【書店員の推しマンガ】待望の電子書籍化。独特の空気感が漂う世界に読者を引き込む、高野文子『棒がいっぽん』
寡作ながら後進に多くの影響を与えた漫画家・高野文子の著書『棒がいっぽん』、そして『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』が、2023年6月に満を持して電子化されました。
高野文子の作品はいろんな意味で「余白」が多く、その作風は読み手の想像力を掻き立てます。30年近くに出版された作品ですが、今読んでも心が引き込まれること必至です。
ここでは『棒がいっぽん』に収録された作品の中から4作品を紹介し、高野文子作品の魅力を紐解いていきます。
独特な「時間」の表現に圧倒される
◆『美しき町』
一度目のお見合いで結婚したサナエさんと工場勤めのノブオさん。若い夫婦の日常が淡々と描かれています。恒例の日曜日の散歩や夫婦の会話ののんびりした様子から、職場の集会での活気や隣家の井出さんからのちょっとした嫌がらせで不穏な空気へ変化していくところに、読者としては少し落ち着かない気持ちになりますが、最後にまた夫婦二人の散歩のシーンを表すコマに戻り、作品は幕を閉じます。
交わす言葉は少なくても、お互いの味方であるのが伝わり、何てことない日常の続きをずっと先まで同じように想像できる二人の関係性に、なんだか救われたような気持ちにさせてくれます。
©高野文子/マガジンハウス 『棒がいっぽん』P44-45(美しき町)
◆『奥村さんのお茄子』
「一九九八年 六月六日 木曜日 お昼何めしあがりました?」と、唐突な質問から始まる不思議な作品。スーパーの店員に整形した宇宙人(?)の遠久田さんは、先輩の無実を証明するためにやってきました。奥村さんがその日に茄子を食べたことを裏付ける必要があり、当時の奥村さんの記憶やその周辺に存在していた人たちを追い始めます。
人間の記憶はあいまいで時間とともに薄れていきますが、切り取られたほんの一瞬も、忘れてしまっていても無かったことにはならないんですよね。
©高野文子/マガジンハウス 『棒がいっぽん』P180(奥村さんのお茄子)
また、遠久田さんの調査によって判明した当時の奥村さんの周囲で同時に起こっていた出来事も「お茄子」と地続きになっていて、それが視覚的に表現されていることに圧倒されます。
正直、何度読み返しても完全に理解するのは難しいのですが(そもそも作者は読者に理解してもらうとか想定していないのかもしれませんが)、未体験のマンガ表現を味わえること間違いなしです。
©高野文子/マガジンハウス 『棒がいっぽん』P188(奥村さんのお茄子)
身に覚えのある「不安」が呼び起こされる
◆『バスで四時に』
バスで知り合い(結婚が決まった相手?)の家に一人で行くことになったマキコさん。その道中の緊張感や気乗りしない心情がユーモアを交えて描かれた作品です。憂鬱な気分でもあくびをしたりくだらない想像をしたり、不安な時ってかえってその気持ちから逃げようといろんな想像や考えを巡らせたりしますよね。その気持ちの変化が事細やかに描かれていますが、どれ一つとして無駄ではなくスッと自分を重ね合わせて読むことができます。
現実のマキコさんと、マキコさんの頭の中を行ったり来たりするコマの使い方にも注目です。
©高野文子/マガジンハウス 『棒がいっぽん』P78-79(バスで四時に)
◆『私の知ってるあの子のこと』
主人公のピアーニは誰がどう見ても幸せな家庭で育った、ものわかりの良い典型的ないい子。一方、隣に住むジャーヌはわかりやすいほどの悪い子。挨拶はしないし暴力は振るう。でも母子家庭という境遇から周りの大人はジャーヌに同情し、子どもたちに彼女を許すように諭します。でも、ピアーニは傍若無人にふるまうジャーヌを少し羨ましく思っていて、
彼女は葛藤を抱えながらも母親に隠れて少しずつ「悪い子」のふるまいをするようになります。
子どもが成長するにつれて様々な情緒を獲得していき、自分の気持ちに折り合いをつけながら日々を過ごしていく、そんな複雑な子供心を巧みに表現した、短いながらも考えさせられるストーリーです。
©高野文子/マガジンハウス 『棒がいっぽん』P110(私の知ってるあの子のこと)
今とは時代背景も異なる独特の空気感が漂った作品たちですが、その独特の表現に心が揺さぶられ、読んだ後は不思議な余韻に浸れます。そして必ずまた読み返したいと思える1冊です。
文=宮川千明(ebookjapan)