『住みにごり』おもしろさの幅ってこんなにも広かったのか
『住みにごり』のおもしろさに著名人たちが声を上げている。
たしかにちょっとびっくりするくらいおもしろい、でもそれを人に伝えるのは骨の折れる作業である。本作をおもしろいというときには、ひじょうに広く豊かな含みがあるからだ。
ずっと不穏な空気が流れ、恐ろしい場面を予感させるのにしっかり笑えてけっこうエロい。読者の想定をどんどん超えてゆく展開、たまにやさしい気持ちにもなる……統一感のないことを言っているが全部ほんとうだ、いろんなおもしろさが見事に共存しているのである。
家族の「にごり」はどこにある?
29歳の主人公・末吉は、長めの休みをとって実家に戻る。実家に住んでいるのは、父と母と35歳無職の兄。同居ではないが近所に姉もいる。
『住みにごり』©たかたけし/小学館 第1巻 第1話より
読みはじめてからしばらくは挙動不審の兄に焦点があたる。多くの読者が、この兄がいわば家族の「にごり」であり、何かをしでかしそうだと感じながら見守っていくだろう。
『住みにごり』©たかたけし/小学館 第1巻 第3話より
しかし読み進めるとしだいに印象は変わり、あれ、父? いや母もか? と「にごり」の所在があいまいに。そして第3巻で話はまったく予想とちがう方向へ転じていく。その頃には、読者はたかたけしワールドにすっかりのめり込んでいる……そういう漫画だ。
笑いとエロス、やさしさに乗せられて
表紙の印象から、人間の狂気や心の闇を描くいわゆるサイコホラー系の漫画かなと読みはじめると、意外にもギャグの割合が多いことに驚く。絵的な笑いから細やかなニュアンスのおかしみまで各所に散りばめられていて、読む人が読めばギャグ漫画に分類するだろう。
『住みにごり』©たかたけし/小学館 第1巻 第3話より
また作中には露骨な性描写があり、性に関することがひとつの重要なテーマにもなっている。エロシーンはとくに丁寧に描かれているように感じられ、表情も身体の線もひじょうに美しく見入ってしまう。これはひとつの作家性として特筆すべきだと思う。
そして、わたしはこの作品全体からどこかやさしさを受け取るのである。登場人物は多かれ少なかれ全員が世間とのズレやゆがみを抱えているが、そのゆがみが形成された背景や素直な感情表現を描くことで「理解不能のサイコパス」であることから解き放っていく。
『住みにごり』©たかたけし/小学館 第2巻 第16話より
そこに作者の、ふだん交わることのない、現実では許容できない人への視点とか、いつ自分が同じ立場になってもおかしくないという想像力が感じられる。だから狂気や闇というよりも、人間そのものを見せられているように思えるのかもしれない。
人間の複雑さを幅広いおもしろさで
わたしが本作を知ったのは、押見修造先生へのインタビュー時に「最近読んでいる漫画」としてタイトルが挙がったからであった。目をそらしたくなるような人間の痛さや苦しみを描き続ける押見先生が「僕の漫画と読者層がかぶっているかも」と話すのも納得する、これは家族を通して人間の複雑なあり方を描く漫画だ。
『住みにごり』©たかたけし/小学館 第2巻 第15話より
それにしても『住みにごり』ってなんていいタイトルなのだろうか、読み進めるほどに痛感する。この先も家族の、そして人間の「清濁(すみにごり)」が、作者のもつ幅の広いおもしろさで描かれていくのを見つづけたい。