2023年最新版・海外発マンガの魅力にせまれ!
昨今は海外発のマンガが日本にくること自体は珍しくありません。でもよく考えてみてください。日本と海外の間には「海」という大きな壁が立ちはだかっており、すべての海外作品が日本で読めるわけではありません。そう、つまり今、日本で読むことができている作品は、海外ですでに高い評価をうけ、金銭的、時間的な幾多のハードルを乗りこえ、海を渡ることができたごく一部のエリートな作品だけだと言っていいのです。
海外発ならではの作風や、目新しいストーリーなども目白押しの高クオリティな作品たち。そんな選りすぐられたマンガを読まないのは非常にもったいない! ということで、そんな最新海外発のマンガを5作品紹介します!
POPなキャラクターがおりなす重厚な物語『ヘレナとオオカミさん』(台湾)
最初に紹介するのは台湾発の作品『ヘレナとオオカミさん』です。台湾には「金漫賞」という最も権威のあるマンガの賞があり、今作は2023年の金漫大賞を受賞しています。
孤児院で暮らすヘレナは絵本を読むのも描くのも大好きな女の子。少し前に事故にあった弟を楽しませるため、お見舞いに行くたびに絵本を読みきかせます。ある日、大好きな絵本作家のサイン会に当選。サイン会に行ってみると、出てきたのは日常的にオオカミのかぶり物をかぶり、絶賛スランプ中の絵本作家「悪いオオカミさん」でした。その後、スランプのオオカミさんを助けるためにオオカミさんの家に行くことになり、一緒に絵本を作るようにもなります。そうやって出会い、一緒に過ごすようになったふたりが、互いに影響を与えあうことで本当の自分を受けいれていく物語です。
『ヘレナとオオカミさん』©布里斯 2023 First published in Taiwan in 2022 by KADOKAWA TAIWAN CORPORATION. Japanese translation rights arranged with KADOKAWA TAIWAN CORPORATION. 下巻/第5話より
本作ではヘレナはもとより、オオカミさんのビジュアルも比較的かわいらしい造形をしています。しかし見た目に反して、彼女たちの置かれている状況はかなり凄惨で、目をそむけたくなるような壮絶なもの。そんな過酷な状況から、絵本を描くもの同士が互いに、苦悩し、切磋琢磨して絵本を作りだしていくことで、彼女たちの心の奥底にある本当の願いを発見し、それが成長につながっていくのです。苦しんで絵本を作ることで、現実の苦しさが昇華されるこの重層的な構造に心打たれること間違いありません。
POPなキャラクターたちがおりなすガツンと心に刺さる展開。そこに生まれるギャップと、そこからの見事にはばたいていく見事なストーリーが今作の魅力と言えるでしょう。
破天荒で魅力的な悪魔たちの饗宴『デビルズキャンディ』(アメリカ)
次に紹介するのはアメリカ発のマンガ『デビルズキャンディ』です。アメリカのマンガというと主にスーパーヒーローが描かれる「アメコミ」を想像する方が多いかと思いますが、こちらの作品は左綴じ・横書きであること以外は、ほぼ日本式の「MANGA」の様式にのっとっており、日本人でも抵抗のなく楽しめる作品となっています。
本作は悪魔の一種である「インプ」の主人公のカズと、彼が作り出したまるで「フランケンシュタイン」のような少女パンドラ。ひとつ目の「サイクロプス」の少女や、「グリンディロー(イングランドのヨークシャー地方の伝承に伝わる水妖怪)」の少年など、さまざまな種類の悪魔が通っている学校「ヘムロックハート学園」で起こる青春ドタバタコメディーです。
『デビルズキャンディ』©Bikkuri・Rem 第1巻/第2話より
日本のマンガっぽいからといってアメリカらしさがないかというとそんなことはまったくありません。先ほどあげたさまざまな悪魔たちも日本人にとって目新しいものばかりです。それに学校で出てくるモンスターの形状のグロテスク加減や、まきおこるアクションのスケールの大きさはまるでハリウッド映画のよう。キャッチ―なキャラクターたちが縦横無尽にかけまわる様は爽快感抜群です。
『デビルズキャンディ』©Bikkuri・Rem 第1巻/第1話より
話の合間には原作者Bikkuri先生みずからヘムロックハート学園の社会科の先生にふんして、悪魔の世界について語ってくれるコラムが収録されています。見たことも聞いたこともない悪魔の知識から、作中のキャラや場所に関するこまかい裏設定などを、おしげもなく披露してくださっているのも魅力のひとつになっています。
偏屈でアンバランスなかわいさ『三毛猫モブは猫缶を稼ぎたい Mobu’s Diary』(台湾)
三つ目に紹介するのはこちらも台湾からの作品。台湾ですでに大きな人気をはくしているネコマンガです。香港出身・台湾在住のアーティスト黑山 キャシー・ラム(へいしゃん きゃしー・らむ)先生が描きだすネコの造形は、どこかふてぶてしさのある独特の魅力にあふれています。
三毛猫のモブは飼いネコのメス。やさしい飼い主のもとで気ままにお昼寝やパトロールをくり返す日々をすごしていました。ある日突然、モブはそんな変わらない日常に飽きてしまいます。そして「自分の食べる猫缶は、自分の稼ぎで買えるようになろう」と思いたつのです。
『三毛猫モブは猫缶を稼ぎたい Mobu’s Diary』©黑山 キャシー・ラム/玄光社 第1巻/第1話より
この世界ではネコが働くことはわりと普通の行動で、ネコのための求人雑誌なども出ています。そのなかからモブが選んだのはネコカフェの店員。とはいえネコ側の募集ですので、ネコとして在店し、来店したお客さんに構ってもらうのが主なお仕事です。それほど難しい仕事ではなさそうですが、モブは知らない人は苦手だし、なでられるのも嫌いな性分。偏屈なモブは無事お仕事をこなし、猫缶を稼ぐことができるのでしょうか。そんなモブの新しい挑戦を描いた作品です。
『三毛猫モブは猫缶を稼ぎたい Mobu’s Diary』©黑山 キャシー・ラム/玄光社 第1巻/第3話より
モブは基本的に不愛想で恥ずかしがり屋。人が苦手でおひる寝も大好き。いうなれば「陰キャ」です。しかしその反面、自立したネコになりたいという反骨心と、挑戦心も持ちあわせています。この相反する心の持ちようが、いびつに内蔵されているアンバランスさがクセになるのです。さまざまな気持ちが微妙にブレンドされたモブの行動は見ていてちっとも飽きません。そしてそのアンバランスさこそが、このキラリと鋭い目ヂカラとふくよかなボディーをもった唯一無二の造形につながっているのではないでしょうか。
ネコたちが自由に生きるこの世界感のあたたかさもさることながら、ひとめモブの雄姿を見ればめろめろになること間違いありません。
ふたりの中華女子が生みだすおいしい中華マンガ『入味 この娘と食卓を囲む日から』(中国)
続いて紹介するのは中国発のマンガ、「入味」と書いて「ルーウェイ」と読みます。当初、タテスクロールマンガとして出たものが、その後ヨコ読み形式でも出版されており、どちらの形式でも楽しむことができます。ふたりの中華女子がつむぎだす料理×百合マンガです!
ルームシェアしていた同居人に出ていかれてしまったイラストレーターの辛新(シンシン)。家賃も値上げされるし、仕事もそうそう増やせそうにない。困りはてていたところ、偶然、道端で酔っぱらった美女・殷茵(インイン)を助けます。そして紆余曲折はありますが、食費は殷茵が払い、料理は辛新がするというちょっと凸凹したふたりのルームシェアがはじまっていくのです。
『入味 この娘と食卓を囲む日から』©ZCloud・伊実・角川青羽 第1巻/第2話より
陰キャで細かい部分にこだわってしまう辛新と、美人でお金持ちで奔放だけど料理は下手な殷茵という、性格や背景の似ていないふたりが同じ時間・空間を共有しているのはコミカルで楽しいですし、単純にキャラクターがとってもかわいいです。そんなふたりの関係性が少しずつ変わっていくのを見ているだけでいやされます。
そしてこのマンガの魅力はなんといっても料理。毎話、出てくる料理はとってもおいしそう。それに出てくる料理が日本料理とはすこし変わった中華料理なのがとても新鮮です。
例えば1話で二日酔いの殷茵に出すのが「酸湯素麺(サンタンソウメン)」。見た目はタマゴと青菜の入ったうどんのようですが、お酢とニンニクが結構入っており、「酸っぱさが頭まで駆けあがってくる」ほど酸味があるものだと説明されています。
2話で作るのは手羽中の煮込み料理。こちらは日本人から見てもそれほど突飛な感じではありませんが、材料に「八角」や「山椒」が含まれることを考えると、味はなかなか中華風なのではないかと思われます。
『入味 この娘と食卓を囲む日から』©ZCloud・伊実・角川青羽 第1巻/第1話より
料理の絵もおいしそうなのですが、それを作っていく過程や、味の感想などに少しずつ違和感があることが、逆に読み手の脳みそを刺激して、二度美味しい状態になっているのです。女の子ふたりのやりとりも、日本人からすると一風変わった印象のある料理も、絶妙に中華風味のスパイスが効いていて余すところなくおいしいマンガなのです。
独裁国家の没落とその後を描く『サバキスタン』(ロシア)
最後に紹介するのはロシア発のマンガです。「サバキスタン」とは造語ですが、直訳すると「犬の国」を意味します。その名のとおり登場人物のほとんどは犬の姿で描かれ、20世紀のロシアの歴史を元に、架空の独裁国家の没落とその後を描いた自由の意義を問いかける快作です。
世界に対して50年以上も国境を閉ざしていた最後の社会主義陣営国家「サバキスタン」はある日、突然国境を開放。その栄華を伝えるため国の指導者である「同志相棒」の葬儀のリハーサルイベントに各国のジャーナリストが招かれます。ジャーナリストたちには豪華な食事がふるまわれ、巨大な彫像や壁一面の壁画、同志相棒だけが使うことができる黄金の便器なども紹介されます。イベントが行われるスタジアムでは集められた人員による見事なマスゲーム。栄華を極めている様をこれでもかと見せつけられるのです。
『サバキスタン』©Worldwide copyright Vitalii Terletskii and Ekaterina Eremeeva ©2019-2023 Japanese Edition ©Yuya Suzuki, TWO VIRGINS 2023 第1巻/第2話より
一方でジャーナリストの目の届かないところで、国民には満足にクツさえいきわたっておらず、イベントの資金を捻出するために給食がカットされ、人種差別も横行。華やかな表向きの状況とは真逆ともいえる貧困さに、国民は不満をつのらせていました。そんな状況を憂い、国の要職についているある人物が、レジスタンスとともに国家の転覆をもくろむのです。
今作最大の魅力は、この社会主義独裁国家「サバキスタン」という架空の国のリアルさでしょう。国民のためだと声高に言いながら、自身の満足だけのためのイベントにお金を投じ、国民を圧迫する姿。街の人々が唱える「サバキスタンに栄光あれ」という決まり文句。近隣の住人にも密告者がひそみ、怪しいと思われる行動をとればすぐに捕まってしまう恐怖感。1991年まで社会主義国家として存在していたソビエト連邦に生まれ、ロシアという国で育った先生だからこそ描けるリアリティがそこにあります。
『サバキスタン』©Worldwide copyright Vitalii Terletskii and Ekaterina Eremeeva ©2019-2023 Japanese Edition ©Yuya Suzuki, TWO VIRGINS 2023 第1巻/第6話より
国家の転覆譚というだけの物語であれば、これまでにも存在したかもしれません。しかし今作が秀逸なのは「その後」が描かれていることです。独裁国家の体制転換が起こったあと、国の人たちはこれまでの時代をどうとらえ、どう行動するのか。
もちろんそれはあくまでも架空の国の架空の歴史にすぎません。しかしそこには絵空事だと笑っていられない人間の性が描かれているのです。同志相棒の「なぜ、不幸の中の自由は、幸福の中の不自由よりも良いとお前たちは考えるのだ?」という言葉が、苦い後味をもって、ずっと胸の奥に残りつづけるような圧倒的存在感のあるマンガです。
海外との垣根はどんどん下がっている!
今回紹介したのはアメリカ・台湾・中国・ロシアに関連するマンガでしたが、もちろんそれ以外の国でも沢山のマンガが出版されています。日本の「MANGA」は世界でも人気ですから、これから一層日本のマンガに影響を受けた漫画家の作品が海を越えてどんどん日本にやってくる未来もあるのではないでしょうか。そこでは日本のマンガの良さと、海外ならでは独自性をもったハイブリットな作品をもっとたくさん読むことができるはずです。
その垣根が下がりはじめている今こそ、いまだそこまで多くない海外発のマンガに注目していくことで、新たな素晴らしいマンガとの出会いが待っているのではないでしょうか。
執筆:ネゴト /たけのこ