【推しマンガ】こうの史代がボールペンで描く 日本神話のおおらかな魅力
『古事記』は、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦したものを、元明天皇の詔で太安万侶(おおのやすまろ)が撰録した、日本最古の歴史書です。
天地開闢(てんちかいびゃく)に始まり、伊邪那美命(いざなみのみこと)の国生み、須佐之男命(すさのおのみこと)の大蛇退治など、神代から推古天皇に至るまでの天皇の系譜を中心に、古代の神話や伝説を収録しています。
歴史書や神話といわれると、堅苦しいイメージをもつ人もいるかもしれませんが、『古事記』は驚くほどに愛らしく、自由で、残酷で、わがままな物語です。マンガ家・こうの史代の『ぼおるぺん古事記』は、『古事記』の原文(書き下し文)の味わいを生かしながら、ボールペンで描き上げた神々の世界。古くて新しい神話の魅力を教えてくれます。
天地開闢
『古事記』冒頭に記された天地開闢(てんちかいびゃく)は、天地に初めて世界が生まれた様子を描く物語です。「天地初発之時(あめつちのはじめてひらくるとき)」という文言で始まります。
天地がいかに創造されたのか、記述の解釈をめぐってさまざまな議論がありますが、こうの史代は原文がもつ響きを生かしながら、イメージを大きく膨らませています。
『ぼおるぺん古事記』©こうの史代/平凡社 1巻P22_23より
高天原(たかあまのはら)は、神々のための天上の世界。世界の最初は高天原に次いで、中心となる神々が誕生したといいます。
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)ら三柱の神々。続いて、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)、天之常立神(あめのとこたちのかみ)の二柱が誕生します。この五柱の神々は「別天津神(ことあまつがみ)」と呼ばれますが、いずれも性別はなく、現世に姿を現すことはありません。
引き続いて、五組の男女ペアの神々が誕生。こうの史代のボールペンのタッチは軽妙で、神々の原初の姿を賑やかに描いています。
国生み神話
天地開闢のラストに生まれたカップル、伊邪那岐神(いざなきのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)は、国生み神話と呼ばれる、日本の国土創世譚で重要な役割を果たします。
伊邪那岐と伊邪那美のカップルは、別天津神(ことあまつがみ)に大地を完成させるよう命じられ、天沼矛(あめのぬぼこ)という矛を拝領します。二神は、天浮橋(あめのうきはし)に立って、天沼矛で渾沌とした地上をかき混ぜます。
『ぼおるぺん古事記』©こうの史代/平凡社 1巻P26_27より
伊邪那岐と伊邪那美が地上をかき混ぜると、矛からしたたり落ちた滴が積もって、淤能碁呂島(おのごろじま)ができ上りました。
二神は、この島に降り立って結婚します。そして天の御柱(みはしら)と、八尋殿(やひろどの)と呼ばれる広大な神殿を建てました。やがて伊邪那岐は左回りに、伊邪那美は右回りに天の御柱を回り、二神は出会ったところで契りを交わします。
しかし二神が最初に授かったのは、水蛭子(ヒルコ)という骨のない子と淡島(小島と考えられている)でした。いずれも、伊邪那岐と伊邪那美の子どもの数から外されています。
島生み神話
思うような赤子に恵まれなかった伊邪那岐と伊邪那美は、天上に戻って天つ神に正しい子の成し方を尋ねます。女から誘うのがよくない――神託を受けた二神は、淤能碁呂島に戻って、今度は男性である伊邪那岐のほうから誘って目合っています。
やがて伊邪那美は、八つの島を生みました。現在の淡路、四国、隠岐、九州、壱岐、 対馬、佐渡、本州です。八つの島から成るこの国は、大八島国といわれるようになりました。古代神話における日本国の原点です。
『ぼおるぺん古事記』©こうの史代/平凡社 1巻P34_35より
日本は多くの島々で構成されていて、現在では大小合わせてその数6852島にのぼるといわれています。古代日本人は、当時認識していた島々や森羅万象に神々の姿を見出して、ユニークな物語を紡いだのです。
『古事記』のボールペンマンガに挑んだ、こうの史代の筆致はどこまでも伸びやか。伊邪那岐と伊邪那美による日本創生の物語を、若い男女の姿を通して生き生きと描いています。未来への希望あふれる国生み、島生みの物語は、読む者の心をワクワクさせてくれます。
八百万の神々はマンガのようにおもしろい
編纂から1300年余を経た『古事記』は、日本最古の歴史書かつ初めての物語として、八百万(やおよろず)の神々の活躍を伝えてくれます。
そのファンタジー性や、人間味あふれる神々のキャラクター性には、マンガを彷彿とさせるものがあります。しかしながら『ぼおるぺん古事記』の著者・こうの史代は、『古事記』を現代風のマンガにするのではなく、原文の味わいを生かすことにこだわっています。古来より伝わる言葉をそのまま伝えて、分からないことは分からないなりに演出。謎の多い神話だからこそ、解釈や楽しみ方がさまざまあるのだと教えてくれます。
こうの史代の『ぼおるぺん古事記』(一)「天の巻」では、ここで紹介した日本創生の神話から、須佐之男命のヤマタノオロチ退治までが描かれます。(二)「地の巻」では、大国主命(おおくにぬしのみこと)による出雲神話。(三)「海の巻」では、天孫降臨から海幸山幸の物語、神代の終わりまでを紹介。『古事記』は、わが国の精神的成り立ちを伝える貴重な語りごと。ぜひ、原文の言葉の響きを楽しみながら読むことをお勧めします。
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美