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『わたしが誰だかわかりましたか?』顔の見えない相手とのままならない恋愛

恋は盲目。恋愛に夢中になっている人が、正常な判断や常識を見失っている様子を表す言葉です。やまもとりえ先生の『わたしが誰だかわかりましたか?』では新たな出逢いに心をときめかせる女性の姿が描かれるのですが、その様子はまさに「盲目」。

話の辻褄が合わない、会えない、そして絶対に電話をしない。彼女は恋のお相手にさまざまな違和感を感じながらも、彼を信じ続けています。

さて、彼女が連絡を取り合っているのは、本当にあの日出会った「彼」なのでしょうか?

わたしが誰だかわかりましたか?
わたしが誰だかわかりましたか? 著者:やまもとりえ

メールの相手は誰?

バツイチの海野サチは、会社のパーティーで知り合った川上さんに好意を寄せるようになります。彼からの連絡に一喜一憂しながら、まるで中学生のような初々しい感情に酔いしれていくサチ。しかし川上さんとの関係はメールのやりとり以上に発展しません。話の辻褄は合わないし、会うことはおろか電話をすることもできないのです。

もやもやする違和感に目をつむりながら関係を続けるうち、やがて彼への疑念が確信に変わる出来事に直面します。そうして気が動転しているサチの元へ届いた1通のメールには、ぞくっとするようなメッセージが添えられていて…。

人は信じたいものしか信じられない生き物である

恋の相手の川上さんだけでなく、友人に対しても、息子に対しても、自分に都合のいい解釈を押しつけているような、盲目的な様子が見え隠れするサチ。

やがてそんなサチに対する「答え合わせ」と言わんばかりに登場人物たちの本音が描かれていくのですが、そのどれもがサチの知りえなかった(知ろうとしなかった)事柄ばかりで「人付き合いとは往々にしてこういうものだよなぁ」と胸がちくっとしてしまいます。

他人を信じるとは、信じた人に裏切られるとは何か。「人を信じること」の意味を問いかける物語。これは本作のキャッチコピーです。

わたしたちが誰かと対峙するとき、見えているのは相手のほんの一面にすぎません。こちらに見えている一面からさらに一部を切り取って、「この人はきっとこういう人なんだろう」と解釈し、都合のいい人物像を作り上げてしまっている。だけどそれは当たり前のことで、その人の全てを理解することなど到底無理な話。だからわたしたちはコミュニケーションを取り合うのに、それを怠ってすれ違ってしまいます。

そんな人間関係の滑稽さを、「顔の見えない相手との恋愛」を通してサスペンス仕立てで描いてゆくのが本作のおもしろさです。

1点ばかりを見つめている時って苦しいものです。ほんの少しの想像力が、自分の生きやすさにつながっていくのかもしれない。ままならない恋にもがくサチの姿から、そんなことを教えられた気がします。

主人公のサチは42歳。そして作者のやまもと先生もサチと同世代です。実はやまもと先生、40歳を超えてハッピーエンド疲れが出てきたんだそう。本作も、絵に描いたようなハッピーエンドとは異なる結末を迎えます。

めでたしめでたしで終わらない現実を受け入れつつも、「きっといつかは」という希望を滲ませる余韻が絶妙です。人付き合いって難しい、そう感じたらぜひ読んでいただきたい1冊です。

執筆:ネゴト / あまみん

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