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『サバキスタン』現実はあまりに複雑だ それでも「わからない」の先へ

たとえば、敵対するふたりがいる。どちらにもゆずれない理由があって正義と正義がぶつかりあう。たとえば、背景を知って悪役がすきになる。「実はこんないいやつだったの?」「そういう事情があったんかい……」正しさって、善悪っていったいなんなんだよ!

漫画を読んで何度もそういう経験をしたし、当たり前に映っていたものの見え方が変わって、なにが真実かわからなくなる瞬間がすきだ。

サバキスタン ビタリー・テルレツキー/カティア/鈴木佑也

『サバキスタン』はそういう複雑さの先の話をしている。ある独裁国家を舞台にした架空の歴史物語。メインキャラクターたちは犬として描かれる。犬(サバーカ)のための土地(~スタン)で「サバキスタン」という国のお話である。

独裁国家とその後をグラフィカルに描く

「同志相棒」と呼ばれるサバキスタンの指導者は、ザ・独裁者のふるまい。庶民たちは同志相棒の絶対的な権力のもとに生かされている。第1巻ではその独裁っぷりと、それに反旗を翻した者たちの抗争が独特の緊迫感で描かれる。

第2巻、第3巻ではそれぞれ時代が進み、すでにサバキスタンは独裁国家ではなくなっている。独裁体制解体後のサバキスタンで暮らす犬々の、解体後もつづく歴史の隠ぺいや自由に生きることへの弾圧が描かれていく。

本作には一貫した主人公がいるわけではなく、各巻とも時代の一部を切り取ったスクラップのようなつくりだ。読んでいくとそれらがつながっていきおもしろい。

作品全体のグラフィカルな美しさにも触れない訳にはいかない。全編フルカラーでくすんだトーンの統一感、きれいに整えられたコマ割り、あえて平面的な画づくりなんかが、独裁国家の恐ろしさを象徴するようでもある。

赤い本と青い本、その先に

本作は自ら「アンチ独裁グラフィック・ノベル」と謳い、反独裁を掲げている。

そりゃあ独裁には反対だろ……とは思うが、もしじっさいに自分がそのなかに生まれたとき、それが紛れもない悪だと判断することはできるのだろうか?

作中第2巻で仔犬たちが手にした赤い本と青い本には、国の歴史や同志相棒の素性についてそれぞれ正反対のことが書かれていた。サバキスタンは自由か、不自由か? 同志相棒は善良か、冷酷か。

手に入る情報のどれが本当なのかわからない。しかも人間は複雑で、いい人は悪い人でもある。たいていのことが、どちらかに括りきることはできない。ものごとの複雑さからは誰も逃れられない。私たちは複雑さのなかで生きていかなくてはならない。

それでもやはり「独裁にはNOを」と作者らは強く結論づけるのである。

わからないままでいられる特権

『サバキスタン』で描かれる国のあり方は極端で、日本に住む私にはどこか関係がないことのように感じられる。

赤い本と青い本の真ん中にある現実を生きている私は、できればいつだって、なんにもわからないと言いながら生きていたい。だけど、その判断を留保しているあいだに傷つく人が、生活に困窮する人が、日本でもどんどん増えているかもしれない。それが自分の暮らしにも直接かかわってくるかもしれない(私は、インボイス制度が施行されて実際たいへんです)。わからないと言っていられることそのものが特権的なことなのだ。

わからない世界だけど、自分自身や大切なだれかの生活を守るために複雑さから目をそらさないで。どうか闘って。わからないなんて悠長なことを言っていられない状況が何年も続くロシアから届いた本作に、そう言われた気がした。

執筆:ネゴト / サトーカンナ

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