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【漫画家のまんなか。vol.12 むつき潤】『バジーノイズ』映画化記念! むつき潤が語る、現代を舞台に人の出会いを描く理由

トップランナーのルーツと今に迫る「漫画家のまんなか。」シリーズ。

今回は、『バジーノイズ』が実写映画化されたマンガ家・むつき潤先生にインタビュー。映画公開を目前に、今の思いとファンへのメッセージをいただきます。

かつては、スタジオでさまざまな人の手を介して行われていた音楽制作。今ではパソコン一台あれば、誰でも、どこでも、ひとりで楽曲が作れるようになっています。『バジーノイズ』の主人公・清澄(きよすみ)は自己完結型の制作手法で、自分が楽しむための音楽作りに没頭していました。

そんな彼が、人との出会いを通して変化するさまを描く『バジーノイズ』。音楽が世界を塗り替える、色鮮やかでエモーショナルな世界を紹介します。

▼むつき潤
1992年6月30日、兵庫県生まれ。神戸芸術工科大学在学中に、ちばてつや賞、「月刊少年ライバル」月例コミック新人賞を受賞。大学卒業後の2015年、『ハッピーニューイヤー』で第76回小学館新人コミック大賞(青年部門)を受賞してデビューする。
以後3年に渡る取材期間を経て、「DTM(デスクトップミュージック)」に打ち込む若者の青春群像劇『バジーノイズ』を執筆。「ビッグコミックスピリッツ」にて2018年から20年まで連載し、次世代を担うマンガ家として大きな注目を集めている。現在、「ビッグコミックオリジナル」増刊号にて『ホロウフィッシュ』を連載中。

バジーノイズ 著者:むつき潤
ホロウフィッシュ 著者:むつき潤

音がカタチになった、映画版『バジーノイズ』

「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載した『バジーノイズ』が実写映画化され、もうすぐ公開される予定です(2024年5月3日〈金・祝〉公開)。

僕は昔から映像作品が好きで、大学時代に映画制作に携わったこともあります。だから自分のマンガが映画になって、みなさんに見ていただけるのが嬉しい。風間太樹(ひろき)さんは、人気ドラマ『silent』を手掛けた新進気鋭の監督です。試写を拝見しましたが、マンガ原作の世界観を見事に再現。そこに監督の感性が加わって、素晴らしい作品に仕上がっていました。

マンガは音を鳴らすことができないので、絵で表現しなければなりません。加えて、モノクロ印刷される世界です。『バジーノイズ』執筆時には、読者の方に音楽や色味を感じていただけるよう工夫しました。それが、今回映画化されたことで実際に音がカタチになっている。映像の色彩も美しく仕上げていただきました。原作者として、大きな喜びを感じています。

ひとえに『バジーノイズ』を愛してくれる読者の皆さま、関係者の皆さまのおかげです。原作マンガをご存じの方も、音楽がお好きな方も、楽しんでいただける作品だと思います。多くの方に足を運んでいただけると嬉しいです。

心の原風景を神戸にたどる

僕は、神戸市の郊外出身。『バジーノイズ』では、明石海峡大橋を一望する神戸の臨海地区・舞子を舞台にしていますが、僕自身も幼いころから日本海や瀬戸内海を見て育ちました。海への興味が強くて、今もマンガで海を舞台にしていますし、「海フェチ」といっていいかもしれません(笑)。

僕の母は映画が大好きで、VHSを多く集めていました。父は、西洋美術をはじめとする視覚芸術全般に興味があって、家にはマンガもたくさんあったんです。少年時代の僕は、父のコレクションから手塚治虫先生の御作品や、大友克洋先生の『AKIRA』を読んでいました。

マンガ以外にも、活字の本をたくさん読みました。『ハリー・ポッター』のようなファンタジーから、星新一先生のショートショート、「三国志」のような歴史大河まで――。そういった作品に触れられる環境で育ったことは、僕に大きな影響をあたえたと思います。

青年誌で活動するルーツ

学校に行けば、友だちが話しているのは少年誌の連載作品のこと。でも、僕にはあんまり分からなかったんです。それよりも、家にある青年向けのマンガに惹かれていました。今にして思えば、ちょっと大人びた作品に触れるのが、周囲より早かったかもしれません。それは、後に僕が青年誌で活動するきっかけになったと思います。

僕が小学校高学年のころだったでしょうか――浦沢直樹先生の『20世紀少年』が大好きだったんです。マンガ家になってから、その思いを浦沢先生にお話したところ、「小学生で読んでいたの?」と驚かれました(笑)。

探求心を育んでくれた両親

子ども向けの作品から本格SFまで、幅広い作品を手掛けられた手塚治虫先生。その中でも、父は「火の鳥」シリーズや『ブッダ』などの作品をそろえていました。父は、世界史を専門としており、宗教にも造詣が深かったので、その好みを反映したラインナップだったと思います。そんな父に対し、「コレって、どんな意味なの?」と聞きながら手塚作品を読んだ思い出があります。

現在連載中の『ホロウフィッシュ』は現代劇ではありますが、宗教や哲学、生物史のような要素を絡ませています。自分の興味のある分野が、両親や生育環境の影響を受けているのを感じます。

両親はともに教師でしたので、僕が興味をもったことに理解があって、突き詰めるのを応援してくれました。僕はマンガを描くにあたって、さまざまな取材や参照を重ねますが、これは少年時代に培った部分が大きいかもしれませんね。

高校卒業後、美大を目指す

小さいころから絵を描くのが大好きでした。10代になって、文科系の特技が照れ臭かった時期もありましたが、高校卒業後の進路を考えたときに、やっぱり僕の核にあるのはアートだと思ったんです。美術大学に行こうと決意して、画塾に入って突貫で受験対策。実技試験の末、神戸芸術工科大学に合格しました。

大学ではメディア芸術学科に入って、マンガの描き方をはじめ、映画の撮影なども学ぶことができました。いろいろチャレンジしましたが、授業で描いた作品でちばてつや賞をいただいたのを契機にマンガの道に進むことになります。

『バジーノイズ』連載までの3年間

21歳でちばてつや賞を、22歳で小学館新人コミック大賞を受賞。「ビッグコミックスピリッツ」で、新人コミック大賞受賞作品の『ハッピーニューイヤー』を掲載していただきました。掲載誌を見直すと、デビュー作でありながらカラー誌面に掲載。扉絵には、浅野いにお先生や花沢健吾先生の御言葉をいただいています。

そこから連載に至るまで順調だったわけではありません。僕が初めてマンガを描いたのは、20歳のときのことでした。デビュー当時の執筆経験は読み切りが4本。まだ、僕が執筆した本数は多くはありませんでした。「マンガが好き」という気持ちだけでは難しい――経験の無さを痛感する3年間が始まります。

最初の1年は、アイディアを出してはボツになっての繰り返し。その後、編集部から「音楽マンガはどうだろう」というご提案をいただきます。今となっては音楽が好きですが、当時は音楽に詳しくなかったので1年かけて取材。その後の1年は連載に足るストーリーを思案して、正味3年かかったという次第です。

実質2、3か月しか勤められなかったのですが、大学卒業後にスポーツ新聞社でアルバイトをしたのはおもしろい体験でした。記者の方たちが、野球の試合を見ながら一喜一憂するわけです。僕には趣味もなく「推し」のような存在もいませんし、なにかにハマるような経験がありませんでした。それに対し、新聞社の人たちは「好き」なものを仕事にしているわけです。これほど自分の外側に、情熱を注ぐ人たちがいることに衝撃を覚えました。このときの体験は、『バジーノイズ』で音楽に携わる人々を描くにあたって良い刺激となったと思います。

音楽業界の濃密な空気

僕は、イマジネーションだけで描けるタイプではないので、音楽マンガを描くため業界を知る必要があると思いました。情報収集用のSNSアカウントを作って、音楽ファンと交流。アーティストや、レコード会社のスタッフにもお話をうかがっています。

全身を使って、音楽業界を体験してみたいという思いがありました。取材といっても、バンドマンの打ち上げに飛び入り参加して、飛び交う会話に耳を傾ける――というように、僕の中の経験を増やすためのものでした。遠征にも同行し、アーティストの方を観察させていただきました。頭を使うというより、フィジカルな取材方法だったと思います。

じつは、僕はお酒が飲めません。シラフのままバンドマン達の飲み会に飛び込んでは、始発で帰り、そこで感じた熱量を忘れぬうちにネームに取りかかる――そんな、無茶苦茶な生活をしていました。若いからできたことですが、ここで体感した濃密な空気は、そのまま『バジーノイズ』に落とし込めたと思います。

『バジーノイズ』は週刊連載だったので、実際にスタートすると大変でした。でも今後の展望を考えて、一番大変なところから始めておきたいと思ったんです。当時の僕は新人作家でしたから、コンビニに並ぶ週刊誌での連載は、読者に名前を知ってもらうチャンスでもありました。

『バジーノイズ』を飾る3人の個性

「すきなもんいっこ あればいい」。『バジーノイズ』の主人公・清澄(きよすみ)は、音楽アーティスト。最初はパソコン一台で、自分が楽しむための音楽を作ればいいと思っていました。しかし人との出会いを経て、彼一人のシンプルな世界は色鮮やかに変化していきます。

音楽を好きであっても、それで食べていくのは大変です。清澄が、二の足を踏む感覚が僕にはよく分かりました。僕が美大にいたころは、仲間と切磋琢磨することもありましたが、一方で大学は居心地の良いモラトリアム空間でもあるんです。僕は学生の間に受賞して、卒業後に待っている厳しい現実に、早くから気づいていました。「マンガを仕事にする」ということに対する僕個人の思いが、『バジーノイズ』にはダイレクトに反映されていると思います。

本作のストーリーに華を添えるのが、潮(うしお)という女の子。とてもアクティブなキャラクターで、清澄の部屋の窓を割って侵入、彼の音楽を聴こうとします。結果として、清澄はアパートを出ることになりますが、それが彼と外界の接触の契機となります。潮は清澄のファン第1号であり、ストーリーのけん引役でもありました。レコード会社に勤める航太郎は、音楽業界の事情を語ってくれます。「A&R(アーティスト アンド レパートリー)」という役職で、アーティストの発掘・育成をしています。

連載前に、清澄・潮・航太郎の3人から誰を主人公にすべきか考えました。編集部の連載会議には、それぞれが主人公のパターンで3話分ずつ、合計9話のストーリーを作って提案させてもらっています。やっぱり「アーティストを主人公にしよう」という話になって、清澄を主役に連載がスタートしました。だけど、僕にとっては潮も航太郎も主人公たりえる厚みをもったキャラクターです。特に、潮は物語の平熱を上げてくれる熱量をもった女の子。テンポよいセリフが魅力で、ボケ・突っ込みができるので、楽しく描くことができました。

統一感へのこだわり

『バジーノイズ』のビジュアルは、プレーンなニュアンスを出しつつ、どこか人肌を感じる線で描きたいと思いました。清澄が、割と熱を敬遠するようなキャラクターなので、そのスタンスを象徴しつつ、線からかすかな温もりを感じられることも大切だと思ったんです。いわゆる「つけペン」のような線の強弱が出るものではなく、ボールペンを使って均一な線を引きました。そうするとフラットな印象になりますが、フリーハンドで線を引くことで温もりが醸されているといいなと思います。

SNSと密接に関係する音楽業界の現状を描く『バジーノイズ』。SNSの投稿画面が多く登場しますが、デジタルフォントは使わないで、フリーハンドで描いているのも、ここでデジタルフォントを使うと、画面の統一感が損なわれると思ったからです。

他にも、マンガでは音を鳴らせませんが、ライブシーンで音を出せないなら、いっそ平時から音を出すのをやめようと思ったんです。通常は擬音やオノマトペを描き文字によって表現しますが、『バジーノイズ』ではそういった表現を用いていません。トーンについても、あえて4種類くらいに数を絞っています。三次元を再現するのではなく、白と黒で画面をデザインするような気持ちで描いていました。

感動を盛り上げたかったラストシーン

おおまかなストーリーは、当初の構想通りに進みました。連載前から、ドラマのチェックポイントを決めてあったんです。あらかじめ決めてある点と点の間を線で結んでいくことで各巻を構想通りに締め、全5巻で完結するという、自分なりの工夫でした。そのおかげで、キャラクターの欲求を優先する場面があっても、迷わずに済んだと思います。決められた道でありながら、キャラクターが自分で道を選んでほしい――二律背反ともいえますが、ドラマ作りの醍醐味だと思います。

じつは、最終話に関しては直前に変更して描いたんです。すでにネーム(下描き)はOKをいただいていましたが、編集部との話し合いを経て、アジュールの規模感と、清澄と潮の関係値、それぞれで見せ場を作りたいと思ったんです。自分としては読者に喜んでいただきたくて、大きな花火を上げるような気持ちで描きました。清澄と潮、二人の関係はどのように着地するのか――ぜひ、マンガで読んでいただければ嬉しいです。映画でも、感動のラストシーンに仕上がっていたので、お楽しみにしてください。

連載中の作品と、これからについて

『バジーノイズ』では、ストーリーがリアルな分、絵柄で遊んでいました。対照的に、現在連載中の『ホロウフィッシュ』は寓話的なモチーフを扱っています。幻想的である分、逆にリアルな筆致で描きたい――そういう思いで、絵柄をガラッと変えたんです。質感とか匂いが、生々しく伝わればいいなと思っています。

この作品は、麓(ふもと)貴広さんの『この醜く美しき世界』という脚本作品が原案です。麓さんは、神戸芸術工科大学の先輩。学生時代に同作で城戸賞という脚本の賞を受賞されています。パンデミックが主題の終末もので、読んだ当時「マンガにしてみたい」と思ったのですが、コロナ禍をきっかけに思い出して、今なら描けると思ったんです。

僕自身、海の近くで育ちましたが、父方の実家も山陰の漁師の家。海辺の景色が、原風景としてあるんです。海に抱くイメージの中で、都会的で洗練された部分は『バジーノイズ』で描きました。『ホロウフィッシュ』では、漁村の赤さびた感じを出したいです。加えて、『バジーノイズ』ではあえてカットしていた、キャラクターの生い立ちや思想の背景を、今回はきちんと描き切りたい。『ホロウフィッシュ』という物語は実存主義が根底にあります。切っても切れない血の繋がりや、人間の実存と本質に迫りたいと思っています。

以前は、自分がおもしろいと思えるネームが作れれば、それでいいと思っていた時期もありました。でも今では、自分がおもしろいと思うのものと、読者のみなさんの反響が相関関係にある――そんなマンガ家になりたいです。

取材・文=メモリーバンク

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