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【推しマンガ】小さき者よ立ち上がれ! “自由”とは何かを問う衝撃作『ハヴィラ戦記』!!

現在4万種以上もの生物が、絶滅の危機に瀕しています。その要因として自然破壊や乱獲、気候変動などが挙げられますが、生物の絶滅は人類の活動と無縁ではありません。

『ハヴィラ戦記』の主人公は、奄美群島で発見された小さな人型の生き物――蝶人(ハヴィラッチュ)。希少となった蝶人の種の存続を目的に、人間は彼らを保護するようになりました。蝶人の青年・忍野(おしの)は、同じく蝶人の少女であるマイの交配相手。しかし二人の関係は、思うように進みません。

人間は“保護”の名の下、自然を意のままにしようとしますが、蝶人たちは自由を求めて飛び立ちます。今話題のファンタジー巨編、『ハヴィラ戦記』の魅力を紹介します。

ハヴィラ戦記 著者:みのすけ 文化監修:町健次郎 生きもの監修:西村奈美子

奄美地方の文化に着想を得た意欲作

「週刊ヤングジャンプ」(集英社)の月例新人漫画賞シンマン賞は、若手マンガ家の登竜門です。みのすけ先生は、『監獄美術館の学芸員』で第94回シンマン賞佳作を受賞してプロデビューしました。

始めての連載作となったのが、2024(令和6)年に「週刊ヤングジャンプ」でスタートした『ハヴィラ戦記』です。

作品の舞台は、鹿児島県南西部に位置する奄美群島。亜熱帯海洋性気候に属する島々には、豊かな自然と独自の文化が残っています。古来この地方では、死者の魂の象徴として“蝶”が信仰の対象とされてきました。そうした伝承に着想を得て紡がれる『ハヴィラ戦記』。絵本のように優しいタッチで、蝶人の姿を繊細かつ力強く描いています。

「旅する蝶」と呼ばれるアサギマダラ、「南国の貴婦人」の愛称を持つオオゴマダラなど――奄美群島は、美しい蝶の生息地として知られています。この自然豊かな島に、青春真っ盛りの若者たちがいました。

忍野少年は、朝になると自転車の後部席にマイを乗せて学校に通います。ただし彼らの学生生活は、普通とは少し違うようです。教室に並ぶのは、背丈の倍以上もある大きな椅子。生徒たちは梯子で椅子によじ登り、巨大な文具や本を使っています。

本作冒頭の見開きページを目にした読者は、『ガリヴァー旅行記』(スウィフト)の世界に来たような錯覚に陥ることでしょう。この作品の主人公は、昆虫のように小さな生物なのです。人間の生活空間を小さな生き物の視点で描くことは簡単ではありませんが、著者はスケール感の違いを見事に描いています。ミニチュアの模型を見るような楽しさも、本作の魅力の一つです。

絶滅危惧種となった蝶人たち

今を去ること40年前、奄美群島のある生物が絶滅の危機に追い込まれていました。人型の生き物であり、人の言葉を解する蝶人です。

太古の昔、この地方はユーラシア大陸や日本本土と地続きでした。それが地殻変動により分断されて、現在の島々ができ上がったと考えられています。天敵となる存在が多くなかったこともあり、奄美群島には他所で失われた生物が残っています。特別天然記念物のアマミノクロウサギなど、こうした珍しい生物たちは遺存固有種と呼ばれています。

本作に登場する蝶人も、奄美群島でのみ見られる特別な生物として設定されています。蝶人の数は、人間による様々な開発活動の影響で減少していました。人間は自らが壊した生態系を守るため立ち上がります。

「人間(われわれ)が壊した世界は」「人間が救うべきです」。そのスローガンの下、華蝶製薬による蝶人の保護増殖事業がスタートしました。

蝶人は人間の保護を受け、交配する“つがい”を決められるようになったのです。忍野たち蝶人の若者は、華蝶製薬が奄美群島の羽部良(はぶら)島に建てた研究所で保護されていました。

忍野とマイは、人間たちが定めたつがいです。忍野はマイに想いを寄せていますが、彼女の態度は曖昧なままです。それどころかマイは、蝶人の青年・沖(オキ)に心を許している様子。この日も沖に誘われると、忍野を放って彼のところへ行ってしまいました。

ホンモノの自由を求めて

絶滅危惧種の保護は、生態系の多様性を維持するための大切な活動です。世界の様々な場所で、生物を安全な施設に移して保護し、育てて増やすという方法が取られています。

ただしその行為は、野生生物を自然な環境から隔離することでもあります。生物の行動範囲や繁殖行動などが制限されてしまうのも事実。生物が生きのびる代償として、彼らが本来持っている自由が奪われてしまうのです。

保護区で暮らす蝶人の忍野とマイは、つがいとなることが人為的に定められています。本作では、恋に、性に揺れ動く二人を描くことで、人間による保護活動が抱える課題を読者に突きつけています。

マイが親しくしている沖は、博識な青年です。彼は琉球・奄美地方の歴史を語ります。この地方の人間たちは、蝶や蛾をハヴィラと呼び、霊力(セジ)の象徴や先祖の霊魂(マブリ)として神聖視してきたのです。

特に羽部良島では、この土地に根差して生きる小さな人々を「蝶人(ハヴィラッチュ)」「唄う蝶(ハヴィラ)」と呼んで大切にしてきました。沖は、蝶人たちは保護区の鉄線の向こうで自由に暮らし、自由に愛し合うことができるはずだと力説します。そんな光景を「もう一度」「見てみたくないか?」と問い掛けられて、忍野は驚いてしまいました。

忍野はマイとの関係が進まないことに悩みながらも、保護区の平和な暮らしに満足していました。それなのに沖は、蝶人が自然の中に集うことの素晴らしさを説くのです。忍野の心が少しずつざわつき始めます。

人類と生物の共存を模索するコミック

蝶人たちは、矛盾を抱えながらも保護区で平和に暮らしてきました。そんな日々も、ある事件を境に急変してしまいます。保護区の蝶人たちは、人間の保護を受けない仲間がいること、さらに「解放区」と呼ばれる自由な場所があることを知ったのです。

自由を手に入れるため、歩み始めた蝶人たち。しかし解放区は、死と背中合わせの危険な世界でもありました。管理社会で生まれ育った蝶人たちは、現実の厳しさに直面しながら生きる道を探します。

人間が意のままにしようとしても、生命は自ら生きる道を見つけ出します。人間は、他の生物とどのように共存すれば良いのか――現代人が抱える最大のテーマに、マンガで挑む『ハヴィラ戦記』。ぜひ読んで、考えるきっかけにしてみてください。

取材・文・写真=メモリーバンク 柿原麻美 *文中一部敬称略

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