中の最前線に、新しい指揮官の配置が決定したのです。
ジョシュア・バスカンチェロ伍長とベレルノ・ドレイク二等軍曹の二人は、ふ頭まで指揮官を迎えにきましたが、まだ誰も来ていません。その代わり、白いサマードレスに身を包んだ謎の美女に遭遇。軍港に立ち入れるはずのない地方人(民間人)の姿に、二人は「だれかお偉いさんの愛人ではないか」と噂します。
『341戦闘団』©広江礼威/小学館 1巻P024_025より
彼女の名前は、エルミナ・ゲネシェスア・シャウマハ。このたび、帝国陸軍騎兵少佐として341戦闘団を率いることになった彼女ですが、陸士騎兵学校を卒業したばかりの戦闘未経験者。加えてその経歴もいい加減なもので、女学校からの途中編入により、履修期間を短縮したらしい……というのです。
エルミナは、モルダニアでも由緒ある公爵家・シャウマハの一族で、父親が貴族院の議長という超エリート。「お飾り」の指揮官といえますが、ここは危険な最前線です。なぜ、このような令嬢が配属されたのでしょうか。関係の将校・下士官たちは急ぎ集まって、秘密の対策会議を開きます。
英雄になりたがる将校は危険
命令を下す指揮官は「頭脳」であり、その命令に従って「手足」となって働くのが兵士の役目です。そのため、指揮官の命令がどれほど理不尽であっても、兵士は逆らうことができません。どれだけ優秀な兵士であっても、指揮官の策一つで無駄死にする危険があるのです。
特に戦場の現実を知らない新人で、理想とやる気に燃える指揮官ほど厄介なものはありません。みんな「英雄」になりたがりますが、たった一人の武勲のために巻き添えを食らって死ぬのはご免です。そのため、関係者で急ぎ集まって、エルミナを指揮から遠ざける算段を立てようとしたのです。
『341戦闘団』©広江礼威/小学館 1巻P078_079より
一方、自室に着いたエルミナは部屋に一枚の絵画を飾ります。それは祖国の英雄の肖像画。貴族院代表の娘が祖国に奉仕する――そんな政治的演出のため軍隊に入れられたエルミナでしたが、戦争が現実になった時には絵画の英雄のようになりたいと思い、裏工作をして一番危険な前線に来たというのです。
敵は悠長に待ってはくれません。突如出動命令が下り、エルミナは初陣に赴くことになります。しかし、エルミナを待っていたのは悲惨な戦場の現実。無残に転がる死体の数々を見て心を砕かれてしまいます。
部下は、私が死なせない
ジョシュアは、ショックのあまり動けなくなったエルミナを、後方の指揮所まで連れ帰ることになりました。しかし、そんなエルミナ一行を敵の砲弾が襲います。
恐怖のあまりパニックを起こした新兵たち――。エルミナは一瞬にして我に返り、彼らに手を差しのべます。「大丈夫 絶対私が死なせない」と。そして、エルミナは後方には戻らず「隊に復帰する」とジョシュアに言い放つのです。
『341戦闘団』©広江礼威/小学館 1巻P140_141より
エルミナが不在のあいだ、代わりに式を執っていた大隊長が戦死。モルダニア兵は混乱の中、かろうじて戦線を維持していました。しかし、その我慢も決壊寸前です。このままでは間もなく戦線は崩壊し、自軍は潰走を始めることでしょう。
時幸いにして雨が降り出し、敵軍の航空支援が止みました。その隙を突いて、エルミナは一世一代の賭けに出ます。その熱意は、エルミナを馬鹿にしていた古参の兵たちを突き動かし、大きな奇跡を起こすのです。
新米指揮官エルミナの成長物語
エルミナは、自軍の兵士たちを「生きて返す」ことこそ、自らの使命と気づいて奮起。次第に、天才的な軍人としての能力を発揮していきます。さまざまな困難に襲われながらも、戦友とともに成長していくストーリーには、ミリタリー好きの人はもちろん、そうでない人も共感することが多いはずです。
本作は、淡々と戦場の現実や矛盾を描いて読者に突きつけます。戦争をテーマにした作品ですが、何か特有のメッセージを語ることはなく、読む者に考えさせています。
アクション・マンガが好きな人には、戦場の臨場感ある描写や、歯切れよいテンポのドラマ展開が魅力ある作品です。また、軍隊の中で繰り広げられる人間模様の描写も秀逸。企業などの組織に身を置く人であれば、さまざまな制約を切り抜けるアイディアに共感するところもあるはずです。ハードボイルドな世界観が好きな人はもちろん、多くの人にオススメします。
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美