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【漫画家のまんなか。vol.11 池上遼一】祝・小学館漫画賞受賞! 人気作『トリリオンゲーム』から初期作品まで池上遼一が語る!!

トップランナーのルーツと今に迫る「漫画家のまんなか。」シリーズ。

今回は『トリリオンゲーム』で、原作の稲垣理一郎先生とともに第69回小学館漫画賞を受賞した池上遼一先生にお話をうかがいます。

小池一夫先生、雁屋 哲先生、武論尊(史村 翔)先生、そして稲垣理一郎先生など――。有名原作者とのタッグで、男のドラマを世に送り出してきた池上遼一先生。漫画界随一とも言われる画力で、時代が求める「恰好いい男」の姿を描いてきました。

半世紀以上に及ぶ漫画家人生と、これまで描いてきた「いい男」の変遷についてお聞きします。

▼池上遼一
1944年5月29日、福井県生まれ。1961年、貸本劇画誌「魔像」(日の丸文庫)に発表の『魔剣小太刀』でデビュー。1966年、「月刊漫画ガロ」(青林堂)に発表した『罪の意識』を契機に水木しげるのアシスタントとなる。
1968年、「週刊少年キング」(少年画報社)に短編を発表後、『追跡者』(原作:辻 真先)を連載。以降、雁屋 哲、小池一夫、武論尊(史村 翔)らと組んで話題作を次々に発表していく。2002年、『HEAT―灼熱―』(原作:武論尊)で第47回小学館漫画賞受賞。2023年、第50回アングレーム国際漫画祭特別栄誉賞を受賞。2024年、『トリリオンゲーム』(原作:稲垣理一郎)で第69回小学館漫画賞受賞。

トリリオンゲーム 原作:稲垣理一郎 作画:池上遼一
HEAT-灼熱- 作:武論尊 画:池上遼一

『トリリオンゲーム』で小学館漫画賞を受賞

「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で連載している『トリリオンゲーム』(原作:稲垣理一郎)で、第69回小学館漫画賞をいただきました。80歳近い僕が受賞するなんて、夢にも思わなかったですね。原作の稲垣理一郎先生のおかげですよ。あの人にしがみついていくのが、精いっぱいってところかもしれないです(笑)。

稲垣先生と初めてコンビを組んだのは前後編の読切『こぶしざむらい』(*1)でした。彼が『アイシールド21』(作画:村田雄介)などの原作を手掛けているのは知っていて、才能ある人だなあとは思っていましたが、いざ組ませていただくとなると戸惑いもありました。とにかくギャグ的なシーンも多かったので、長いこと劇画をやってきた僕にとっては、異次元の世界でした。頭の切り替えが難しかったと記憶しています。
(*1『こぶしざむらい』=小学館「ビッグコミックスペリオール」2015年8/28・9/11日号掲載)

『こぶしざむらい』の後で、編集部が勧めてくれたのが『トリリオンゲーム』です。僕と稲垣先生が組めば「絶対に化学反応を起こすから」という編集部の熱意にほだされて「じゃあやってみようか」と決意しました。いただいた原作は、若々しいアイディアがあふれていました。演出が尖鋭的で、ギャグをうまく折り込んだ素晴らしい原作です。それで「僕なんかが描けるかなあ」と、怖気づいてしまった……。僕には絶対できないと思いましたが、編集部の後押しもあって描き始めました。それが当たりましたね。スペリオール編集部のおかげです。

稲垣理一郎原作の魅力

稲垣先生からいただくのは、「ネーム(構成図)」による原作です。漫画の原作の書き方にもいろいろあって、一般にはシナリオのように原稿用紙に書かれているものがほとんどです。ところが、稲垣先生の場合はあらかじめコマが割ってあって、それを参考に僕の絵を入れていくというやり方。

僕は、新しいことにチャレンジするのは嫌いではないですから、今までも「ガルパン」(*2)こと『ガールズ&パンツァー』のような少女の絵も描いたり。楽しんでいます。
(*2「ガルパン」:テレビアニメ『ガールズ&パンツァー』第10話「クラスメイトです!」再放送用エンドカードを描くなどのコラボレーションがあった)

スペリオール編集部がその辺りを見てくれたのかは分かりませんが、絵的には若い先生と組む自信がありました。でも、予想以上でした。稲垣先生によるコマ割りのテンポの良さ、そこに非常に新しいものを感じたんです。稲垣先生は「週刊少年ジャンプ」(集英社)出身のためか、省くものは省いて、スピード感を重視する――少年誌的な感覚が強いように感じます。映画に例えるなら、小津安二郎の映画と、昨今のハードでスピード感あるアクション映画を比べるようなものです。僕の年になると、頭の方も多少化石化している(笑)。もう1回、カンフル注射を打つような気持ちでチャレンジしてみました。僕の漫画を長く読み続けてくれていた年配の読者の中には、多少違和感を感じた人もいたようでしたが、連載を重ねるごとに納得していただけたようで、ありがたく思っています。

稲垣先生は「キャラクターの立て方」の天才だと思います。さすが、少年誌出身です。『トリリオンゲーム』にもいろいろなキャラクターが登場しますが、それぞれ見事にタイプの違いが描き分けられている。桐姫(キリカ)みたいに気位が高く、強い女性が出てくるかと思えば、凜々(リンリン)みたいな質素で清楚な女性が登場する。彼女は真面目なガクと気持ちが通じ合う。そして主人公・ハルはハルで、世界一のワガママぶりを発揮する。このキャラクターたちが、『トリリオンゲーム』最大の魅力です。

これまで僕は、優れた原作の先生方と長いこと組ませていただきました。それも40代から50代で、各先生の一番脂が乗り切っている時期でした。雁屋 哲先生にしても、小池一夫先生にしても、史村 翔(武論尊)先生にしてもそうです。『トリリオンゲーム』の稲垣先生も同じで、僕はラッキーだと思います。本当に出会いに恵まれています。

大阪の看板屋を経て水木プロへ……

僕は、福井県越前市の出身です。少年時代は、近所にあった貸本屋で借りた漫画に夢中になっていました。中学生の頃、さいとう・たかを先生のアクション劇画『台風五郎』を見て衝撃を受け、漫画の方向性が変わるのではないかと思いました。さいとう先生が描く、探偵屋の台風五郎に憧れたんです。とにかく明るくて都会的で、のちの劇画文化につながる革新的な作品でした。僕はさいとう先生に会いたい一心で、大阪にあった貸本出版社・日の丸文庫に原稿を持ち込みますが、その時さいとう先生は東京の国分寺に移っていました。「出遅れた」という思いを抱きながらも、僕は看板屋で働きながら漫画を描き続けています。何年かのちに上京しますが、この頃は僕にとって非常に暗い時代でした。

上京してからは、水木しげる先生のお手伝いをしています。水木プロにいたころは、かねてよりファンだったつげ義春先生に純文学的なものを読むように勧められたり、いろいろなものを教えていただきました。水木先生からは「ゲーテを読め」と言われています。僕のそれまでの大阪時代といえば、文学的な作品はパール・バックの『大地』を読んだくらいでしょうか。後は大藪春彦とか山田風太郎などが好きでした。ですから、たいへん刺激を受けました。

つげ義春先生は、「月刊漫画ガロ」(青林堂)で『沼』とか『チーコ』とか、純文学的な作品の執筆に情熱を燃やしていました。僕も、そちらの世界に引きずられて『地球儀』などの短編を描きましたが、劇画家の辰巳ヨシヒロ先生には「難解で分からない」と言われました(笑)。

まだ、青年漫画誌という存在がハッキリしていなかった時代――。代わりに少年誌の「週刊少年マガジン」(講談社)が、大人っぽいテーマの作品や文芸作品を載せたりするようになっていました。僕は、「週刊少年キング」(少年画報社)の『追跡者』(原作:辻 真先)で初めての商業誌連載に漕ぎつけますが、まだこの時代の絵には暗さが残っている。少年漫画の絵柄と、自分の感性の間で揺れ動いていた時代です。

ターニングポイントとなった『I・餓男』

僕の絵柄、様式に至るものを発見して、今の劇画調になるのは、小池一夫先生と組んだ『I・餓男(アイウエオボーイ)』です。「週刊現代」、「劇画ゲンダイ」(以上、講談社)を経て、そして「GORO」(小学館)版と、掲載誌が変わるに従って劇画調になっていく。平井和正先生とご一緒した『スパイダーマン』のころは、ちばてつや先生の作品が好きで、その絵に学んでいましたが、自分の絵にもう一つ落ち着きがないと感じた。自分は「少年誌に向いていないんじゃないか」とも思いました。

I・餓男 1巻 作:小池一夫 画:池上遼一

僕は「いい男」をずっと描いてきましたが、それは『I・餓男』で小池先生に教えられたんです。時代は、高度経済成長に入りかけたころでした。ビジネスマンの中には、海外に行く人も多くいた。それを意識して、海外に出ても引けを取らない男。スタイルにしても、顔にしても、そういうものを描くように心がけていたんですよ。それに対する女性たちも綺麗に描くようにしていました。掲載誌が成人向けでしたから、男と女の絡みもありました。小池一夫先生の原作には、バイオレンスとエロス、エンターテインメントに徹した魅力がありました。

ほかの先生方もそうだけど、とにかく小池一夫先生はセリフがお上手。セリフへの思い入れが強くて、一字一句変えないように言われていました。「ターッ」のように、末尾に小さい「ッ」がつく言葉など、小池先生独特のルールがありましたよね。そういったセリフはもちろん効果音までも、小池先生の脚本に合わせて描き入れていました。例えば、キャラクターが目を見開く場面。小池先生の脚本に「クワーッ」と書かれているのを、当時はそのまま描き文字として背景に入れていた。今になって『クライングフリーマン』なんかを読み返すと、もうちょっとエフェクトとか演出でやっても良かったのかなと思います。

Crying(クライング)フリーマン 作:小池一夫 画:池上遼一

キャラクター作りの妙を見た『サンクチュアリ』

その点からいうと対極にあるのが、史村 翔先生と組んだ『サンクチュアリ』です。男と女の絡みというより、政治家を目指す男とヤクザの頂点を狙う二人の青年が主人公です。どちらが表(政界)、裏(裏社会)を担うのか、二人はジャンケンで決めています。その意表を突く発想に驚かされました。

男と女の絡みより、ストーリー性を優先して見せた『サンクチュアリ』は、今も多くの読者が手に取ってくれます。光と影の二人の主人公、民自党代議士の浅見千秋と、暴力団・北彰会会長の北条 彰。二人を取り巻く多士済々の人物群像――史村先生も稲垣先生と同じように、キャラクターを作る天才だと思います。

サンクチュアリ 原作:史村翔 作画:池上遼一

『トリリオンゲーム』で描く、現代の恰好いい男

先日新聞の広告を見て、赤木圭一郎(1939~61年)主演のアクション映画「拳銃無頼帖」シリーズのDVDを購入しました。ストーリーはともかく赤木が実に恰好いい。その昔、学校を休んでまで映画館に見に行った記憶が蘇りました。僕は赤木圭一郎の大ファンで、主演第一作の『抜き射ちの竜』が一番恰好いいし、特に表情がいい。彼が亡くなったとき、僕は大阪の看板屋にいましたが、泣いた覚えがあります。『抜き射ちの竜』の赤木は、何ともいえない微妙な表情をしている。ちょっと悲しげな雰囲気、それが彼の魅力といえるでしょうか。目と唇の動かし方が実にうまい。この辺りは、いま『トリリオンゲーム』を描いていて参考にしています。主人公の一人・ハルの顔です。

『トリリオンゲーム』を描く以前の僕のキャラクターといえば、眉間にシワがよって眉毛が強調されていました。それが稲垣先生のネーム原作を見て、ハの字型の眉を描けるようになりました。そうすると少し優しい顔になる。それに加えて、登場するキャラクターを全体に若返らせている。女性キャラの顔も少し丸く、幼くしています。でも、描いているうちに、気がつかないうちに長細くなる。下描きを終えて、そのときは満足するんですが、翌日見ると顔が長細くなっている。それで描き直したりして、結構時間がかかります。

稲垣先生のギャグが散りばめられた原作を、僕が描くということになれば恰好良さを残さなければなりません。意識的に恰好良さを残すのは、ややもすると荒唐無稽な話と受け取られかねないIT社会の物語に現実感を持たすため。ガクとか凜ちゃん(リンリン)のような若くて素直なキャラクターと、何枚舌も持つような海千山千の大人の双方を描かなくてはなりません。これまでにも『サンクチュアリ』などの作品で、権謀術数の世界を描いてきた僕ですから、編集部としては若い人には描きにくい大人の表情を描ける人間に、この物語を託したかったのかもしれない。そういう意味でも老獪(ろうかい)な人間たちの表情をきちんと描くことが、他の作品以上に重要だと思っています。

そして、大人は優しい顔をしていても、裏では違うことを考えている――そういった裏の顔を、ハルは若いながらに知っています。彼は大言壮語で嘘つきに見えますが、実際はそうじゃないんです。ハルは、大人のずるさを自分の身をもって体現しているようなキャラクター。謎を秘めたイリュージョニストで、そこら辺に僕たちは惹かれるんだと思います。

一方のガクといえば、僕は同窓会のエピソードが気に入っています。ガクは、高校の同窓会で意中の女性と再会し、彼女からベッドに誘われる。富だけではなく愛情をも手にしようとしますが、ガクは一目散に逃げ出しています。ワガママなハルと好対照で、生真面目なガク。稲垣先生のキャラクター作りの妙味を感じます。

これから描いてみたい作品

どこまで『トリリオンゲーム』を描けるか分からないですが、なんとか完結までやりたいです。自分の年齢を考えたとき、この作品は長期の連載としては最後になるかもしれないという思いもあります。

『トリリオンゲーム』が完結したら、僕の大阪時代、看板屋で漫画家を目指していたころの話を短編にしたいと思っています。同室の仲間に怒られないように、布団に隠れて漫画を描いていたころの話です。そのときの作品『罪の意識』が「月刊漫画ガロ」に載ったことで、水木しげる先生に呼ばれてアシスタントとして勤めるようになったのです。

「画狂老人」と号して長らく描き続けた葛飾北斎には、絵に対する探究心が人一倍あったんだと思います。尊敬するさいとう・たかを先生は、83歳という年齢になってからもなお、次の年にやりたいことを考えてお話してくださいました。僕も、まだまだ人の心を打つ絵を描き続けたいですね。

取材・文・写真=メモリーバンク *文中一部敬称略

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