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【漫画家のまんなか。vol.5 水野英子】タブーもジェンダーバイアスも、漫画には必要ない

トップランナーのルーツと今に迫る「漫画家のまんなか。」シリーズ。

今回は、漫画史において数々のタブーを打ち破り続けて来た、水野英子先生にお話をうかがいます。

手塚治虫先生に憧れて漫画家を志し、手塚治虫先生に見出されて漫画家になり、「女手塚」と称されるまでになった水野先生。

女性であるがゆえの苦悩、トキワ荘での日々、作品に込めた想い、そしてこれからの漫画業界へのメッセージまで、たっぷりお話しいただきました。

▼水野英子
1939年、山口県下関市出身。投稿作品が手塚治虫氏の目にとまり、1955年に15歳でデビュー。伝説の漫画家が数多く暮らした「トキワ荘」メンバーの紅一点としても知られる。代表作は『星のたてごと』『白いトロイカ』など。
漫画界にさまざまな新風を吹き込んだパイオニアである。
1970年に小学館漫画賞、2010年日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞を受賞した『ファイヤー!』は2023年1月、23年ぶりに復刊。同書の表紙を書き下ろすなど、現在も創作活動をおこなっている。

答えを見つけた、手塚先生の描く世界

私は子どものころから本がすごく好きで、学校の図書室にあるものは低学年のうちに読破してしまいました。映画好きな兄に連れられて、西部劇やターザン映画などの洋画を観に行っていた影響もあって、とくに好きだったのは外国の小説や児童文学全集でしたね。ちょっと大人ぶりたいというか、いつも少し背伸びをしている子だった気がします。自分で絵を描いたり、物語をつくったりもしていました。

そんな私が初めて出会った漫画が、9歳のときに読んだ手塚治虫先生の『漫画大學』です。楽しく読みながら漫画の描き方を学べる作品なのですが、例として西部劇や童話、SFなどの短編漫画もいくつか掲載されていました。

『漫画大學』には、まだ世の中に浸透していない概念が飛び出すなど、私が今まで、読んだことも聞いたこともない世界が広がっていました。たくさんの本を読んできたはずなのに、どの本にも載っていなかったこと、知らないことばかりで衝撃を受けたのを覚えています。

手塚先生の作品はすべて好きですが、あえて挙げるなら最初に読んだ『漫画大學』と『メトロポリス』、『ジャングル大帝』です。
『ジャングル大帝』のラストシーンでは、人目もはばからず泣いてしまったくらい感動しました。

漫画大学 著者:手塚 治虫
メトロポリス 著者:手塚 治虫
ジャングル大帝 著者:手塚 治虫

手塚先生の漫画はどれも一筋縄ではないかない複雑なストーリーで、SF漫画では後世に警鐘を鳴らすようなメッセージを強く感じました。当時、子ども向けの読み物にそこまで深い内容を描く人はいなかったと思います。衝撃を受けるとともに、手塚先生の描く世界に強く惹かれました。

自分がいつも漠然と考えたり感じたりしていたことの答えが、この中にあると感じたんです。自分も手塚先生のように、メッセージを伝える力を持った漫画家になりたいと決意しました。

焼け野原と「女のくせに」から抜け出したかった

小学校5〜6年生くらいには本格的にペンで描く練習をはじめましたが、使いこなせるようになるまでには2年くらいかかりましたね。中学生になってから当時唯一、新人漫画家を募集していた「漫画少年」という雑誌に応募しました。

そこで審査をしていた手塚先生と、「少女クラブ」誌編集者の丸山昭さんが私の作品を目にとめてくださって、15歳でデビューできたんです。初めて掲載されたのは、目次と奥付ページのカットと1コマ漫画でした。

デビューしたのは中学校を卒業して工場への就職が決まった後だったので、昼は工場で働き、夜は漫画を描く生活が3年ほど続きました。若かったからできたことだけど、若くても大変でしたよ(笑)。

まわりの人たちには、私が漫画を描いていることは言いませんでした。漫画は悪書だと言われて、没収されるような時代ですからね。手塚先生がどれだけ素晴らしいか話しても「変わり者だね」と言われていました。

漫画に関係なく、ちょっと意見を言えば「女のくせに生意気だ」とか「女がそんなことをするな」なんて言葉が返ってくるんです。今だったら問題になりそうな発言ですよね。好きなものを好きと胸を張って言えないし、自由に意見も言えないのが当たり前でした。そのうえ戦後からの復興もまだまだで、焼け野原がそこかしこにあって、そういう目の前の環境から早く抜け出したい思いが強かったです。

だからこそ自分ひとりの力で、自分が理想とする世界を描ける漫画に惹かれたんだと思います。今ではなく、もっとその先にあるスケールの大きい物語を描きたかったんです。そんな思いを胸に秘めながら、ずっと黙ってひとりで描いて、黙ってひとりで上京しました。

笑い、描き、学んだトキワ荘での日々

上京したきっかけは、編集者の丸山さんの提案です。当時私は18歳で、石森(石ノ森)章太郎さんと赤塚不二夫さんと一緒に「U・マイア」名義で合作の1作目の漫画を発表したばかりでした。

でも下関と東京での遠距離では、原稿のやり取りがすごく大変で。2作目も決まっていたんですが、大丈夫かなと思っていたところに丸山さんから「トキワ荘の石森さんの真ん前の部屋が空いたから、ゲットしておいたぞ」と連絡があったんです。

先ほどもお話ししたように、地元では漫画のことを話せる人もまわりにいない環境でしたから、トキワ荘は私とって天国のような場所でした。漫画を好きなときに好きなだけ描けて、漫画を読むのも描くのも好きな人しかいない環境が、すごく嬉しかったです。

トキワ荘の住人同士はライバルで、切磋琢磨していたなんてイメージを持っている方も多いですが、みんな対等な仲間でした。女の子扱いをされないのも、私にはすごく心地よかったです。性別も先輩・後輩も関係なく、朝でも夜でも一日中、それぞれの部屋を訪ね合っては漫画の話ばかりしていましたね。

U・マイアとしての活動も、とても楽しかったです。統一感を出せるようにそれぞれがお互いの絵に近づけて描いていくのですが、3人の絵がミックスされると想像もできない絵になるんですよ。それが面白くて、夢中になって描きました。意見を出し合って、工夫したり検討したりしながら描くから、時間がすごくかかってしまって締切に間に合わなくなることもありましたよ(笑)。

連載の話が出るほど人気もありましたが、3作品を発表したあたりで、それぞれが忙しくなって解散になりました。短い期間でも石森さんの描き方を間近で見られたことは価値のある経験でしたし、学びは大きかったですね。

とくに石森さんのコマ割りがすごく斬新で大胆で、私だけではなくみんな影響を受けていました。斜めに配置したり、縦一面に取ったり、それまで誰もやらなかったようなことをして、今の漫画のコマ割りの基礎をつくった方です。私には思いつかないことをバンバンやっていて「こんなこともできるんだ」と衝撃を受けました。

自由で対等。ラブロマンスに込めたジェンダー・メッセージ

幼いころから触れていた外国の物語や映画では、美しいラブロマンスを中心にストーリーが展開されていました。女性と男性が対等な地位にいて、話し合ったり認め合ったりする関係性を羨ましく思っていました。

でも当時の日本はお見合いで結婚相手を決めるのが当たり前で、男女が一緒に遊ぶことすらない時代です。雑誌で恋愛を描くなんてとんでもないタブーでした。男性も女性も、お互いに興味を持っているはずなのに、なんだか不自然だしおかしいですよね。

私はそのタブーを破りたくて、『星のたてごと』『白いトロイカ』などの初期作品から、ラブロマンスを中心に、男性も女性も同じように活躍するものを描いてきました。私の漫画では女性が馬に乗って銃を打ったり、男性が頭に花をつけたりしています。女だからこれはダメ、男ならこうであるべきなんてことはなく、お互いに対等だからこそラブロマンスは成立すると思っています。

当時の少女向け漫画は、いじめられても健気に頑張る女の子が主人公の作品が多かったのですが、私はもっと強い意志を持って、自由を求めて人生を切り拓いていく力を持った主人公を描きたかったんです。自分自身の生き方や考え方をキャラクターに投影させていたんだと思います。私もよく、強情だと言われていましたから(笑)。

『シートン動物記』や『白い牙(ホワイト・ファング)』などの小説も好きだったので、野生動物のような自由な在り方、誰にも縛られない生き方に憧れを抱いていたんです。

激動期のアメリカをロックに描いた衝撃の名作『ファイヤー!』

今年復刊した『ファイヤー!』も、自由の追求がテーマのひとつになっています。主人公のモデルはウォーカー・ブラザーズというロックバンドのボーカルのスコット・ウォーカーで、物語の舞台は60年代末のアメリカです。

当時のアメリカはヒッピーカルチャーの全盛期で、ベトナム戦争への反抗心や人種問題など、まさに激動期でした。自由を求めて世界を変えようと突き進む若者たちに強く惹かれて、「あの凄まじいパワーはどこからくるんだろう」とすごく興味が沸いたんです。

ファイヤー! 著者:水野英子

現地の若者を見なくては『ファイヤー!』は描けないと思ったので、実際にアメリカにも行きました。そこで若者たちが実際に抱えている問題、聴いている音楽を肌で感じられたのは、とても貴重な経験でしたね。

連載開始後、男性から「女にロックなんてわかるわけがないと思っていたけれど、読み始めたら止まらなくなった」とファンレターをもらったこともありました。アメリカでの経験があったからこそ、ロックを通して真実と自由を追い求める姿にリアリティを出せたと思っています。

音が出せない漫画で、ロックの強烈なリズムや複雑なメッセージ性を伝えるのは難しい面もありましたが、ペンをグッと押し付けたり引いたりして太い線と細い線の組み合わせで音を表現しました。線の強弱や、絵の表現から、曲の流れや音の抑揚を感じてもらえたら嬉しいですね。

漫画はもっと、自由になれる

最近の漫画はあまり読めていないのですが、今も昔も変わっていなくて残念に思っているのは、少女漫画と少年漫画に分かれているところですね。私は、内容で性別を分ける必要はないと思っています。

女の子が冒険やアクション漫画に憧れてもいいし、男の子が切ない恋物語に涙を流してもいいんです。

漫画は好きなものを好きでいられる、好きに表現できる世界であってほしいと願っています。いつか男女で分けることがなくなって、もっと漫画が自由になってくれたら嬉しいです。

水野英子の「まんなか本」

当ページ内のすべての写真と文の転載はお断りいたします。

取材・文: ネゴト / 成澤綾子
撮影: サトー・トモロー

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