歴史は人間ドラマの宝庫! 古代ローマが題材のマンガ特集!!
激動の歴史は、人間ドラマの宝庫です。数あるマンガの中でも、歴史をテーマとする作品は高い人気を誇っています。その題材となるのは、日本史から中国史、西洋史まで。さらに古代から近現代まで、様々な時代を舞台とするマンガが登場しています。
その中から、古代ローマを舞台とする作品を紹介しましょう。紀元前8世紀頃にイタリア半島で建国されたローマは、約 1200年の長きにわたり王政から共和政、帝政へと体制を変えながら発展しました。地中海の覇権を握るまでに成長したローマは、のちのヨーロッパ社会に大きな影響を残しています。
そのダイナミックな歴史を、時空を超えて体感してみませんか!? 圧倒的画力で紡がれる、迫真の歴史スペクタクル・マンガを紹介します!
マンガ界の異才二人が、知の巨人に挑戦!
世界史上最も著名な博物学者にして、ローマ艦隊の司令長官、そして風呂好きの愛すべき変人を知っていますか? その男の名はガイウス・プリニウス・セクンドゥス――通称・大プリニウスとして、歴史に名を残したローマ人です。
多くの書物を手掛けたことで知られるプリニウスですが、その中でも『博物誌』は37巻にわたる大著。天文から地理、諸民族の生活、動植物の記録、芸術に至るまで古代の知識を結集した大百科なのです。
『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリ先生が、『遠くへいきたい』のとり・みき先生をパートナーに迎えて、再び古代ローマ世界に挑戦しました。その主役は、知の巨人・プリニウスです。圧倒的な構成と迫真の画力で 2000年前の世界を描く、歴史伝奇ロマンの決定版を紹介します!
「どうしても、この男が描きたかった」。本書のキャッチコピーからは、ヤマザキマリ、とり・みき両先生の熱意が伝わってきます。新潮社の「新潮 45」で2014(平成26)年にスタートした『プリニウス』は、同社の「新潮」に描き継がれて 2023(令和5)年に堂々完結。連載期間約10年におよぶ巨編となりました。
プリニウスは、シェイクスピアや澁澤龍彦も愛したという博物学者。『プリニウス』単行本第1巻の特集記事「とりマリ対談( 1)」では、著者二人がプリニウスという人物の魅力を語っています。彼は科学的考察を大事にする一方で、「幻想的、空想的なものを切り捨てない」「愛すべき変人」だったというのです。
プリニウスの強い好奇心が、時空を超えて二人のマンガ家を突き動かしました。『博物誌』から得たインスピレーションにより、紀元1世紀頃の地中海世界を鮮やかに描いた『プリニウス』。その冒頭ページを覗いてみましょう。
『プリニウス』©ヤマザキマリ とり・みき/新潮社 1巻P024_025より
噴き上がる黒煙とマグマ、降り積もる噴石――。物語は紀元79年、ウェスウィウス(ヴェスヴィオ火山)の大噴火から始まります。人々が避難を急ぐ中で、プリニウスは悠然と火山を見つめていました。友人のポンポニアヌス救出のため、艦隊を率いてポンペイ付近のスタビアエに上陸しましたが、状況は想定以上に悪化していたのです。
それでも無類の風呂好きであるプリニウスは、ポンポニアヌス邸の風呂に入ると言って周囲を困惑させます。船出の準備ができても、腹ごしらえをすると言いだす始末です。偉大な博物学者の好奇心は、火山や風呂場の設計に留まらず食事の内容にまでおよびます。プリニウスは自らの見聞のすべてを、側近のエウクレスに口頭記述させるのです。
しかし、プリニウスが悠長な姿を見せていられるのも束の間です。彼がウェスウィウスの大噴火で落命することを歴史は知っています。冒頭、プリニウスの最期を予感させるシーンから始まる本作ですが、第2話以降は彼のそれまでの冒険譚が展開されます。深淵なる天才博物学者の脳内世界、お楽しみください。
戦争に翻弄されたアルキメデス
古代ローマでは、土木、建築、インフラなど様々な分野で技術革新がもたらされました。アーチ構造を用いた水道橋。さらにドーム建築を用いた宮殿や、公共浴場などが有名です。
紀元前3世紀、シチリア島のシラクサでは、天才学者アルキメデスが誕生しています。梃子(てこ)の原理を証明し、有名な「アルキメデスの原理(浮体の原理)」を発見。“古代における第一級の科学者”という評価を得ています。
現代に繋がる大発見・大発明をしたアルキメデス。彼の素顔に迫るマンガの名作を紹介します。天才学者の人生は、共和政ローマと北アフリカの都市国家・カルタゴの間で起きたポエニ戦争に翻弄されたものだったのです――。
岩明均先生は、『寄生獣』で人間と寄生生物の戦いをセンセーショナルに描き、その名を不動のものとしました。さらに超能力をテーマとする SF伝奇マンガ『七夕の国』でも、高い評価を得ています。SFの名手として知られる岩明先生ですが、同時に壮大な歴史ロマンの執筆でも有名です。
アレキサンダー大王の書記官を務めたエウメネスの生涯を描く『ヒストリエ』は、「アフタヌーン」で 2003(平成15)年より連載スタート。2024(令和6)年には約 5年ぶりとなる新刊(第12巻)が刊行されました。そして 2025(令和7)年には、第49回講談社漫画賞総合部門を受賞しています。
『ヒストリエ』はこれまでにも数々のマンガ賞を獲得してきましたが、今回の受賞により改めて注目を集めています。そんな岩明先生が、第二次ポエニ戦争の時代に挑んだ作品が『ヘウレーカ』です。アルキメデスが発明した技術の結晶が登場する本作。歴史好きの人はもちろん、サイエンス好きの読者も楽しめる作品となっています。
『ヘウレーカ』©岩明均/白泉社 P088より
「ヘウレーカ」は、古代ギリシャ語で“発見の喜び”を表す言葉です。アルキメデスが、アルキメデスの原理を発見した際に叫んだと伝えられています。数学、物理学、天文学など多分野で活躍したアルキメデス。彼が梃子や滑車の働きを用いて作り上げた大型兵器は、ローマ軍を恐怖に陥れたと伝えられています。
紀元前216年、将軍ハンニバル・バルカ率いるカルタゴ軍は、アルプスを越えてイタリア半島に侵攻。カンネーの戦いで、ローマ軍相手に圧倒的勝利を収めます。シチリア島の都市・シラクサでは、人々が親ローマ派と親カルタゴ派に分裂。カルタゴ寄りのエピキュデス将軍がクーデターを起こしたことで、親ローマ派は排除されてしまいます。
この街には、老学者アルキメデスが若き日に開発した兵器が装備されていました。中でも「エウリュアロスの車輪」と呼ばれる防御兵器は、強力な投石機で攻め寄せるローマ軍を壊滅させます。しかしこの殺戮兵器の使用は、老いたアルキメデスを複雑な想いにさせたのです――。天才の心中に迫る名作、続きはコミックスでお楽しみください。
皇帝ネロの光と影
舞台は紀元1世紀――。母親アグリッピナの計略により、弱冠16歳にして皇帝に即位し、ローマ帝国を手に入れたネロ。家族や近親者を殺害し、キリスト教徒を弾圧したことで“暴君”として歴史に名を刻んでいます。
一方で、哲学者セネカの補佐のもと善政を敷いた時期もあったと言います。さらに詩作や音楽に情熱を注ぐなど、ネロには芸術の愛好家としての一面もありました。
安彦良和先生の『我が名はネロ』は、皇帝ネロの光と影を描いた名作です。マンガに描かれているのは、母親の激しい干渉と息子の反発。現代に通じる母子の相克を描き出し、読者の共感を呼んでいます。
『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『機動戦士ガンダム』など、大ヒットアニメの主要スタッフとして活躍した安彦良和先生。 1979(昭和54)年より「アニメージュ増刊 SFコミックス リュウ」(徳間書店)で『アリオン』を連載し、マンガ家としてのスタートを切っています。
『アリオン』でギリシャ神話に挑んだ安彦先生は、その後『ナムジ―大國主―古事記巻之一』などの作品で日本の古代史のマンガ化に挑戦。さらに 1990(平成2)年から「コミックトム」(潮出版社)で連載した『虹色のトロツキー』を皮切りに、日本の近現代史をマンガに描いています。
西洋史では、『ジャンヌ―Jeanne―』と『イエス― JESUS―』の二作を描き、キリスト教というテーマに挑んでいます。続く『我が名はネロ』では、皇帝ネロを取り巻く人物として母親のアグリッピナをはじめとする女性たち、さらにキリスト教の伝道者であるパウロとペテロを登場させています。現代に繋がるネロの精神性、さらに西洋史の根源にマンガで挑んでいるのです。
『我が名はネロ』©安彦良和 第1巻P006_007より
西暦54年、ローマ帝国第4代皇帝クラウディウスが何者かに毒を盛られて変死しました。妻であるアグリッピナは、溺愛する息子のネロを擁立。第5代皇帝ネロ・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの誕生です。
ネロは、ストア派哲学者のセネカが起草した即位演説を詠み上げて元老院の支持を獲得。順風満帆な門出で母のアグリッピナを喜ばせましたが、その一方で一人の女性に心を奪われていました。妻のオクタヴィア付きの侍女で、シリア生まれの解放奴隷・アクテです。
自分が決めた結婚相手を差し置いて、奴隷に夢中となる息子に憤ったアグリッピナ。先帝クラウディウスの遺児であり、ネロの義弟に当たるブリタニクスの方が「皇帝にふさわしい」と言い放ちます。この一件が、ネロを身内殺しの凶行へと駆り立てていくのです。安彦良和先生の圧倒的な画力、独自の歴史観とともに壮大なドラマが繰り広げられます。
最古の格闘技・拳闘を描く
人類が手にした最初の武器、それは拳(こぶし)です。有史以前の神話の時代から、人間は拳で争ってきました。本作は、最古の格闘技である“拳闘”をテーマとするマンガです。
舞台は紀元1世紀、皇帝ネロの治世――。奴隷拳闘士養成所に身を置く少年・セスタスは、生き残るために戦い続けていました。
古代の拳闘士は、鉄鋲(てつびょう)の打たれた装甲グローブ「セスタス」で拳を鎧(よろ)いました。時間無制限・完全決着( KO)が唯一のルール。さらに試合に敗れし者は命を奪われる、それが拳奴こと奴隷拳闘士の宿命でした。非情な運命と戦い、おのれの拳で勝ち残ってきたセスタス。その伝説の第2部を紹介します。
「セスタス」シリーズは、技来静也(わざらい しずや)先生による人気マンガシリーズです。第 1部『拳闘暗黒伝セスタス』は、1997(平成9)年より 2009(平成21)年まで「ヤングアニマル」(白泉社)で連載されました。
第2部『拳奴死闘伝セスタス』は、「ヤングアニマル」で2010(平成 22)年より連載スタート。以後掲載誌を変えて描き継がれ、2025(令和7)年現在は「ヤングアニマル ZERO」(白泉社)にて大人気連載中です。
ボクシングの起源は諸説ありますが、古代のギリシャやローマにはその原型となる格闘技が存在していたと考えられています。本作の第1部では、自由を欲する奴隷のセスタス、天才格闘家ルスカ、皇帝としての宿命を背負ったネロという、3人の少年による成長物語が描かれます。
『拳奴死闘伝セスタス』©技来静也/白泉社 1巻P084より
セスタスは、ローマ帝国最下層階級の拳奴。ドリスコ拳闘団に所属し、師匠ザファルのもとで日夜修行に明け暮れていました。しかしザファルは、鶴嘴(つるはし)でひたすら地面を穿(うが)つよう命じると、一切の指導を止めてしまったのです。
そんな中、セスタスのもとに皇帝直属の使者が訪れます。皇帝ネロが闘技大会の開催を決定し、セスタスも地域予選に出場すべしという勅命が出されたのです。圧倒的な試合内容で予選を勝ち抜いていくセスタス。しかし鶴嘴の特訓の意義が掴めず、苛立ちはピークに達します。
しかし予選会準々決勝、大雨の中行われた試合でセスタスは開眼します。同じ軌道でも、打法の性質で打撃の効果は変わってきます。鶴嘴の鍛錬は、筋力の底上げと同時に“締め”の感覚とタイミングを体に叩き込むカリキュラムだったのです。大会で勝利し、真の自由を勝ち取るため、セスタスの戦いは続きます。
ローマ史に残る、怪物と英雄の物語
紀元前3世紀、地中海世界に支配を拡大した共和政ローマを、恐怖のどん底に突き落とした男がいました。
ハンニバル・バルカ──ローマ最大の敵となった怪物です。一方、プブリウス・コルネリウス・スキピオは、ハンニバルからローマを守ったことで英雄と称せられています。
希代の戦術家・ハンニバルと、軍事の天才・スキピオ。二人がしのぎを削った戦いの顛末は、後世まで語り継がれています。地中海の覇権をめぐる戦いのハイライトを、迫真の描写とともにマンガ化した名作を紹介します。
『アド・アストラ―スキピオとハンニバル―』は、カガノミハチ先生によるマンガ作品です。「ウルトラジャンプ」(集英社)で、 2011(平成23)年から2018(平成 30)年にかけて連載されました。
単行本第1巻の「あとがき&キャラ設定紹介」によると、タイトルの「アド・アストラ」はローマの格言「 per aspera ad astra(困難を克服して栄光を掴む)」に因んだもの。この物語は、ローマ史最大の危機であるハンニバル来襲を乗り越えて、栄光を掴んだローマ人たちの物語として描かれています。
地中海の覇権をめぐり、ローマとカルタゴが戦ったポエニ戦争は、紀元前3~2世紀にかけて3回にわたって行われました。第一次ポエニ戦争ではローマがカルタゴに勝利。カルタゴに、相互不可侵とシチリア島の割譲、莫大な賠償金の支払いを約束させました。さらにローマは、カルタゴ領のサルデーニャ島とコルシカ島の獲得に乗り出したのです。
『アド・アストラ―スキピオとハンニバル―』©カガノミハチ/集英社 1巻P084_085より
そのまま衰退するかに思われたカルタゴですが、一人の“怪物”の出現により息を吹き返します。将軍ハミルカル・バルカの嫡男として生まれた赤ん坊・ハンニバルです。カルタゴの因習により、雷神バールの生贄として捧げられようとしましたが、雷光とともに高い知能を授けられる奇跡を起こし、「ハンニバル(バール神の恵み)」と名付けられた男です。
やがて成長したハンニバルがローマとの戦端を開いたことで、第二次ポエニ戦争が始まります。この怪物に比肩する将は、当時のローマ軍にはいませんでした。しかし年若き新兵たちの中に、一人の逸材が現れます。
その名はプブリウス・コルネリウス・スキピオ。名門貴族コルネリウス一族の出身で、酒場で賭け事に興じる放蕩者と思われていました。しかしスキピオはハンニバルの危機をいち早く察知。カルタゴ軍が、アルプス越えという手段でイタリア半島侵入を実現させることを予見します。二人の俊英のスリリングな駆け引き、大規模な戦闘シーンは必見です。
ローマが舞台のマンガも、一日にしてならず
古代ローマは豊かな文化を形成し、のちのヨーロッパ社会に多大な精神的遺産をもたらしました。その歴史を理解しようとするなら、マンガを読むのが一番の近道かもしれません。そうは言っても、約 1200年におよぶ長大な歴史です。「ローマは一日にしてならず」と言いますが、興味をもった作品から少しずつ読めば理解が進むはずです。
『プリニウス』と『ヘウレーカ』は、激動の時代に生まれた天才学者の話です。その旺盛な好奇心や斬新な発想は、現代を生きる私たちを驚かせてくれます。『我が名はネロ』には、皇帝ネロと彼に人生を翻弄された人々が登場します。この時代、奴隷は帝国の繁栄を支える重要な役割を担っていました。『拳奴死闘伝セスタス』には、自由を求める拳奴セスタスの戦いが描かれています。
『アド・アストラ―スキピオとハンニバル―』では、古代ローマ史におけるハイライトの一つポエニ戦争が描かれています。ハンニバル・バルカとプブリウス・コルネリウス・スキピオ。二人の天才が繰り広げる戦いが、壮大な歴史スペクタクルとして描かれています。歴史が好きな人も、そうでない人もマンガなら楽しめるはず。ぜひ一度読んでみてください!
執筆:メモリーバンク / 柿原麻美 *文中一部敬称略






