様々な医療現場を描く、ナースマンガ特集!!
19世紀中ごろ、クリミア戦争の従軍看護師となったフローレンス・ナイチンゲールは、看護職の存在を世に知らしめました。近代看護の基礎を築いた彼女は、“近代看護の母”と呼ばれています。
今も多くの看護師の卵が、ナイチンゲールの灯火を受け継いで、様々な医療現場に巣立っていっています。
今回は数ある医療マンガの中から、看護師を主人公にしたマンガを特集! 終末期病棟や手術室、精神科、新型コロナウイルスの発熱外来など、様々な現場で働く看護師たちの物語を紹介します。医療現場における看護師の重要性について、改めて考えさせられる看護師マンガの世界をのぞいてみましょう!!
人生最後の日々を見守る看護師たち
産婦人科医院を舞台にした、大ヒットマンガ『透明なゆりかご~産婦人科医院 看護師見習い日記』。その著者が“新しい命”の次に挑んだ新境地は“終末期医療”でした。
陰で“ゴミ捨て場”と呼ばれている終末期病棟(ターミナル)。そこで働き始めて年目の看護師・辺見歩(へんみ あゆみ)が看取った“死”には、カルテの数だけ人生のドラマがありました。
“死を迎えること”と“生きること”の意味を問いかける、渾身の看護師マンガを紹介します。高齢化社会と化した日本で、多くの人に読んでほしい名作です。
2014(平成6)年から2021(令和3)年にかけて、「kiss PLUS」「ハツキス」(以上、講談社)で連載された『透明なゆりかご~産婦人科医院 看護師見習い日記』は、沖田×華(おきた ばっか)先生のマンガ作品。高校時代に産婦人科で見習い看護師として勤めていた、沖田先生の実体験を基にした作品です。
妊娠、出産、中絶など――。産婦人科医院を舞台に、生まれてくる命をめぐるドラマを描いた本作は、2018(平成30)年に第42回講談社漫画賞少女部門を受賞。同年『透明なゆりかご』のタイトルでNHKの連続ドラマとなり、大きな注目を集めました。
『お別れホスピタル』は、沖田先生が2018(平成30)年より「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載している作品です。終末期医療の最前線に立つ看護師は、様々な人生の在り方に合わせて、最後の日々が最善であるようサポートします。沖田先生は持ち前の優しいタッチの絵柄で、死の一番近くにある病棟を描いています。
『お別れホスピタル』©沖田×華 / 小学館 1巻 P022_023より
△×病院の別館は、終末期病棟(ターミナル)。病気やケガ、老衰といった回復が見込めない患者の“終(つい)の住処(すみか)”です。辺見歩は、“ゴミ捨て場”と陰口をたたかれているこの病棟で働き始めて2年目の看護師。
102号室では、DM(糖尿病)で認知症の太田さん(81歳)が、今日もお気に入りのお菓子をねだり大声を上げています。同部屋の野中さん(90歳)は、寝たきりに加えて、ダンナの介護ウツで暗い性格。山崎さん(75歳)は世話好きな女性です。それぞれ病床にありながら、あいさつを交わすなど、ささやかなコミュニケーションを楽しんでしました。
ところがある日、山崎さんがインフルエンザのワクチン接種後に体調を崩し、そのまま起き上がることなく亡くなってしまいました。すると驚くべきことに、野中さんと太田さんも後を追うように亡くなってしまったのです。本当は3人とも友だちになりたかったのではないか――看護師の辺見は、天国で仲よく談笑する3人を想像して患者を偲ぶのでした。
オペ看こと手術室看護師の仕事とは
新人ナースの林あきこは、友人の止める声にも耳を貸さず手術室看護師――通称・オペ看を希望しました。
ハイスペックな医師との出会いを期待するあきこですが、そんな彼女を待ち受けていたのは想像を超える手術現場、そしてブッ飛んだ医師たちだったのです。
恋は裏切っても、仕事は裏切らない!? いつしかあきこはオペ看にやりがいを感じ、仕事に邁進するようになります。元オペ看・人間まお先生の原作による、壮絶で感動的な新人ナース奮闘記をのぞいてみましょう!
執刀医に「メス」と言われて、メスを手渡す看護師をドラマなどで見た経験をもつ人も多いでしょう。
オペ看こと手術室看護師の仕事は、術前から術後まで多岐にわたりますが、直接執刀の介助をする役割を担う看護師を、器械出し看護師と言います。
数十種類もある器械の役割を覚え、セッティングするだけではなく、手術の内容によってどの器械を求められるかを先読みする“手術のプロフェッショナル”とも言える職業です。『オペ看』は、元・手術室看護師としての経験をもつ人間まお先生による原作で、作画のミサヲ先生が壮絶でドラマチックな手術室の日常をマンガとして描いています。
『オペ看』©人間まお・ミサヲ/講談社 1巻 P015より
林あきこ22歳は、憧れのオペ看としてデビューしました。これまで男運のなかった彼女は、イケメン執刀医を捕まえて今までの人生を挽回しようと思ったのです。記念すべき初勤務で、早速あきこは中央手術室に連れていかれます。
教育担当の看護師・加藤セツ子は、オペの内容を「下肢の糖尿病性壊疽(えそ)のアンプタね」と説明します。「アンプタ」とは四肢切断術のこと。オペ看初日から、あきこは壮絶な体験をすることになります。手術室に充満するのは、血と肉の腐った臭いに、何かが焦げている臭い。執刀医もイケメンではなく、テレビドラマで観たのとは違う現実が待っていたのです。
先輩の加藤から、検体の運び役に抜擢されたあきこ。切断した脚を受け取って心が折れそうになりますが、患者の命の重みを手に感じながら懸命に運びます。初日からハードな体験をしたあきこですが、患者のため、そしてイケメン医師と出会うため一人前のオペ看を目指します。
患者に向き合い続ける精神科ナース
心の仕組みを知りたくて、飛び込んだ精神科看護の世界。そこで出会った患者たちは苦しみながら、自分と戦っていました――。
普通のOLから精神科の看護師に転職した太田。しかし身体のケガや病気のように、目で見て明らかではない精神疾患を抱える患者との日々は、想像以上に大変なことばかり。
答えのない心の問題に向き合う、医療コミックエッセイ。実際の病院、看護師への取材に基づいて描かれる精神科看護の世界を紹介します。
2013(平成5)年、水谷緑先生は第22回コミックエッセイプチ大賞・B賞(メディアファクトリー)を受賞してデビュー。翌年、この作品は『あたふた研修医やってます。』(KADOKAWA)として書籍化されました。
取材に基づいたコミックエッセイを得意とする水谷先生は、『じたばたナース』『まどか26歳、研修医やってます!』(以上、KADOKAWA)、『こころのナース夜野さん』(小学館)など、医療をテーマにした作品を多く手がけています。
そんな水谷先生が、精神科看護というテーマに取り組んで話題となったのが『精神科ナースになったわけ』です。母親を亡くしたことをきっかけに、こころのバランスを崩しかけた主人公女性。精神科医療に興味を持ち、看護師となった彼女が目撃した入院病棟の様子を描いています。
『精神科ナースになったわけ』©水谷緑/イースト・プレス P018_019より
OLの太田は、母親が突然死したショックで心の糸が切れてしまいました。完全に平常心を失った自分に驚き、“人の心”に興味を持つようになった太田は、看護師の資格を取って精神科病棟で働くことを決意。そこにいたのは、幻覚や幻聴が現れた人や、自分の身体を傷つける女性など様々な事情を抱えた患者たちでした。
統合失調症の患者・細木さんは、常に帽子をかぶっています。彼女に洗髪をしてあげたいと思った太田は、細木さんに盆踊りを教えてもらうことで心の距離を縮めます。「脳みそが出て来るから」と言って帽子を外さない細木さん。他人から見ればおかしな行動かもしれませんが、彼女にとっては切実な“現実”です。太田は細木さんの言動を否定せず、「3分だけ時間をもらえませんか?」と頼みます。
帽子を外して、タオルで髪の毛を清拭する――わずか3分の介助は、やがて5分、7分、10分と時間を延長できるようになりました。最後にはシャンプー、ドライヤーまでさせてくれた細木さん。わかりにくい心が、ほんの少しだけわかることで、患者も支援者も変化していきます。精神科ナース・太田による地道な積み重ねは、本作を読む者の心も変えてくれるはずです。
くすっと笑える、看護師マンガの元祖
新米ナースが大活躍!? 似鳥(にたとり)ユキエ21歳は、おっちょこちょいだけど一生懸命。失敗にもめげず、今日も明るく頑張ります。
患者に良かれと思って思ったケアが、時にトラブルに発展し……。ユキエの行くところ、常に賑やかな騒動が巻き起こります。
生と死の現場で生まれる物語を、軽やかに描いた医療コメディの名作を紹介します。おたんこなすで太宰治好きのユニーク看護師が繰り広げる、人と人とのふれ合いの物語、開幕です。
佐々木倫子先生は、1980(昭和55)年に「花とゆめ」夏の増刊号に掲載した『エプロン・コンプレックス』(佐々木規子名義)でデビュー。獣医師を目指す大学生の日常をコメディタッチで描いた『動物のお医者さん』などの代表作があります。
『おたんこナース』は、1995(平成7)年から1998(平成10)年にかけて「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載された作品です。
患者に献身的な看護をする姿から“白衣の天使”と呼ばれる看護師ですが、『おたんこナース』は等身大で親しみやすいキャラクターが主人公です。看護師が登場する医療マンガはそれまでにもありましたが、コメディタッチの本作は看護師のイメージを刷新して大ブームを巻き起こしました。今では“看護師マンガの元祖”と呼ぶ人も少なくありません。
『おたんこナース』©佐々木倫子・小林光恵 / 小学館 第1巻 P026より
季節は5月――。半袖のシャツから伸びた腕がまぶしい季節です。通勤電車の中に、つり革を握る人々の腕をじっと見つめる若い女性がいました。病棟勤務5週目の新米看護師・似鳥ユキエです。彼女は患者に注射するのが苦手。乗客の腕に浮き出た血管を見て、注射のイメージをしていたのです。
病棟では先輩の叱責に涙することもありますが、患者の前では笑顔を心がけているユキエ。それでも、相性の悪い患者が一人いました。それは、過敏性腸症候群で入院している男子高校生・三浦君。何かにつけて突っかかってくる彼と、なんとか心を通わそうとするユキエですが、苦手意識を持っていた注射のことを指摘されてしまいます。
「おまえには二度と注射を頼まん!」。三浦君にとどめの一言をくらったユキエは、ナース服のポケットに注射針を忍ばせて復讐の機会を待ちます。ところがこの注射針が、思わぬ騒動を巻き起こすのです。医療にまつわる知識やうんちくも楽しい、ナースコメディの名作です。
緊迫のコロナ外来を描く
東京都心の総合病院で看護師として働く著者は、コロナ外来こと発熱外来の勤務を任されました。医療現場では、感染症対策で業務は増えて、人手も足りなくなっていました。
人々は感染の恐怖に怯え、混雑した待合室ではピリピリした患者同士が衝突。一触即発の事態になってしまいます。
最初の緊急事態宣言が出されたのは2020(令和2)年4月7日のこと。その直前に現場で起きていたことを、看護師の視点から伝える緊迫の医療コミックを紹介します。
2020(令和2)年1月15日、日本初の新型コロナウイルス陽性者の確認が報告されました。それからまたたく間に感染者数は増加し、4月7日には埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都道府県に対し、初の緊急事態宣言が発出されています。
発熱外来の現場では人員不足の中、通常業務に加えてコロナ患者の対応などの業務が増えて、過酷な労働環境が強いられたのです。
本作は、実際に発熱外来で看護業務に従事していた著者が描くノンフィクション・コミック。二人の子どもを育てながら働く看護師として、現場で感じた様々な課題を私たちに教えてくれます。
『コロナ外来の看護師』©笹木綾/ナンバーナイン 第1巻 P016_017より
本作著者の笹木綾先生は、本作第1巻の「あとがきマンガ」で「2020年4月1日の話だけで 一巻が終わってしまいました………」と記しています。このコメントから、発熱外来担当を任された時の衝撃が、いかに強いものだったかが伝わってきます。
2020(令和2)年4月1日の朝、著者は幼い子どもたちを保育園に預けて出勤。所属する部署のナースステーションで、受け持ち患者が張り出されたホワイトボードを見て驚愕します。コロナ外来への看護師派遣に抜擢されていたのです。若くても重症化し、死ぬ可能性がある――新型コロナウイルスは、医療従事者の間でも恐れられていました。
幼い子どもをもつ著者は同僚に交替を頼みますが、職務経験の豊富さと衛生観念の強さを考えると、著者に替わる人材はいないと言われてしまいます。家族の安全をどう守るのか、不安を抱きながら外来に向かった著者。ところが狭い待合室で、咳をした患者がいたことから患者同士がいさかいを始めます。不安でいっぱいの患者の話に耳を傾け、目を配る看護業務の過酷さが描かれます。
専門性、献身性、そして患者への思いやりに感謝
ここまで、オススメの看護師マンガを5作品紹介してきました。『お別れホスピタル』では、患者の看取りに接する看護師の姿が描かれています。『オペ看』は、患者の手術前・中・後の看護を担当する手術看護師が主役です。いずれも生と死の境目を描くエピソードが登場しますが、人生の大切な時間を伴走してくれる看護師には、尊敬の念を抱かざるを得ません。
看護業務は大変ですが、患者とのふれ合いや楽しみ、やりがいも多い仕事です。『精神科ナースになったわけ』では精神科看護の苦労とともに、患者と過ごす日々にかすかな光を見出す看護師が描かれています。『おたんこナース』は、あわてんぼうで一途な主人公による看護師コメディ。看護の現場が、日常の延長にあることを感じさせてくれる二作品です。
『コロナ外来の看護師』は、新型コロナウイルスの感染拡大が問題となった2020(令和2)年が舞台です。発熱外来で浮き彫りとなった様々な課題は、感染が下火となった今も忘れてはならないものばかり。特に、看護師を始めとする医療従事者の負担軽減は、医療業界のみならず社会全体で考えていくべきテーマです。紹介作品が、様々な問題を考えるきっかけになれば幸いです。
取材・文・写真=メモリーバンク 柿原麻美 *文中一部敬称略






