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【推しマンガ】板前×庭師×モノノ怪。手練れ者たちが紡ぐ美しき和風ファンタジー。

星野トオルは小料理割烹(かっぽう)で働く板前です。その友人である鷹木明(たかき あきら)は寡黙な庭師。トオルは週末ごとに明の家に通い、彼に手料理をふるまいます。

明と晩酌を楽しむ一時は、トオルにとって格別な時間でした。明は気づいていませんが、トオルは彼に友だち以上の想いを抱いていたのです。

ところがある日、トオルは明と連絡が取れなくなってしまいました。どうやら明は“ワケありの仕事”をしているようで……。一皿の料理に心を通わせる男たち、そして庭に住まう“いわくつき”の者たちの心が明かされます。手練れ者たちが織りなす、美しき和風ファンタジーの世界へご案内します。

てだれもんら 著者:中野シズカ

板前と庭師の指先から生まれる“美”の世界

既存の枠にとらわれず、マンガの可能性を追求し続ける「アックス」(青林工藝舎)。同誌主催のアックスマンガ新人賞は、個性あふれる才能を輩出していることで知られています。

2000(平成12)年、中野シズカ先生は『ワオンアパート』で第3回アックスマンガ新人賞林静一賞を受賞してデビュー。以降、繊細なペンタッチやスクリーントーンを幾重にも重ねる技法により、幻想的な作品を多数発表しています。

『てだれもんら』は、「コミックビーム」(KADOKAWA)で2019(令和元)年に連載スタートした作品です。板前の星野トオルと、庭師の鷹木明。二人の主人公の指先から生まれる伝統の技とともに、日本の風景に息づく神秘をマンガに描いています。

薫風(くんぷう)は、裏道にひっそりたたずむ小料理割烹。この店には、年若き料理の手練れがいます。

板前の星野トオルは、一流料亭で修業した経験の持ち主です。彼にとって、大根のかつら剥(む)きはお手の物で、大根を薄く剥き終えると手際よく飾り包丁を入れていきます。トオルはあっという間に大根の菊花作りを仕上げて、薫風の大将と見習い料理人の篠田を驚かせました。

店の担い手として腕を振るうトオルですが、ぶっきらぼうなのが玉に瑕(キズ)。その口の悪さから、大将と篠田から“元ヤン”と呼ばれています。しかし週末が近づくにつれて、トオルの険しい表情も緩んでいくのです。

彼が苦手なキノコ料理に腕を振るう

トオルが料理の仕込みをしていると、1本の電話が掛かってきました。その電話の内容は、松露(しょうろ)の食べ方を聞くものでした。どうやら電話の主は、どこかで松露をもらってきたようです。

「松露」は松林に発生する地下生菌の一種。トリュフと同じく、地中に生える食用キノコです。香りが優れていることから、高級食材として扱われている松露。日本料理では、お吸い物や炊き込みご飯、茶碗蒸し、椀物など様々な料理に使われます。一般にはなかなか手に入らない希少な食材のため、電話の主は調理方法が分からず困っていたのです。

トオルは、今日中に食べたほうがいいとアドバイスし、さらに相手の家まで行く約束をしました。見習い料理人の篠田は、笑顔で電話を切るトオルを見ていぶかしみます。あの仏頂面のトオルがほほ笑むなんて、電話の相手は誰なのでしょうか――。

仕事を終えたトオルは、スーパーに足を運びます。そして買い物かごを手に、献立を考えながら店内をめぐるのです。

料理のお題は松露。ところが、それを食べる人物はキノコが苦手だと言います。料理人泣かせの難題ですが、トオルは一生懸命メニューを考えます。

本作には、和食のスペシャリストであるトオルが考案するメニューが続々登場します。「出汁きかせて茶碗蒸し……」「チーズと和えてキノコの匂いを封じるか……」。トオルはいろいろな料理を考えますが、もらい物の松露を“食べること”に意義があるのだと気づき、シンプルな吸い物を作ることに決めました。

飲み友だち以上、恋人未満の二人

トオルは、菜の花やアイスクリームを購入すると、はやる気持ちを抑えながら夜道を急ぎました。家に着いた彼がドアのチャイムを鳴らすと、鷹木明が家から出てきます。

庭師として働く明は、仕事先の庭で松露をもらったと言います。そんな彼のため、トオルは心を込めて酒の肴を作ります。

以前は日曜日に外で飲むのが、二人の習わしでした。それがだんだん家飲みになり、酔ったトオルが泊まったことをきっかけに、二人は週末を明の家で過ごすようになったのです。

この日トオルが作ったのは、手羽中の柚子コショウ焼き、菜の花の辛子酢味噌和え、そして松露の吸い物の三品です。

素朴な味わいの描線と、スクリーントーンで構成されたシンプルな画面に、色とりどりの料理が並びます。著者は、その余白に「うまいやつ」「好き」「うん……」といった二人の会話を挿入。絶妙なセリフの「間(ま)」で、トオルと明の心中を伝えています。

“飲み友だち以上、恋人未満”の関係にある二人。トオルは明の部屋で幸せな一時を過ごしましたが、彼を不安にさせる出来事が起こります。ある週末のこと、トオルは食材を買って明の家を訪れましたが、彼は深夜になっても帰ってきません。「庭師の仕事って」「日が落ちたら終わりじゃねーの?」。トオルは疑問を抱きます。

庭師・明の仕事とは。

鷹木明は本作のもう一人の主人公です。彼が勤める枩叢(まつむら)植木は、普通の庭師が手入れできない“いわくつき”の庭を扱っていました。太陽、火、水、風、木々など――古来日本人は、森羅万象に神々の姿を見出してきました。そのため日本の伝統的な庭園には、様々な信仰が影響を与えています。

本作は日本庭園に伝わる伝承をドラマに盛り込み、庭に住まう“庭の怪(ケ)”をマンガのキャラクターとして登場させています。ただし庭の怪は、いいものばかりとは限りません。ドラマの展開とともに、“禍(まが)つ怪”と命懸けで向き合う明の姿が浮き彫りとなっていきます。

トオルと明のもとに集まる、ワケありの人間とモノノ怪たち。著者は彼らの想いや秘められた過去を、繊細で美しいストーリーに仕立て上げています。伝統の手仕事と、この世の怪異を描く和風ファンタジー。幻想の世界を、美味しい料理とともに堪能しましょう。

取材・文・写真=メモリーバンク 柿原麻美 *文中一部敬称略

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