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『僕の心のヤバイやつ』は“都合のいい”ラブコメか?人の魅力は「コミュ力」の先へ

僕の心のヤバイやつ』(通称「僕ヤバ」)は、陰キャ少年・市川と陽キャ美少女・山田の恋のゆくえを描いたラブコメディ。各アワードで毎年ランクインし続け、昨年は「みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞 2021」で大賞を獲るなど多くの読者に支持されています。

一見すると王道ラブコメである本作、たしかにふたりの急接近をニヤつきながら見守り、もどかしさに悶える楽しみもありますが、読んでいてふと目に留まるのは主人公・市川の在り方。読者が夢中になる理由はそこにある気がしてならないのです。

市川と山田が惹かれ合うのは“都合がいい”?

市川京太郎は、教室でひとりグロ小説を読んでは妄想に勤しむ内向的な少年。一方、同じクラスの山田杏奈はいつも友達に囲まれ、モデル活動をするはつらつとした少女です。

市川が山田に抱く自らの恋心に気づき、自分と比較して劣等感を抱いたり「それでも」と勇気を出したりしながら、ゆっくりと、時に急激に山田との仲を深めていくさまが細やかに描かれていきます。

ふたりの恋を微笑ましく思う読者が多い一方で、ときに「気持ち悪い陰キャが美少女に好かれるわけがない」といった指摘を目にすることがあります。フィクションだからと片付けることもできますが、はたしてこのふたりは“都合よく”恋に落ちたのでしょうか。

読むほど沁み入る、市川の思慮深さと行動力

本作は主に市川のモノローグ(心の声)によって進行します。丁寧につづられるモノローグを追っていくと、市川がどんなときも周りをよく見聞きし、考えを巡らせている人物であることがわかるはず。彼の強すぎる自意識がそうさせている節もあり空回りも多いとはいえ、市川はとても視野が広く思慮深い人です。

中学生男子らしい性欲はもっているが、それを直接女性にぶつけるのは野暮だと思う市川。

山田をしつこく口説く南条先輩(ナンパイ)は苦手でも、彼に悲しい顔をさせるのはいやな市川。

ノリを合わせるコミュニケーションは得意じゃないけれど、市川はやさしさと自分なりの美学をもって人と接することができるのです。さらに、彼が実のところすさまじい行動力の持ち主だという点も見逃せません。

ほとんど話したことのない山田に自ら話しかけ、カッターを貸してあげる市川。

ナンパイに絡まれる山田を救うため衝撃行動をとる市川(何をしたかはぜひ本編で)。

この思慮深さと行動力は、ちょっと人並み外れたレベルとも言える気がします。市川と同じ状況で同じように考えて動けるか?と問われたら私はまったく自信がありません。

誰よりも大人な山田は知っている

山田は、日常生活ではあどけなさを保ちながらも、モデルの仕事では大人と同等にプロとして扱われていることもあり、さりげなく洞察力のある人物として描かれています。

周囲の女の子をゲーム的に「オトす」ことのできるナンパイの誘いには、山田は一度も乗りません。むしろ場の空気をうまく乗りこなすような、いわゆる「コミュ力」が隠し持っている暴力性や支配性を直感的に避けているようにも見えます。

そういう「コミュ力」を持ち合わせず、パッと見さえない男である市川の大きな思いやりを、人よりちょっと成熟した山田はちゃんと知っているのです。

恋をして大人に近づく市川の成長物語

本作では早い段階から市川と山田が「いい感じ」になり、そこからずっと「なんで付き合ってないの!?」みたいな状況が続いています(第6巻時点)。それはこのマンガが恋の駆け引きよりも、市川の人間的成長に軸を置いているからです。

市川はその思慮深さゆえに自分を卑下し、肯定しきれない弱さを抱えています。しかし自分より先を行く山田を見て少しずつ変化している。卑屈にならずに相手を尊敬し、自分を変えていく柔軟性と勇気を手に入れつつあるのです。そこを突破したとき、ふたりの恋も次のフェーズへ動くかもしれません。

『僕の心のヤバイやつ』を男にとって“都合のいい”ラブコメと判断するのは早計です。市川の「コミュ力」を凌駕する魅力を知り、さらに成長していく彼を見届けるおもしろさこそ、実はこのマンガの最も「ヤバイ」ところなのではないでしょうか。

執筆: ネゴト / サトーカンナ

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