【漫画家のまんなか。vol.13 小玉ユキ】 取材を重ねることで作品世界が鮮明に。その土地で生きるキャラクターの姿を切り取りたい
今回は、『坂道のアポロン』、『月影ベイベ』、『青の花 器の森』など、数々の名作を描いてきた小玉ユキ先生にお話を伺います。
あきらめかけた漫画家への道をふたたび歩き出すきっかけとなった漫画作品や、デビュー後の挫折で得たもの、そして現実の世界に根ざした作品を描くうえで大切にしているものとは何か――。現在連載中の青春ファンタジー『狼の娘』の着想のきっかけについても語っていただきました。
▼小玉ユキ
長崎県佐世保市出身。2000年『柘榴』(「CUTiE comic」宝島社)でデビュー。2007年~2012年に「月刊flowers」(小学館)にて連載した『坂道のアポロン』で第57回小学館漫画賞一般向け部門受賞、「このマンガがすごい!2009」オンナ編で1位を獲得。同作は2012年にテレビアニメ化、2018年に実写映画化された。そのほか代表作に『月影ベイベ』『青の花 器の森』などがある。2022年「月刊flowers」10月号より『狼の娘』の連載をスタート。同作は「このマンガがすごい!2024」オンナ編で8位にランクインした。
少年漫画にトキメキを探していた子ども時代
子ども時代はあまり外で遊ぶこともなく、運動が苦手だったのでずっと家や教室で絵を描いて過ごしていました。一番最初に出会った漫画は、小学館発行の「小学一年生」や「小学二年生」といった学年誌に載っていたバレエの少女漫画。上原きみこ先生の「まりちゃん」シリーズで、読みながら「こうやってコマを割るんだな」と、真似しながら漫画の描き方を学んでいったと思います。
でもそこから少女漫画の方には行かず、「少年ジャンプ」の漫画に夢中になっていきました。冒険活劇みたいなものが楽しくて、それを一生懸命読んでそのまま大きくなりました(笑)。アクションシーンにはあまり興味がなくて、冒険の中に描かれるちょっとしたトキメキやキャラクターのふとしたかっこよさに反応して……少年漫画のなかにトキメキを見つけるのが楽しかったんです。当時の私は少年漫画の方がワクワク感があったんですね。小学校時代は『ドラゴンボール』や『幽☆遊☆白書』、もう少し大きくなると『SLAM DUNK』に夢中で、毎週楽しみに読んでいました。高校生くらいになると、いくえみ綾先生の『I LOVE HER』のようなキラキラしてるけどリアルな手触りの漫画に出会い、少女漫画も面白いなって思うようになりました。
くすぶっていた私を解放してくれた漫画との出合い
初めてペンで漫画を描いたのはたぶん大学生の時。それまでは全て鉛筆で描いていて、ノートや広告の裏紙をつなげて、ただひたすら鉛筆でガーッと描き続ける感じでした。子どもの頃から漫画を描くのは大好きでしたが、大学は教育学部の美術科に入学して、美術の先生になるための教職課程をとっていました。「漫画家はそう簡単にはなれない。博識じゃないとなれないし、運も良くないとなれない。それよりも学校の先生、司書、公務員とかそういう堅い仕事に就きなさい」と親に言われ、ちゃんとした仕事に就くべきなのかなと思いながら大学生活を過ごしていました。
そんな大学時代に出会ったのが、岡崎京子先生やよしもとよしとも先生の漫画です。それまでは漫画はもっと遠い存在で、作家の人間味や人間像があまり見えていなかったのですが、先生方の漫画は何か手触りというか生身の人間が描いている感覚があって、自分の中で新しかったんです。
岡崎京子先生の『東京ガールズブラボー』は、田舎の女の子が上京して色々なことが起こる漫画なのですが、すごくリアルな感じがしましたし、よしもとよしとも先生の『青い車』という短編集は、心のささくれみたいな鋭利な感じを漫画でこんなに出せるんだっていうことに刺激を受けました。当時の私は、こんなかっこいい漫画を描きたい! という気持ちになってしまったんです。
さらに、このおふたりがたびたび元ネタにしていたのが大島弓子先生の漫画で、そこから大島先生の漫画を知り「とんでもない世界を見つけた!」と思いました。くすぶっていた自分の中にあったモヤモヤとかイライラ、若い頃に感じる「何で生まれてきてしまったんだろう」みたいな悩み、そういうものをワーッと解放してくれるような体験をして、これを漫画でできるんだとすごくビックリしちゃって。特に『綿の国星』以前の初期の短編集ですね。『ダリアの帯』や『ロストハウス』も好きでしたし、『水枕羽枕』などの短編の切れ味がたまらなくて。見開きでゾワっとするあの感じは、漫画で初めて感じました。あの感触はもう一生忘れないなって思います。この体験があったから「漫画家になれるかわからないけど、やってみよう」「こんなに面白い世界なら挑戦しよう」と思えたんです。
そこから、描かずに諦めるのは嫌だ、とりあえずちょっと描かせてくれと親に頼み込んで、大学卒業後は就職せずにアルバイトでお金を貯めて上京しました。
二度の雑誌休刊を経て、たどりついた初連載
私の中のターニングポイントというと、デビュー作が掲載された「CUTiE Comic」が休刊となり、その後に再デビューした漫画雑誌「Vanilla」も休刊になってしまったことです。路頭に迷うというか、再びアルバイト生活を送る時期があって、この経験は自分の中で大きかったですね。簡単に得られる場所じゃないんだなと。もし次に描く場所がもらえたら絶対に必死で頑張ろう、独りよがりな作品はもう描かないようにしようとすごく考えました。
その後、小学館の「月刊flowers」で再々デビューが決まり、ベトナムを舞台にした『マンゴーの涙』、人魚を題材にした『光の海』の短編シリーズ、そして『羽衣ミシン』を発表しました。『羽衣ミシン』は初めての連載作品で、たった5号分ですけどすごく楽しかったです。ネームに「To be continued(つづく)」って書いた時にめちゃくちゃ嬉しくて、「続けられる!」と興奮したのを覚えています。ジャンプを愛読していた頃から「これからどうなる!?」みたいな次号への期待や興奮はすごく覚えていて、それを今度は作者として自分ができるっていうことが本当に嬉しかったです。
主人公を温かく見守る脇役のキャラクターたち
『坂道のアポロン』『月影ベイべ』『青の花 器の森』など、それぞれの作品に主人公たちを見守る大人や師匠のような存在が登場しますが、最初から全員の設定を固めているわけではないんです。この人って若いときどうだったのかなというのを想像しながら描くのが好きで、『坂道のアポロン』では、最後にヒロイン・りっちゃん(律子)のお父さんの若い頃の話も飛び出して(笑)。ストーリーが進むなかで、脇役たちの人生がだんだん積もっていって浮かびあがっていく感じです。
富山県の八尾を舞台にした『月影ベイべ』の連載時には、伝統芸能の「おわら」の取材で現地を何度も訪ねました。そこで出会った八尾の方たちに、かっこいいおじさまやおばさまがいらっしゃるんですよ。若い子たちは踊り手として、そして大人たちは唄や三味線、胡弓などを奏でる地方(じかた)として、一緒に「おわら」という一つのものをつくるという文化が根づく町で、上から引き継いだものをまた下に伝えていく、若い子たちを見守る視線みたいなものをすごく感じて、いいものだなと思いました。
『月影ベイベ』(C)小玉ユキ/小学館
取材に行くと本当にみなさん優しく受け入れてくださって、だからこそ色々なものを目に焼きつけて帰ろうと思っていて、「その時の集中力がすごい」と編集者には言われます。『青の花 器の森』の時も、作品の舞台になっている長崎県波佐見町の光春窯さんにたくさんお世話になって、そこで運命的な出会いもありました。主人公の青子のキャラクター像を固めてから取材先へ行ったのですが、実際に青子みたいな人がいたんです! 絵付けが大好きで、食いしん坊で、明るい女性で。その方にどんどん質問して、絵付けを実際にやっていただいたり、作業の動画を送ってもらったりもしました。掴んだら離さないって勢いで取材して、本当に助けていただきましたね。人との出会いには、本当に恵まれています。
もちろんストーリーがあるので、たくさん取材してもその一部しか作品には描けないのですが、なるべく絡めて描きたいと思っています。こういう工程で作っているんだよとか、こんな面白い作業があるんだよとか、そういうものが伝わればいいなと。キャラクターたちがこの町で本当に生きているんじゃないかって、そんな風に思ってもらえるように頑張っています。
職人気質な人や地道に何かを作っている人がもともと好きなんだと思います。ジャズに関わる人、伝統芸能を守り継ぐ人、器をつくる人、そんな何かを追い求めている人たちが素敵だなという気持ちで漫画を描いているので、少しでもそれが表現できていたらいいなと思っています。
『青の花 器の森』(C)小玉ユキ/小学館
原点回帰となる青春ファンタジー作品『狼の娘』
2022年に連載を開始した『狼の娘』は、久しぶりのファンタジー作品です。これまでの長編作品では、その時代・その場所にあってもおかしくないリアリティのある物語を描いてきたので、連載を始めるにあたって、そろそろファンタジー作品に戻りたいなという感覚がありました。以前の作品でも『光の海』という人魚が出てくるシリーズや『ちいさこの庭』という小人が出てくるシリーズなど、日常からちょっとだけ不思議な世界へ行く感じの物語を描いていて、違う世界に住んでいる生き物や異種の人たちとの交流みたいな話は元々好きだったんです。一度そっちに戻ろうと思ったんですよね。『狼の娘』は原点回帰みたいなところがあります。
狼を出すことは先にイメージしていました。狼というと狼男みたいな男性っぽいイメージがあるから、女の子との組み合わせが面白いんじゃないか、その方が素敵だなと思ってヒロイン像が決まっていきました。女子高生という設定については大学生とも悩みましたが、これから人生どうしようか悩んでいる世代の子の方が思い切り踏み込んでいける感じがあって、高校生という設定にしました。
狼って日本では絶滅していて、ちょっと遠い憧れの存在というか、身近にはいない動物ですよね。でも昔の日本ではわりとメジャーな動物で、大河ドラマとかを見ていても狼の遠吠えが「アオーン」って聞こえてくるんですよ。いつも大河ドラマ見ているとき「狼! 狼!」ってなるんですけど(笑)。なんでしょう、空想の動物でもなく、実際昔の日本にはいた動物で、でも今はいないというその切なさというか、取り返せない存在というか。狼って人間に近いところもあって、つがいになったら一生一緒に過ごして、家族を大事にするところとか、何かちょっと通じるところがあるんです。
取材をするなかで、狼の伝承やニホンオオカミに詳しい方々にたくさんお話を伺ってきましたが、狼が大好きな人たちってもう本当に夢中になって狼を追いかけているんですよね。先日、国立科学博物館でヤマイヌの一種として保管されていた剥製が、絶滅したニホンオオカミではないかと女子中学生が気づいたというニュースがあったのですが、「気づいたときに踊りだしたくなった」という女の子のコメントを見て、「わかる! 私も踊りだしたくなる!」っていう(笑)。狼には何か人を夢中にさせる魅力があるんです。
『狼の娘』(C)小玉ユキ/小学館
狼が見る景色を追い求めて奥深い山へ
『狼の娘』はファンタジーではありますが、舞台となっている山梨県の丹波山や七ツ石神社、勝沼にあるくらむぼんワインさんなどにも取材で足を運んでいます。ワイナリーは季節によってやることが全然違うので、その季節ごとに何をやっているのか伺っています。地元の人にとってはごく当たり前のことでも、こちらからすると「面白いな」と思うこともありますし。そして何よりワインが美味しい! 打ち合わせだからっていいながらワインを飲んでいます(笑)。
また、狼の景色を見ようと思うと、かなり中級向けの登山になっちゃうんです。目標の山にはまだ登れていなくて、そこに登るのが今の目標です。登山経験のある人は「登れますよ」みたいな感じで言ってくれるけど、なかなか簡単じゃない。私は体力がある方じゃないので(笑)。でも取材に向けて登山の練習はしていて、重めのリュックをしょって縦走したりとトレーニングはしています。
つい取材しちゃうというか、リアリティがどうしても欲しくなってしまうんです。まずはアイディアがあるのですが、場所に行ってそれが緻密になる感じですね。積み重ねて描いているうちに、その土地にあるパワーみたいなものをもらいたいというか、その土地にキャラクターが立っているイメージが欲しいなと思うんです。取材はすればするほど面白くなるし、思ってもいなかった展開もそこから生まれたりもするので、取材に行くのはめちゃめちゃ楽しいです。
ストーリーの流れは、要所要所にポイントとなる石が置いてあって、そこをどう通っていくかという感じで作っていきます。ちょっと地元のイベントをはさんだり、この子はこの土地でどう過ごしていくんだろうっていうことを考えながら、日常を切り取りたいと考えています。
エンターテイメントを届けてきた先人たち。漫画家としてその背中に続きたい
作品に込めたいメッセージというのはあまりないのですが、作品に出てくるキャラクターたちに、言わずに我慢させるのはやめようという意識はあります。相手に対して「好きだ」とか「ごめん」とか「ありがとう」とか、そういうことを言わずに済ますんじゃなくて、ちゃんと伝えさせようっていう思いはありますね。言葉じゃなくてもいいんだけど、どんなに困難な状況でもちゃんと伝えて、何とか乗り越えていこうと思わせたいなって。
例えば『月影ベイべ』に出てくる蛍子は母親を亡くしているのですが、いなくなった人にはもう伝えられないんです。「相手が生きているなら、どうにかして伝えようよ」みたいなメッセージはあるかもしれません。『狼の娘』の主人公・月菜にも、悩みながらでも自分で切り拓いていける人になってほしいと思うので、そういう部分は意識していますね。
『坂道のアポロン』(C)小玉ユキ/小学館
私自身としては、漫画家として物語をちゃんと始めてちゃんと終わらせたいという思いがすごくあって、物語をずっと続けたいっていう気持ちは全然ないんです。始まりと終わりをちゃんと描きたい、それを目指してやっています。
リアルの世界って、友達関係がうまくいかないとか、親とうまくいかないとか、会社でうまくやれないとか、そういうことがいっぱいあると思うんですけど、漫画の世界に行っている間は楽しかったって思ってもらえたら、それが最高です。私もそれで生きてこられたところがあるので。これまで多くの作品に感動させてもらった分をお返ししたいという気持ちかな。「漫画も、映画も、ドラマも、音楽も、舞台も……世の中の面白いものを作ってきた人たちありがとうございます」、そして「私もやりたいです」という想いがあるから、漫画家を続けていけるのだと思います。
取材・文=白石さやか