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『蛍火艶夜』命より大事な誇りのために…特攻隊の男たちを描く切なくも艶やかなBL集

男性同士の恋愛を描いたジャンル、BL(ボーイズラブ)。そんなBLを好んで嗜む女性こと“腐女子”には、実はいくつかのタイプがあるのをご存知ですか?

「二人にはラブラブ幸せでいて欲しい! ハッピーエンドの話が好き!」という光&夜明けの腐女子。そして「シリアスで悲恋な話も好き! 幸せの形は人それぞれだよね…」という黄昏&闇の腐女子。タイプとしては、大きくこの二つに分類されるんです。

その中でも特に後者の間で話題となったのが、amase先生による「蛍火艶夜」です。

短編が複数収録された本オムニバス集。スポットが当たるのは、第二次世界大戦末期、国のために自らの命を賭ける特攻隊の男たちです。彼らの只ならぬ関係性、そして死を前にした葛藤や懊悩をとても艶やかに描写した、読後感たっぷりの一冊になっています。

蛍火艶夜 上巻
蛍火艶夜 amase

近づく特攻の日、彼らに芽生える愛と情欲の物語──『蛍火艶夜』あらすじ

別名義でメディア化作品も手がけるamase先生による『蛍火艶夜』。2023年8月に発売された上巻には、3人の特攻隊士にまつわるエピソードが収録されています。

若者が憧れる“かっこいい兵隊”の宣伝のため、特攻隊の写真撮影を行うカメラマン・淀野。

彼がよく好んで被写体としていたのは、目立ちたがりの人懐っこい青年・田中志津摩一飛曹でした。

愛嬌のある彼を人として好ましく思うと同時に、若く前途のある彼ら隊士が近く特攻へ向かう事実に、少しずつ淀野は神経を擦り減らしていきます。しかし、そんな彼に志津摩はある日、秘密を打ち明けるようにこう話しました。

「俺はもう征くと決めているから 早く会いたいんです 向こうで、あの人に」──

他方で多くの特攻隊士を擁する海軍航空隊兵舎にて。

月一で開催される男所帯の酒宴で、先輩たちに過去の性経験を強制的に晒し上げられイジられた整備兵・塚本太郎は、宴の後とある先輩隊士に呼び止められました。

彼の名は橋内和中尉。べらぼうに戦闘機の操縦が上手く、大勢の兵から尊敬と羨望を集めるベテラン搭乗員です。

塚本を呼び止めた橋内中尉は何かに少しだけ躊躇するような素振りを見せた後、それでも意を決して彼に尋ねました。「貴様、男は抱けるか!」と──

さらにそこから遡る事少し前。

太平洋戦争の真っ只中、隊を率いる人物の1人である八木正蔵中尉の厳しさは、若い兵士たちの中でも有名で、ひどく恐れられていました。

しかしそんなある日、日頃鬼のように厳しい彼がぼんやりと物思いに耽りながら煙草を吹かす所を、一人の若い隊士が目撃します。彼を八木中尉と認識せず、うっかり「空に何か見えるんですか?」と声をかけた兵士。それは、まだ青く幼さの抜けない田中志津摩二飛曹その人でした。

幸せだけじゃない…戦時中を生きた男たちの切なくも激しい恋模様が魅力

大勢の読者を魅了する本作の魅力は、やはり特攻隊という特殊な環境下で、それでも惹かれ合う男たちの切なくも艶やかな物語でしょう。

人間は死の恐怖を目前にした時、種の保存欲求である性欲が否応なしに高まるというのは有名な話。欲のままに、身体を交えただけのはずだった。そんな男たちの関係性が、短い時間の間で確かに移り変わっていく。平和で幸せに満ちた二人とは違う、はるかに濃厚で激情的なドラマがそこには存在するのです。

相手より、あるいは自分の命より優先すべき使命。彼らにとって、生き延びるということは幸せなことではありません。国のために死ねなかった屈辱と恥。例え何らかの形で命を拾っても、その先に待ち受けるのは後悔と苦しみだらけの生き地獄です。

特攻隊員として散るという誇りは、この時代の彼らが背負うしかなかったもの。しかしそれでもいざ死を前にすると足が竦むのは、人間であれば当然のことでしょう。

死にたくないという恐怖。遺される寂しさ。

そんな辛さを紛らわすことができたのは、自分ではない誰かの肌の温もりでした。

残りわずかとなる生の時間を過ごす、男たちの切なくもまっすぐな情愛の物語。

幸せだけでは終わらない、深みのあるヒューマンストーリーが見たい。そんなちょっぴり屈折した趣味嗜好をお持ちの腐女子、そしてマンガ好きにはぜひおすすめしたい一作です。

執筆:ネゴト / 曽我美なつめ

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