【『重版出来!』完結記念】松田奈緒子先生×担当編集・山内菜緒子さんスペシャルインタビュー
「月刊!スピリッツ」にて2012年11月からスタートした『重版出来!』が、2023年6月に最終回を迎えました。
今回は最終回を記念して、長きに渡り漫画家と編集者の仕事ぶりや関係性を描いてきた松田奈緒子先生、そして作品づくりをサポートし続けてきた担当編集者の山内菜緒子さんのお二人にお話を伺いました。
『重版出来!』あらすじ
「週刊バイブス」の新人編集者・黒沢心を主人公とした職業漫画。
漫画家、編集者をはじめ漫画・出版業界に携わる人々の仕事ぶりと情熱を描いたヒューマンドラマ。
▲黒沢心。強靭な身体と前向きな精神で漫画家をサポートする。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』1巻 / 第6話より
イーブックイニシアティブジャパンのオフィスで「JUHAN」の扉を発見!
▼松田奈緒子先生(左)
「コーラス」(集英社)でデビュー。
代表作『レタスバーガープリーズ. OK, OK!』『花吐き乙女』
TBS系列にて連続TVドラマ化された『重版出来!』で小学館漫画賞を受賞。
▼山内菜緒子さん(右)
「週刊ビッグコミックスピリッツ」「月刊!スピリッツ」編集者。
小学館青年誌(ビッグコミック系列)の連載作品を配信する漫画サイト「ビッコミ」の編集長を務める。
『重版出来!』は、新人漫画家・中田伯の物語だった
――約11年に渡る『重版出来!』完結、おめでとうございます。最終回を迎えた今の率直な感想をお聞かせ下さい。
松田奈緒子先生(以下松田先生):本編が終わった時は、単行本収録前に行う原稿の修正等があり、そんなに「終わった!」という感じはなかったんですけど、今(2023年7月)最終刊の第20集に掲載するおまけ漫画のネームをしているところで、その時にやっと「終わるんだな」という実感が湧いてきました。なので、多分それを描き終えたら「終わったんだ」という気持ちになるんだと思います。
今までの作品では「終わった、はい終了」って気持ちがありましたけど、『重版出来!』ではなかったですね。
(中田)伯(※)のことは描き終えたなと。他のキャラも描こうと思えばずっと続けられるけど、やっぱり伯の物語だったんだなという感じがしたので、ここで一回きっちり終わった方が良いと思っていました。「終わり」というより「区切り」ですかね。
※中田伯:黒沢が初めて担当した新人漫画家。過酷な家庭環境で育ち人間関係で不器用さを見せるも、周囲の人々に支えられながら成長し、デビュー作『ピーヴ遷移』を生み出しヒットする。
▲中田伯(右)。普段は感情をあまり見せないが『ピーヴ遷移』連載決定の知らせが来た際、喜びの余り号泣してしまう。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』6巻 / 第32話より
山内菜緒子さん(以下山内さん):確かに、伯だけじゃなくて、(黒沢)心にとっても人生の中の一個の通過点を超えられた印象がありました。
最終話の中に、ある一つの答えというか問いがあるんですけど、そこを見事に松田さんが描き切ってくださった。
作品を通して、漫画と出版業界に限らず広くお仕事だったり、もっと大きく言うと、人生とか読者の皆さんと通じ合えることを考えさせられるメッセージが描かれていたんですよね。この漫画を描いてくださり、ありがとうございます、と思いました。
――これまで様々な分野、業界を取材されてきましたが、印象に残っている取材はありますか。
松田先生:全て印象深かったですけど、やっぱり皆さん仕事に対してプライドがあって、真摯で責任感がある。一冊の本を出すための、その真摯さがすごいなと思いましたね。
こうやって世界からすごいと言われる日本のあらゆるもののクオリティは、一人ひとりの真面目さ、真摯さが作っていくんだなと思いました。
山内さん:どんなお仕事も、職人芸だなと感じました。その一つひとつの仕事が積み重なることで、読者の方々に面白いものを届けることができるんだな、という安心感を取材のたびに得られました。毎回取材が終わるとすごく興奮しましたね。
けれど現場での取材はすごく楽しい反面、これをどうやって漫画にするのかっていうのが、毎回大変で……。
──特に取材をして漫画にするのが難しかったエピソードはありますか?
松田先生:近々だと最終集に収録されるアクセシビリティ(※あらゆる人が、障がいの有無に限らず情報やサービスを支障なく利用できること)についてですね。
ディスレクシア(読字障がい)の読者に漫画を届ける方法について描いたエピソードなのですが、自分の技量でどういう風に漫画で表現できるんだろう? どうやったら伝わるんだろう? と考えていくのが大変でした。
予想外に長く描き続けた伯と東江
――一番愛着のあるキャラクターは誰ですか?
松田先生:和田さん(※)。あと、(高畑)一寸(※)は本当に描きやすいですね。
※和田:「週刊バイブス」の編集長。黒沢の漫画への熱意を買って期待している。
▲和田。入社試験の面接官を担当した時から黒沢を面白いと思い興味を持っていた。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』1巻 / 第6話より
※高畑一寸:「週刊バイブス」で『ツノひめさま』を連載している漫画家。
▲高畑一寸。プライベートの善し悪しが原稿制作に影響を及ぼすのが玉に瑕。後輩への面倒見が良い。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』13巻 / 第74話より
地味に立派だなと思うのが栗山くん(※)。ああいう面倒見のいい人がいるとありがたいなと思いながら描いていました。
もちろん皆好きで、それぞれに描いてて楽しかったですね。
※栗山:中田伯が通うアシスタント先の先輩。中田に対し親身になって接する。
▲栗山。後にアシスタントを卒業しプロデビューを果たす。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』8巻 / 第46話より
山内さん:愛着というか、一番思い入れがあるのは、私は安井さん(※)なんですよね。
もちろん心も好きだし、皆好きなんですけど、安井さんの背負ったものってすごいと感じていて。
※安井:「週刊バイブス」の編集者。かつては熱心な編集者だったが、以前所属していた漫画雑誌の廃刊を機に、雑誌を守る為の利益を重視し作家を酷使するようになる。
ちゃんと漫画を売らないと漫画業界を未来につなげられないと覚悟して、他者に嫌われることもやる人間で。
もちろん担当された新人さんはいろんな思いをするわけで、作中でもそういうシーンはありましたが、とはいってもああいう人がいないと商売や業界が成り立たないので、縁の下の力持ち的な役割を担いつつ嫌われ役を演じてくれるのが彼らしくてかっこいいですよね。
▲安井。漫画家からの悪評がある一方で、利益を出す有能な編集者としての評価もされている。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』4巻 / 第20話より
――作中で一番予想を越えたキャラクターは誰ですか?
松田先生:伯がこんな大きくなるとは思わなかった。
最初は、本当にただのいち漫画家としてふっと出したみたいな感じでした。面倒くさい人を出そうと思って出したんです。
東江ちゃん(※)もあんなに長く描くことになるとは思わなかったですね。
※東江:同人誌即売会での持ち込みをきっかけに黒沢とプロデビューを目指すことになった漫画家志望者の女子大生。結果がなかなか出ないことに焦るあまり担当を安井に変更した結果酷使させられ、一時期漫画から離れる。
――自然とキャラが動いていったのでしょうか。
松田先生:そうですね。伯の場合は、ほっといてもいくらでも描けるって感じでした。
東江ちゃんも一回安井さんとのエピソードがあった後には、もう出てこないつもりでいたんですけど、なんかちょいちょい出てきて。
自分が描く女子はどうしても「たくましさ」が出てしまうのですが、ドラマ版『重版出来!』で脚本を担当された野木亜紀子さんが書かれた東江はとても「ガール」で新鮮でしたし、俳優の高月彩良さんも、揺れる東江の心を繊細に演じてくださって素敵だったんですよね。
そうすると「なんか私も東江ちゃんのこと、ちゃんと描かなきゃいけないんじゃないかな?」って気持ちになってきました。
▲東江。一度は担当編集だった黒沢との関係を解消したが、再度二人でプロデビューを目指す。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』12巻 / 第69話より
人が持っている悩みは皆一緒
――2016年に日本でドラマ化され、昨年韓国ドラマ化され『今日のウェブトゥーン』というタイトルで公開されましたよね。韓国でのドラマ化について、オファーが来た際はどう思われましたか?
松田先生:海外でドラマ化されたのは初めてだったんですけど、プロデューサーの方々にお話を伺って、真剣に作ってくださると感じたのでお願いしました。
キム・セジョンさんが主演で決まった時に、すごく綺麗な方だから「こんな綺麗な人が心役をできるのかな?」と不安だったんですけど、実際にドラマを観てみたら食べっぷりとかすごくて!
柔道のシーンも素晴らしく「心を演じ切ってるな」と感じられました。もちろん他の俳優さんたちも素晴らしかったですね。
――韓国版では「ウェブトゥーンの編集部」に設定が変更されました。他にも伯と母親の関係、心と安井による東江の担当争いなど単行本10巻以降のエピソードが丁寧に作られており、原作と展開が違う場面も多々ありながらも見応えがありました。
お二人が『今日のウェブトゥーン』を観て、新鮮だな、面白いなと感じた漫画との違いはありましたか?
松田先生:オン・マウム(韓国ドラマ版での主人公の名前)の家族が最高でした。パパとママ、更にYouTuberの妹も登場して面白かったですね。
あとは原作ではジャージを着ている一寸が、アニメキャラのイラストが描かれたTシャツにリストバンドを付けるスタイルになっていたんですが、彼らしさが出ており、キャラの味付けがうまくていいなと思いながら観てました。
山内さん:『重版出来!』(今日のウェブトゥーン)の中で描かれる漫画作品の作中に登場するアクションシーンを実際に撮影して映像化されていたり、登場人物の心情だけでなく、画面の絵作りも派手で豪華に作られていてすごかったです。
韓国の就職事情などの世相も反映されていましたが、日本人の私が観ても全然違和感はなかったし「やっぱり皆が持っている悩みって一緒だし、頑張る部分って一緒だな」と深く感じさせられました。TBSで制作してくださった日本版ドラマは私にとって宝物なんですが、韓国版も同じく宝物になりました。
急速なデジタル化とSNSの発展
――11年間を通じて感じる漫画業界、出版業界、編集業界の変化などを教えてください。
松田先生:山内さんといつも言っているのは「デジタル化」ですね。
デジタルの営業担当さんに連載当初に取材させてもらった頃は「そのうち、紙の単行本を越しますよ」みたいなことをおっしゃってて。当時は「そうなんだ」と思ってたんですけど、実際に電子書籍がものすごい伸びていて、その跳ね方がすごかったですよね。
山内さん:コロナ禍の影響か、皆さんに漫画を家で読む楽しみを再発見していただいたり、スマホで漫画を読む層がすごく増えたことが大きいのかなと思います。
また、アシスタントさんを仕事場に集めて作業ができない状況が続いたので、アナログで描いてた作家さんがデジタル作画に変わったり。
あとは、やっぱりSNSの発展でしょうか。SNSから漫画家さんが出てきたり、一回SNSで試し読みをしてから漫画を買おうという方が増えましたね。読者の方々が感想をSNSで発信することで、そこから急に売上が跳ねたりとかもあります。
かつては書店員さんのポップを見て、新しい作家さんや知らなかった作品に出会いましたよね。今は読者の方々がSNSでポップを書く存在の一翼を担ってくださっているなと思いますね。
©️松田奈緒子/小学館 『重版出来!』11巻 / 第63話より
――スマホによる電子書籍サービスの発展の一方で、アプリゲームや動画コンテンツの配信が増え、漫画に時間やお金を割いてもらうのも大変な時代になってると思います。その中で今後も漫画業界を応援するにあたって、読者、漫画ファンとして出来ることは何かあるでしょうか。
松田先生:私は昔から図書館にある漫画を読んだあと、本屋で買い直してたんです。漫画には最大の敬意を払うようにしてます。
そのくらい私は漫画が好きっていうことですけど、同じような気持ちで皆にやってくれっていうのもちょっと違うので、あくまで「私はそういうスタンスです」という感じですかね。
山内さん:漫画に限らずですけど、お客さんがお金を払ってくださることで漫画家さんは漫画を描き続けられる、出版社も仕事が続けられる状況なのでやっぱり多くの人に読んで欲しいです。
自分が好きだなって思うものにはお金を払ったほうが、よりハッピーになれるよって私は思ってるんですよね。
それが難しい場合は誰かに借りて読んでもいいですし、それこそウェブやアプリで試し読みもできるので、読んでみて面白かったら「面白い!」ってまわりの人とかSNSで言ってくれると嬉しいなって。
漫画ファンの方々は、面白いと思った漫画があったらどんどん紹介してくれると嬉しいです。
松田先生:ebookjapanさんのように、ABJマーク(電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標)がある電子書籍配信サービスでの購入やレンタルをすると、ちゃんと作家さんや出版社へ還元されるので是非利用してください。
『重版出来!』スピンオフがあるかもしれない
――最後に読者の方へのメッセージをお願いします。
松田先生:『重版出来!』を長い間読んでくださってありがとうございます。ご要望が多ければスピンオフを描くかもしれませんし、金輪際終わり、みたいな話ではないのでそんなにがっかりしないでほしいです。
そして、これから読んでくださる方も、どうぞよろしくお願いいたします。
山内さん:これまで『重版出来!』を読んでくださった多くの方々に「このシーンがすごく支えになりました」とおっしゃっていただいたり、実際に生きているかのようにキャラへの愛情を持って接していただきました。
皆さんがこれから先、ふとした時に「あのキャラたちがいつも頑張ってるから、自分も頑張ろう」と思ってくださると嬉しいですし、これからもずっと漫画を好きでいてくだされば幸いです。