『この世は戦う価値がある』自分自身を生きるために戦い続ける
日々の様々なマイナス要素が次から次へと積み重なり、とてもではないが「価値がある」と言い難い昨今の世の中で、私達は何かしらを搾取されながら生き続けて消耗してしまい息切れしてしまっている。
『この世は戦う価値がある』は、そんな世間に対するカウンターアタック漫画だ。この作品を初めて読んだ瞬間、歌手・中島みゆき氏の名曲「ファイト!」の歌詞に出てくる自分を鼓舞して生きる気持ちを彷彿とさせ、心を鷲掴みにされた。
吹っ切れて自分自身を生き直す
本作は職場でパワハラ・セクハラ、彼氏にはモラハラを受け毎日疲弊しながら生きている社会人3年目の伊東紀理(いとうきり)が、彼氏の浮気の発覚と、あるカードが手元に届いたことをきっかけに自分自身を生きる決意を固めるという第1話から始まる。
『この世は戦う価値がある』©️こだまはつみ/小学館 1巻/ 第1話より
第1話を読んでいる途中までは「絶望に打ちひしがれながらも前向きに生きようと決意し、日々奮闘しながら徐々に自己肯定感を獲得していく物語なんだろうな」という想像をしていた。
けれどその「前向き」の方向は予想の遥か上をいってぶっ飛んでいたのだ。
地味でオドオドと自信なさげな紀理だったが、吹っ切れた後は無断欠勤して髪をオレンジに染めてスカジャンを着こなし職場の人々に「さよなら掃き溜めの皆さん」とサラッと言って退職し、元彼を金属バットで殴って今まで取られていた金を払えと命じる。
『この世は戦う価値がある』©️こだまはつみ/小学館 1巻/ 第1話より
紀理が手に入れたカードはフィクションによくあるどんな願いを叶えることもなければ、無限に金を引き出す魔法のカードでもない。現実に存在する「臓器提供意思表示カード」だ。
それを「切り札」とし自分の死後の臓器提供によって人の命を救う代わりに好きに生きる決意をするというのは、いくらなんでも吹っ切れ過ぎである。しかし、この吹っ切れ具合が癖になってくるのだ。
紀理の豹変した姿を見て、過去に一方的に傷つけられ、我慢の限界が来てその相手に怒りを盛大にぶちまけた自分の経験を思い出した。ぶつけられたストレスに対して自分の気持ちを大事にするべきだったし、こちらに優しく接してくれるどころか傷つけて搾取する様な人間に、優しくする必要なんてないんだと本作を通じて再認識させられた。
戦いは続く
「会社」「元彼」との戦いを終えた紀理。
「我慢してたことはやり返すし、返せないままのものはきっちり返す。奪われたものは取り返す」と決意した彼女は今までの人生の中での「貸し」「借り」をリスト化し「人生の総決算」を行っていく。
堅苦しく真面目な印象を受けるが、実際にやっていることと言えば昼間に酒を飲んでみたり、学生時代に借りパクしたものを返しに行くという些細なことだ。
この小さな貸し借りのラリーは回を追うごとに大きくなっていくのだろうか。
『この世は戦う価値がある』©️こだまはつみ/小学館 1巻/ 第5話より
また「奪われたものを取り返す」という行為には大なり小なり戦いが伴うものである。その時どんな奮闘を見せてくれるのか、今後の彼女の行動に注目していきたい。
自分の感情を取り戻そう
本作は様々な疲労が蓄積し、無気力になったり思考停止状態に陥っている人に是非読んで貰いたい。彼女の叫びは私達の奥底にあった「怒り」を自覚させ「自分自身」を生きようとする活力を与える着火材になってくれる。
これを読んだ後に飲む酒は一段と美味しく感じられ、今までにない解放感をもたらしてくれる筈だ。(実際、読後に真っ昼間に公園でビールを飲んでみたら最高の気分になれた)
酒を飲む以外のことでもいい。紀理の様に普段やらないことに挑戦していく内に、目に入ってくる世界も「輝いて見える」とまでいかないかもしれないが、どんよりした霧の様なものが晴れて幾分ましに見えてくるのではないだろうか。
『この世は戦う価値がある』©️こだまはつみ/小学館 1巻/ 第2話より
燃え尽きるその日まで
この物語が「臓器提供意思表示カード」を題材にしている以上、主人公の最終的な着地点は予測出来てしまう。
良い意味で読者の予測を覆して欲しい気持ちもあるが、結果はどうであれ最後の最後に紀理が「戦い抜いた!」と満足して燃え尽きていくことを願わずにはいられない。
その五臓六腑に染み渡らせた満ち溢れるエネルギーを、紀理と関わっていく人々、そして我々読者にこれからも与えて続けて欲しい。