『BLUE GIANT』宮本大に火を付けられた人間達の物語として読む
サックスと出会った青年、宮本大が世界一のジャズプレーヤーを目指し挑み続ける物語『BLUE GIANT』。2023年2月17日には待望のアニメ映画も全国公開されました。読者の心を掴んで離さない臨場感溢れる描写、「音が聴こえてくるマンガ」として幅広く支持を集めている作品です。
主人公であるテナーサックス奏者、宮本大が夢に向かって一心不乱に突き進む姿が強く印象に残っている読者も多いことでしょう。
ただ、視点を変えれば本作は宮本大によって心に火を付けられた人間達の物語でもあるとも筆者は感じるのです。
本記事では、宮本大という眩い光を放つ存在との出会いが人生のターニングポイントとなったキャラクター達にスポットを当てながら、本作の魅力をお伝えさせていただきます。
才能を見出した師匠
それまで独学で練習を行っていた大の才能に惚れ込み、無償でサックスを教える師匠的存在が由井です。一見、音楽に対してはそこまでの熱量を持っているようには見えないやる気なさ気な中年男性の由井でしたが、大と出会うことにより、若かりし頃に抱いていた音楽への情熱が蘇ったかのように熱血指導を施します。
『BLUE GIANT』©石塚真一/小学館 第4集29話より
大と出会い、不器用ながらも華のある音に触れ、またジャズを好きになれたと自身の想いを伝える由井。
昔は溢れんばかりに全力を注いでいたものが、時が経ちいつしかその熱量を失ってしまう。そんな体験が刻まれている人も少なくないことでしょう。失われかけてきた気持ちを取り戻させてくれる存在を温かく見守る由井の表情は、とても満たされているようにも感じます。
ジャズを信じてきて良かった
ジャズ喫茶「TAKETWO」のオーナー、アキコ。大がジャズバンド「JASS」を結成した思い出の場所であり、東京で最もお世話になった人物でもあります。これまで集めてきた大量のジャズレコードがその愛の深さを物語っています。
『BLUE GIANT』©石塚真一/小学館 第4集32話より
実は元々ジャズシンガーだったという過去を持つアキコ。ジャズという音楽の力をずっと信じてきましたが、世間でもてはやされる音楽シーンではジャズが脚光を浴びる機会は少なく、感情的には長らく耐えるような日々を送っていたのかも知れません。
壮大な夢を語る大の言葉と、夢を現実に引き寄せる姿を目にして、ずっとジャズを抱きながら歩んできたアキコが報われたことは想像に固くありません。ジャズの力を信じさせてくれる若きジャズプレイヤー達。支えていた筈の存在がいつしか自分を支えてくれる存在になっている、という展開が心に刺さります。
つまらない毎日から本物を本気で追いかける日々へ
大の高校時代の親友であり、都内の大学に進学する為上京していた玉田俊二。お金がなく、自分の部屋に転がり込んできた大に文句を言いつつも結局は住まわせてやる優しい心根の持ち主でもあります。
想像していたキャンパスライフとは違い、本気を感じられないぬるま湯のような日々に嫌気がさしていた玉田。大の影響を受け、素人ながらにドラムに挑戦することを決意します。人の心を動かすサックスプレイヤーとして成長著しい大と、同世代でありながら圧倒的なピアノの腕前と音楽センスを誇る雪祈の2人の背中を追いかける日々が始まります。
『BLUE GIANT』©石塚真一/小学館 第5集37話より
最高だったと言える自分になる
元々楽器の経験もなかったところから一念発起しドラムに打ち込む玉田の姿は、多くの読者の共感を呼ぶことでしょう。圧倒的に本物である2人のジャズプレイヤーに食らいつこうと努力を惜しまない彼の姿は、正にハートに火をつけられた人間の輝きを感じさせてくれます。
努力すれば必ず成功するなんて約束された未来などありません。それでも、ひたすらに夢中になって前へ前へと足掻いた日々は何物にも変え難い勲章です。自分達を最高だったと胸を張って宣言できるようになった玉田の成長ぶりを目の当たりにすると、火をつけられた側の人間にもドラマがあり、だからこそ読者の心にも強く訴えかけるものがあるのです。
『BLUE GIANT』©石塚真一/小学館 第10集80話より
火を灯される側の美しさがここに
最後に、筆者が『BLUE GIANT』の中で強く印象に残っているのが毎巻末で描かれるインタビューのシーンです。
作品の本編から数年が経過した未来に、世界的ジャズプレイヤーになった宮本大と過去に関わりのあったキャラクターが思い出を語るドキュメンタリー番組テイストのシーンが描かれるのです。
『BLUE GIANT』©石塚真一/小学館 第5集「BONUSTRACK」より
大とのエピソードを語るインタビュイー達は、その多くが満足そうな表情を浮かべているのです。大という強大なエネルギーを持つ存在に触れ、人生の転機を経験したキャラクター達もまた、この物語に欠かせない重要なピースなのです。
圧倒的な才能、センスを持ち合わせていなかったとしても。たとえこの物語の主役ではなかったとしても。大の輝きに呼応するようにいぶし銀の輝きを見せるキャラクター達こそ、本作において読者がもっとも感情移入できる存在なのではないでしょうか。
『BLUE GIANT』©石塚真一/小学館 第10集79話より
称賛の拍手を送る側にも、それぞれの人生があることを教えてくれる『BLUE GIANT』。自由に好きな音楽を楽しむように、本作も様々な角度からその魅力を堪能してください。