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まなざしが出会い、世界が広がる『ゆびさきと恋々』制限あるリアルなコミュニケーションが生む癒し

一方的な情報に、強制的に移りゆく関心。SNSで流れてくる友人たちの近況や、見慣れすぎた広告。私たちの日常は知らないうちにさほど重要でない“何か”に奪われ過ぎていく。

コミュニケーションの重みが軽くなった私たちは一体何に疲れているのでしょう。ライトな会話に慣れきった私たちを癒やしてくれるのは意外にも、「伝えたい」「でも、伝わらない」という必死パッチな会話なのかもしれません。

ゆびさきと恋々 1巻
ゆびさきと恋々 森下suu

ノイズに疲れた私たちを癒やす制限

『ゆびさきと恋々』(森下suu/講談社)の主人公は生まれつき聴覚障がいのある女子大生・雪。彼女が出会ったのは、世界中を飛び回っている同じ大学の先輩・逸臣(いつおみ)。全く違う世界を生きてきた2人が、少しずつお互いの世界を優しく広げていくラブストーリーです。

どう考えてもコミュニケーションのハードルが高い。“手話”や“口話”、“筆談”といった音以外の方法でコミュニケーションを取る雪の状況を、はたから見ていると「大変そうだなぁ…」の言葉以外が見つかりません。

しかし、目の前の相手と一対一でコミュニケーションをとるということは、とても贅沢で、穏やかな時間だとも思うのです。手話や口話を使ったコミュニケーションは、心の距離をググっと近づけてくれます。相手に伝わるようにスピードを調整したり、使う表現を工夫したり…。

相手の顔を見る、目線を合わせる、相手以外の情報が入らないという特別な時間を共有できることが、どれほど貴重なのでしょう。非同期なコミュニケーションに慣れ切った私たちは、便利さと引き換えに大量のノイズに晒されています。不便だけど、会話を通してひた隠しにしている想いまで伝わってしまうようなリアルなコミュニケーションに飢えているに違いありません。

(I love youのハンドサインで投げキッス)

重なったまなざしの先でぽつりぽつりと紡ぎだされる2人の言葉は、手話を通して体全体で愛情表現となって語られます。決して多くはない言葉の一つ一つが愛おしく、また、お互いにしかわからない秘密を共有する羨ましさも感じてしまいます。

“手話”や“口話”が巧みにデザインされた紙面から感じる臨場感

雪は多くのシーンで口話かスマホを使ったテキストメッセージで会話しています。それは、手話を使える人が希少で、普段の生活では手話は限られたシーンでないと使えないことを物語っています。

口話は同じ母音や同じ言葉が続くと読み取りづらいことを紙面で表現するために、読み取りづらい文字だけが傾けて表現されていることに気づくと思います。また、雪が口話で理解している台詞はグレーになっていて、黒字で書かれた言葉は、周囲には聞こえていても雪には伝わっていない言葉として区別されています。

相手が横向きで話していると、口話が読み取りづらく理解できていない様子や、暗がりで口話も手話もよく見えない場合、複数の人が一度に話している場面など、聴者の世界では当たり前に理解できる会話が、雪の世界ではどう見えているのかがナチュラルに描かれています。

理解できる限られた会話の中で、雪がどのように言葉を受け取り、コミュニケーションをとっているのかが、読者にも理解できるような工夫が散りばめられています。時にはもどかしく、残念に思うかもしれませんが、きっと、音のない世界を感じる手助けとなるはずで、物語が丁寧に描いている世界観に浸ることができるのではないでしょうか。

“私には人づきあいすらうまく見えない―”今の自分を受け入れ、一生懸命な雪に背中を押される

制限されたコミュニケーションが日常な雪は、周囲に遠慮しつつ生きてきたとは思えないくらい、しっかりと自分の人生を生きています。「私は私の人生しか生きられないから」という言葉からは、障がいがあって、かわいそうな自分という思いと対極にあり、障がいがあっても自分の人生を生きるという覚悟が垣間見えます。

聴者と比べたら、大きなハンディを背負っている雪。ハンディを理由に、自分の人生を悲観してしまいたくなるような経験はたくさんしてきたはずです。

どうしようもない差や環境を目の当たりにすると、できない自分にばかり目が行きがちです。自分の力ではどうにもできないことに心を奪われて動けなくなることもあるでしょう。でもそれが、自分の人生を放棄する理由にはならないと、雪は教えてくれます。

「障がい」にしろ「境遇」にしろ、いつも自分の行く末を決めているのは自分であり、ハンディを自分自身がどう捉えるかによって、周囲との関係性も、未来への可能性も変わっていくのだと思うのです。

あなたは何にまなざしを向けますか?雪と逸臣が向けたまなざしの先を追いながら、自分のまなざしの先に何があるかを振り返ってみてみませんか。

執筆:ネゴト / そふえ

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