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桜の花は恋の色? それとも恐怖の色!? 満開の桜の下で読みたいマンガ特集

桜は、日本の春を象徴する花です。一斉に花開いて、灰色の冬景色を華やかな薄紅色に塗り替えてくれます。

桜の花言葉には、「精神の美」「優美な女性」「私をわすれないで」など、地域によってさまざまなものがあります。同じ桜の花でも、咲く状況によって人の感じ方は変わるもの。桜がもたらすイメージは、詩歌や演劇、文学、マンガなどで印象的な場面を演出してきました。

桜はキレイ、はかない、それとも恐ろしい……!? あなたの目に、桜はどんな色に写りますか? 満開の桜の下で読みたくなる、薄紅色のマンガを紹介します。

いつまでも忘れたくない桜色の恋

吉田秋生の『櫻の園』は、桜にまつわる4つの短編から成る連作集。名門女子高・桜華学園の演劇部では、学校名にちなんでチェーホフの戯曲『櫻の園』を、春の創立祭に上演するのが習わしです。桜の花をめぐって、演劇部に所属する4人の少女たちの思いが交錯します。

櫻の園 著者:吉田秋生

演劇部員のアツコは、チェーホフの『櫻の園』で主人公の娘・アーニャを演じることになりました。アツコは、近くの男子校に通うシンちゃんと付き合っています。芝居の苦労を彼に語りますが、シンちゃんはなんだか上の空……。年ごろの男子の頭にあるのは、まったく別のコトなのです。

桜のつぼみもまだ固い3月上旬――。交際を始めて1年が経ったのを機に、アツコはシンちゃんから「関係の進展」を迫られます。シンちゃんのことは好きだけど、今のままではいられないのか――アツコは戸惑いを覚えてしまいます。

ある晩のこと――。アツコは、自室で明かりもつけずにたたずむ姉の姿を目撃します。アツコの姉は、恋人との結婚を間近に控えていますが、初めて付き合った彼氏と10年ぶりに再会したというのです。姉は、自らの高校時代を回想。陸上部で走る彼を、フェンス越しに見つめた記憶をたどって、「あんな幸福なことってなかった」とアツコに語ります。そして、「初めての男なのよ 忘れられるわけがないわ」と涙を流すのです。

それを聞いたアツコは、シンちゃんと新たなステップを踏み出す決意をします。「今から10年あと きっとあたしも思いだす 今夜のこと」。いつか一緒にいられなくなっても、桜の季節が来るたび大切な人を思い出すはずです。アツコは、少女時代にそっと別れを告げました――。

吉田秋生の『櫻の園』には、あらすじを紹介した「花冷え」のほかに、「花紅」「花酔い」「花嵐」の3編が収められています。いずれも、薄紅色に彩られた珠玉の青春物語。ぜひ一読をオススメします!

妖しく美しい、坂口安吾の傑作をマンガ化

坂口安吾は、近現代の日本文学を代表する小説家の一人。太宰治らとともに「無頼派」と呼ばれ、日本人の本質に迫る作風で知られています。『桜の森の満開の下』は、坂口安吾の代表作と言われる短編小説で、近藤ようこがマンガ化を手掛けています。

近藤ようことしては、『夜長姫と耳男』に続く坂口原作への挑戦。原稿用紙いっぱいに桜吹雪を散らせて、原作がもつミステリアスな魅力を余すところなく引き出しています。

桜の森の満開の下 マンガ:近藤ようこ 原作:坂口安吾

今は昔、鈴鹿峠に一人の山賊がおりました。通りかかった旅人を身ぐるみ剥がし、連れの女を奪っては女房としていました。しかし、鈴鹿峠で山賊より恐ろしいのが、桜の森。山賊は桜の森に迷い込み、薄紅色の静寂に包まれたことで言葉にならぬ恐怖を味わいます。

ある日、桜のように美しい女に出会った山賊は、その亭主を殺して八人目の女房として連れ帰りました。しかし女は大変なわがまま者で、男にほかの女房たちを殺させてしまいます。そして、都から財宝を盗んでくるよう男にせびり、徐々に要求をエスカレートさせていきます。やがて、男に高貴な都人(みやこびと)の生首を集めさせて「首遊び」を楽しむようになるのです――。

『桜の森の満開の下』は、日本文学史に残る傑作として名高い作品ですが、同時に難解さでも知られています。近藤ようこは、本書のあとがきで「この小説の内容が私にはサッパリわからないのだ」と著しています。「しかたないので、わからないことに正直なまま、安吾が書いている通りに描いた」というのです。

作画の苦心が伝わるコメントですが、近藤ようこの筆致はあくまで自由。マンガはモノトーンの原稿であるにもかかわらず、そこには薄紅色の世界が「シン……」と広がるのを感じます。

残酷さを秘めた作品ではありますが、読む者の心に響くのはなぜなのか――それは桜の森の静けさが、日本人の心の原風景だからかもしれません。

桜が咲くたび考えたい平和の意味

昭和20(1945)年8月6日午前8時15分。人類史上初めての原子爆弾が、広島に投下されました。一瞬にして広島の市街地は破壊され、多くの人命が失われています。

戦争が終結して今年(2024年現在)で79年が経とうとしていますが、いまも終わることのない苦しみを抱える人がいます。『夕凪の街 桜の国』は、第9回手塚治虫文化賞新生賞、第8回文化庁メディア芸術祭大賞を受賞した名作。広島県出身のマンガ家・こうの史代の短編集で、原爆によって人生を大きく変えられた女性を描いています。

夕凪の街 桜の国 著者:こうの史代

小学5年生の石川七波は、桜並木の美しい街に住んでいます。野球好きの元気な少女ですが、家に帰っても彼女の帰りを待つ者はありません。祖母は入院中の弟の見舞い、父親は会社で仕事。母親は38歳の若さで、この世を去っています。

ある日、七波は親友の利根東子(とねとうこ)と連れ立って、病院の弟を見舞います。弟の凪生(なぎお)は喘息もち。七波は、桜を見られない凪生のため、集めてきた花びらを病室いっぱいに散らせます。七波と凪生、東子の3人は束の間の春を楽しみました。しかし同じ年の夏、七波と凪生を母親代わりに育ててくれた祖母が亡くなってしまいます。七波は桜の街から引っ越すと、そこで過ごした思い出を胸の奥に封じこめるのでした。

それから年月が経ち、七波は28歳になりました。父の旭が、多額の電話代を使っていることを不審に思った彼女は、外出する彼の後を追います。偶然にも幼なじみの東子に再会した七波は、彼女とともに父を追って夜行バスに乗車。行き着いた広島で、縁者の多くが被爆していることを認識させられるのです。

七波の弟・凪生と東子は思いを寄せ合っていますが、凪生が被爆二世であることを理由に、東子の両親から結婚を反対されていました。60年近い時を経ても、人々の心を苦しめる原爆の影。しかし得体の知れぬ不安に揺れながらも、若者たちは未来に向けて歩み始めます。原因も判然とせぬまま、母と祖母を相次いで失ったことで、思い出と向き合うことを避けてきた七波。しかし広島に行ったことをきっかけに、少しずつ家族の記憶に思いを寄せるようになります――。

『夕凪の街 桜の国』は、『夕凪の街』『桜の国』の二編から成る連作集で、ストーリーは3世代に渡る家族の物語として繋がっています。ここで紹介した『桜の国』は、被爆二世の女性・七波の視点で「戦争とは何だったのか」を問う作品です。難しい題材ではありますが、永く読み継ぎたい1冊です。桜の季節が訪れるたび、そっとページをめくって思いを寄せてみてください。

目指せ東大! サクラサク日を夢見て

大学入試の合格発表でよく聞く「サクラサク」という言葉の由来をご存じでしょうか。昭和の中頃、学校構内の掲示板を見られない遠隔地の受験生は、合格電報という手段で合否を確認するのが一般的でした。電報の代表的な文面が「サクラサク」だったと言われています(諸説あり)。

今日もなお、満開の桜の花は合格祈願のシンボルです。目指せ東大! 受験マンガの金字塔『ドラゴン桜』には、勉強に挑む高校生の心の拠り所として桜の木が登場します。

ドラゴン桜 著者:三田紀房

桜木建二は、元暴走族という異色の経歴をもつ弁護士です。少子化の影響で経営破綻状態となった学校法人 龍山学園を担当することになった桜木は、学園を超進学校に変身させることで再建を図ると債権者たちに誓います。その目標は、「五年後 東大合格者を百人」出すという破天荒なものでした。

しかし、龍山学園は落ちこぼれ高校。桜木は特別進学クラスを設けて3年生を集めますが、教師たちの不安は募るばかり。桜木は周囲の困惑を差し置いて、1本の桜の苗木を学園に植えています。そして、学園の名前から「龍」の字を充てて「ドラゴン桜」と名づけました。ドラゴン桜は、合格祈願の象徴なのです。

桜木は特別進学クラスを開講し、自ら担当教員となります。最初に集まった生徒はたった二人。水商売の母を持つ水野直美と、大手製薬会社の御曹司で家族と確執を抱える矢島勇介で、いずれも将来を諦めかけていた者たちでした。

桜木が、特別進学クラスの生徒たちに目標として掲げたのは、東大の理科一類。「人生に比べりゃ 東大なんて簡単だ!!」と言い放ちます。長い人生における苦労を考えれば、受験は自己実現の機会として果敢に挑むべきだというのです。

桜木の言葉は型破りではありますが、教え子を大いに励まし、そして私たち読者の心を揺さぶります。受験に限らず、頑張っている人すべてに贈るエールとして、オススメしたい作品です。

恋のつぼみは花開く!? どこまでもピュアな青春物語

春は、出会いと別れの季節。卒業や引っ越しなどで、淋しい思いをしている人もいるかもしれません。しかし環境の変化は、新たな人との出会いをもたらします。

出会いの季節に読みたい、胸キュンの恋愛マンガを紹介します。『サクラ、サク。』は、人気恋愛マンガ「アオハライド」の咲坂伊緒による作品です。少女マンガ王道の「学園もの」で、主人公二人のラブストーリーは、満開の桜に包まれた入学式から幕を開けます。

サクラ、サク。 著者:咲坂伊緒

ある日、満員電車で貧血を起こした藤ヶ谷咲(ふじがやさく)。目を覚ますと、そこは駅の救護室でした。咲はカバンを車内に忘れていましたが、電車をわざわざ折り返して駅に届け出てくれた人がいました。

見知らぬ人の優しさに触れた咲は、自分も同じように人に親切にしようと決意します。咲の人生をポジティブに変えた恩人の名は「桜 亮介」。駅員が控えていた名前と電話番号のメモ書きを頼りに、咲はお礼の電話を掛けます。しかし電話が繋がることはありませんでした。

高校に進学した咲は、入学式で運命の出会いを果たします。同じクラスになった桜 陽希(さくらはるき)には、「亮介」という名の兄がいるというのです。メモに書かれた名前と同姓同名であることから、咲は陽希の兄「亮介」こそが探していた恩人だと思い込みます。そして、思いのたけをつづった手紙を陽希に渡し、お兄さんに渡して欲しいと頼むのです。

咲の唐突な相談にたじろいだ陽希ですが、彼女の熱意に負けて兄に会えるよう仲介します。しかし、やっと会うことができた「亮介」は、咲にカバンを届けた覚えはないというのです。一体だれが咲にカバンを届けたのでしょうか――。

咲坂伊緒の『サクラ、サク。』は、「勘違い」から起こる男女の恋愛模様やさまざまな騒動を描いています。1枚のメモをきっかけに急接近した咲と陽希。しかし、さまざまな誤解の連続で二人の思いはすれ違います。さらに、学園の友人たちとの出会いを通して、ドラマは思わぬ展開に――果たして、咲と陽希の「サクラ、サク」日は来るのでしょうか。

マンガを読んで春を謳歌しよう

ここで紹介した作品では、いずれも桜がストーリーの「鍵」を握っています。桜を少女の成長に重ねた作品、妖艶な花の美しさに死を連想した作品、毎年忘れずに咲く花に平和の祈りを込めた作品、合格への願いを桜の木に象徴した作品、桜のように甘酸っぱい恋愛テーマの作品など……。同じ桜がテーマでも、さまざまなドラマがあることが分かります。

日本人は古来、つぼみから三分咲、満開、そして美しく散って葉桜になる桜を見て、人の生きざまにイメージを重ねてきました。桜は、人生を彩るドラマそのもの。あなたの心に響く、お気に入りの桜マンガを見つけて、春の息吹を感じてみてはいかがでしょうか。

執筆:メモリーバンク / 柿原麻美

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