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『わたしは家族がわからない』ホームドラマ的な家族が夫の失踪で崩れはじめる

幼い頃の思い出で、夢か現実かわからないけれどはっきり覚えている記憶がある人はいないだろうか。家族や当時を知る人に聞いても「知らない」と言われたり、そもそも聞けない内容だったりして。『わたしは家族がわからない』は、ちょっと怖いそんな記憶の話だ。

わたしは家族がわからない 著者:やまもとりえ

この話は三章に分かれていて、最初の章は妻・美咲の視点。

役所勤めの夫・誠と、娘・ひまりと三人暮らしの美咲。彼女には口癖があった。パート先で、近所の旦那さんが浮気したという話を聞いて、こう言う彼女。

だが最近、夫の様子がなんだかおかしい。美咲が帰宅したのにしばらく気づかずボーっとしている。

ある夜、夫がなかなか帰ってこない。メールの返信も送ってこない彼をちょっと心配しつつ、美咲は寝る。

翌日になっても帰らず、連絡も来ない。悶々とする美咲は思い切って夫の職場に連絡をする。すると、彼は一週間の休暇を取っていた…。彼はいったいどこへ?

そして、娘・ひまりの視点に移る二章。中学生になった彼女は、友達から親が大ゲンカしているという話を聞くと、「うちは平和でよかった」と思っている。まるでホームドラマのようにほのぼのした日々。でも、よくわからない記憶がある。

それは幼い頃、父親が数日家に戻らなかったというものだ。

でも、父は無事に帰ってきて家族で食卓を囲んだ思い出がある。それからどうなったんだっけ。彼女は思い出せない。

友達から「ひまりのお父さんを遠い駅で見た」と何度も言われ、ノリでその駅に行って父がいるかどうか見に行くひまり。そこで彼女は「普通で優しい父」の見てはいけないものを見てしまう…。

美咲とひまり、そして誠。それぞれの「優しさ」の死角

よく、女性は理想の男性像で「普通」とか「優しい人がいい」と言うけれど、そこには見えていないものがある。

美咲は「普通が一番」を求め続けた末、夫が帰らなかった一週間のことを忘れようとするし、娘にも深く追及させないようにする。突然失踪した夫が何を考え、どこに行っていたのかをまったく聞こうとしないで、「帰ってきたから良かった」と笑顔で終わらせようとする。

娘も父親のことを「優しくて普通」としかとらえない。平和すぎて「うちの家族つまらん」と思っていたりもする。そして、父親の目撃情報を聞いて、遠くの駅まで見に行くのは、父親が心配なわけではなく、父の秘密を知りたいという興味本位と、秘密をネタに服をねだりたいだけだったのだ。

問題の夫であり父親の誠について。彼は「優しい人」だった。ゆえに、彼は感情を強く動かされるのに弱かった。感情が一度揺さぶられると、自分の家族や常識をそっちのけで遠くに行ってしまうことも簡単にできてしまうほど弱い人間だった。いや、生身の自分が理解されていないことが寂しかったのかもしれない。

彼がなぜ美咲と結婚したのか、そして一週間彼がいなくなった理由とそこがつながるシーンは、そうくるのか…! と圧巻だ。

ホームドラマのテンプレのような家族なんて、きっとどこにもないのだ。あるとしたら、この三人みたいに演じているだけなのだろう。

執筆: ネゴト / 大槻由実子

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