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池上遼一スペシャルインタビュー
「つげ義春ワールドと水木プロ」
つげ義春先生と池上遼一先生は、20代の若かりし日に共に水木しげる先生の水木プロダクションでアシスタントとして在籍していました。
今回、つげ作品の電子書籍化を記念して、
つげ先生の作品作りや水木プロの当時の様子を池上先生に語っていただきました!!

――池上先生は、水木プロでつげ義春先生とご一緒にお仕事をされていましたが、当時の様子は、水木しげる作品の『昭和史』にも描かれていますね。
池上 水木先生は、よく観察しておられたんだなあと思いましたね。この本は水木先生の記憶で描かれているんですが、それぞれのキャラクターの性格がリアルに表現されている。僕自身、短気なのですが、そのあたりのこともうまく描かれています(笑)。
コマ絵01
© 水木プロダクション
貸本漫画衰退期に出会う、つげ義春先生と水木しげる先生。『昭和史』第7巻
――そもそも、池上先生が水木プロに入った経緯を教えてください。
池上 僕は大阪・難波の看板屋で働いていました。その時、『罪の意識』という作品を青林堂の「ガロ」に投稿したら「入選」。それを水木先生がご覧になって、「これは、即戦力になるんじゃないか」と思ったらしく、「作家になりたかったら手伝ってくれないか」と誘ってくれたんです。そして、青林堂の編集者に連れられて水木プロへ…。僕が22歳、水木先生が40代半ばの頃です。
――当時の水木プロには、どんなアシスタントさんがいたのでしょう。
池上 僕が水木プロに入った頃はスタッフが4人くらいいましたね。その内の1人は、僕より3歳年下だけど、3年前から水木プロにいた先輩。その他に2人、水木先生と同じくらいの齢か少し若いくらいの貸本漫画家の人たちがいた。ちょうど貸本漫画が衰退していた時期だったので、水木先生を頼って仕事を手伝っていたんですね。で、もう1人がつげ先生だったんですよ。
――つげ先生に初めてお会いしたときの印象はどうでしたか?
池上 水木プロにまさか、つげ先生がおられるとは思ってなかったですから。すごくびっくりしました。心の中でバンザイをしましたよ。神様に感謝しますという感じで(笑)。
中学生の頃から、つげ作品は読んで知っていましたから。僕は当時、貸本漫画の劇画工房の作品が好きでした。「影」とか「街」…その同じ短編集の「迷路」に、つげ先生が描いていたのを読んで、「いやーいいなー」と思っていましたね。少年漫画とは違う社会的なリアルなものをやっているな、という認識でした。大ファンだったんですよ。
コマ絵02
© 水木プロダクション
水木プロに入ったばかりの新人が、つげ先生に対し「つげチャン」と呼び、池上先生が激昂!『昭和史』第7巻
――つげ先生のお仕事を目の当たりにされて、感化されたり影響を受けたことはありますか?
池上 つげ先生は「ガロ」向けに自分の作品を描いていらっしゃいましたから、水木プロでの仕事は週3日間くらいでした。作家としての姿勢が凄いと思いましたね。常に創作の過程で、眼の下にクマができるくらいに悩むんですよね。わら半紙をジャンパーやジーンズのポケットに入れて、喫茶店に入る。そして、描いては消して、描いては消してを何度も繰り返すんですね。ネームをとる前に、まずシナリオ風に何回も時間をかけて書くんですよ。それで、『紅い花』なんかの場合はヒロインの女の子の名前である「キクチサヨコ」がなかなか思い浮かばなくて、水木プロに来てはうーんと唸ったり、ソファに寝っ転がったりして考えていましたけどね。20ページくらいの短い作品の構成を緻密に計算するんですよね。それをみていて、プロが作品を作るのは大変だなと思ってみていました。当時は『通夜』や『海辺の叙景』も描いていました。
――なるほど、構成が緻密なのですね。
池上 つげ先生が言いたいことは別にあるのでしょうけど、表面的には一般の読者にもわかりやすく、娯楽的要素でオブラートに包んで面白おかしく読ませる『李さん一家』にしても滑稽さを演出したりとか…。物語を作る天才ですから、テクニックが凄いと思うんですよね。こういうテーマだったら、こんな演出にしようとか、そのへんはすごく学ばせてもらった。僕自身は才能がないですから、つげ先生は凄いなと思うだけですけどね。
コマ絵03
© 水木プロダクション
ある日、つげ先生が「私は去って行きます」の書き置きを残して、水木プロから姿を消したのだが…。『昭和史』第7巻
――つげ作品の中で、最も好きな作品、印象的な作品を教えてください。
池上 水木プロを辞めて「ガロ」を読む機会がなくなり、一時期つげ先生の作品も読んでいない時期がありました。ところが、『ねじ式』をつげ先生が発表した時に、みんなが大騒ぎしているので読んだら、難解だけれども、やっぱり凄いものを描く人だなと思いました。
僕個人としては、「ガロ」で描かれたものも好きなんですけど、もっと正統なものが好きなんです。貸本時代の『一刀両断』とか、わかりやすく優しさに満ちているもの…『古本と少女』や『チーコ』とか、そういうものが、僕は本当は好きなんですよね。もう少し前のものだったら『お化け煙突』とか…。
――『お化け煙突』ですか…。哀しいお話ですね。
池上 救いがないんだけど(笑)、モノクロ時代のフランス映画の影響が出ているのかな…ジャン・ギャバンが出ている作品とか、あの当時は辰巳ヨシヒロ先生も、そういったフランス映画に影響されているんですよね。前にお会いしたときも言ってましたよ。ジャン・ギャバンの『ヘッドライト』がすごく好きだったとか。やはり、その時代に生まれた人にとっては、その時代に流行ったものに影響されるのだろうと思いますけどね。
つげ先生も水木先生の仕事を手伝っていく中で、水木先生の影響を受けていたんじゃないでしょうか。ユーモアとか。水木先生のニヒリズムというかシニカルな笑いといったものは影響を受けていた気がしますね。まあ、元々ユーモアのセンスがある方ですけど……。
――当時の水木先生と水木プロはどんな様子だったんですか?
池上 水木プロは昼の一時ごろから始まるんですよね。夜の12時頃か1時頃までやるんですよ。長時間やっていましたね。水木先生は僕が出社する前に、11時くらいに起きて自転車で散歩していました。必ず毎日調布の駅前にある本屋に立ち寄って、ぐるぐる近所を回って返ってくるんですね。つげ先生もよく自転車で散歩していましたね。あとで水木先生に訊いたら、駅前の本屋にあるトイレでウンコをしてくるんだ、と。本を見ていると便意を催してくると。ウンコをするために本屋にいくのが習慣だったらしい(笑)。
水木プロのアシスタント同士一緒に遊ぶということはなかったね。酒も飲まない。水木先生もつげ先生も飲まない。僕もあの時代には酒を飲む習慣がなかった。でも、結構楽しかったですね。水木先生の奥さんの妹さんやお兄さんの娘さんがいたりとか、僕が22、23歳の頃で齢も近かったしね。妹さんがコーヒーを煎れてくれたり、僕が運転を教えたり…。会計をやってらしたお兄さんの奥さんが小柄で美人でね…。だから、会社に色気がありましたよ。だから、男ばっかりというわけじゃないから、雰囲気が楽しいなーと感じていました。家族的な雰囲気で暖かかったです。
コマ絵04
© 水木プロダクション
『釣りキチ三平』でお馴染みの矢口高雄先生が水木しげる先生を訪れるのだが…。『昭和史』第7巻
――池上先生が水木プロを卒業することになった経緯は?
池上 水木プロでの2年半の間に、「ガロ」に何本か描かせてもらって、それが少年画報社の編集長の目に止まって、「何か一本描いてみないか」と誘われて、西部劇を1、2本描いたら、「辻真先先生と連載をやってみない?」と言われて、これで生活の保証が出来たということで、水木プロを辞めたんですよ。
――「ガロ」にはつげ先生と同時期に描かれていましたが、意識されましたか?
池上 いやいや、そんなものは全然ありません。創作としての意識は全くないですよ。つげ先生は大先輩だし、僕は僕の世界を描いているだけだから。ただ、同じ雑誌に掲載される事のみがよろこびでした。
――つげ先生に対してお一言いただけますか。
池上 なんか一本描いて欲しいですね。
――つげ作品の読者にお一言いただけますか。
池上 つげ先生の作品は「ガロ」に描き始めてからのものが世の中に評価されてきましたが、その前の貸本時代に描かれていた作品にも目を通していただきたいですね。暗さの中にも心暖まるというか、つげ先生の優しさに満ちた作品が読める、ということでね。僕はそちらもすすめたいですね。
つげ先生の作品はエンターテイメントだと思うんですよ。旅行ものとか、面白おかしく読ませますよね。でも、深読みができるじゃないですか。つげ先生の作品って。根底にあるつげ先生独特のニヒリズムが、分かる人にはわかるというか。わからない人でも何となく感じるというか。
中学生の頃から家の生活費のために、漫画を描いてきてここまで到達された人です。貸本時代の漫画まで読まないと、本当のつげ先生の魅力はわからないんじゃないですかね。ちょっと地味なんだけど、生活感のちょっとした喜びや哀しみを描いている。それを今読むと、ああ、いいなあ、優しいなあと噛みしめることが出来る作品なんですよね。それを読んで欲しいなと僕は思いますよ。



池上遼一
1944年、福井県生まれ。中学校を卒業後、大阪で看板屋をしながら漫画を描き、貸本漫画でデビュー。生活が続かず看板屋の仕事に戻る。「ガロ」へ作品を投稿し、出版元である青林堂の紹介により水木プロダクションでアシスタントとなる。その後、商業漫画誌でメジャーデビュー。代表作に『クライングフリーマン』(原作・小池一夫)、『サンクチュアリ』(原作・武論尊)等、多数。現在、「ビッグコミックスペリオール」に『BEGIN』(原作・史村翔)を連載中。

取材・文 ebookjapan編集部
(2016年11月 池上プロダクションにて)

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