第1回CREA「夜ふかしマンガ大賞」2022年の受賞作を一挙ご紹介
夜な夜なマンガに夢中になっている大人が急増するなか、眠りにつく前のひとときに日中のあれこれを忘れさせ、新しい世界に連れ出してくれる──そんな作品が選出された第1回「CREA夜ふかしマンガ大賞」の受賞作品を、第1位~10位、さらにノミネート作品まで、本ページで一挙にご紹介いたします。
(以下、CREA WEB 2022年「夜ふかしマンガ大賞」より抜粋)
▼CREA夜ふかしマンガ大賞とは…
マンガ好きの35名の推薦者とCREA編集部員の投票により選ばれた「思わず、夜ふかしして読みたくなる」そして、「今、CREA読者に本当におすすめしたい」作品に贈る賞。大賞は、2021年7月~22年6月末までに単行本の新刊が発売された(ただし、合計5巻以内)、もしくは、雑誌などに最新話が発表された作品から選出。各部門賞は、作品発表の時期や巻数に制限はありません。
1位『まじめな会社員』冬野梅子
『まじめな会社員』🄫冬野梅子/講談社
連載中からSNSでも「身につまされすぎて読むのが辛い」「がんばっているあみ子には幸せになってほしい」という悲鳴にも似た叫びが散見された今年一番の話題作。
サブカル好きで、職場では「変わっている子」と認識されているけれど、界隈に足を運べば己の平凡さにため息をついてしまう──自分を諦めたくない女性にとって、あみ子の葛藤は大きな共感を呼ぶものではないでしょうか。
30歳で5年間恋人ナシ。契約社員の仕事に思い入れナシ。興味を持っているライター業のつてはなかなか得られず。欲しいものを軽々と得ているように見える人たちと自分の違いは何なのか。悩みながら果敢に行動を起こすも、報われないことばかり。なかなかに世知辛い内容ですが、折に触れて挿入される、仕事や恋愛の場で直面する不条理の仕組みを解説した図表も見どころのひとつです。
情報量、分析ともにポイントを突いていて膝を打つことしきり。コロナ禍に陥ったために顕在化した事象も盛り込まれ、社会批評的な要素も内包したストーリーといえるでしょう。
終盤の急展開からの鮮やかなラストは圧巻。あみ子の新たな選択にはすっきりとした読後感があり、そのことも票を集めました。
2位『恋じゃねえから』渡辺ペコ
『恋じゃねえから』🄫渡辺ペコ/講談社
恋人の裸の写真を、本人の許可なくアート作品のモチーフにすることは是か非か。それが25年も昔の姿だった場合は? その写真が合意の上で撮られたものだったとしたら? コンプライアンスとハラスメントの関係が緻密に議論されるようになった現代ならではのテーマに切りこんだ本作は、早くも話題を集めています。
物語の主人公は40歳の主婦・茜。中学時代、憧れていた塾講師の今井先生が親友の紫と恋人同士になったことに嫉妬を覚え、紫と距離を置いた記憶は胸の痛みとなっていました。彫刻家となった今井が発表したあのころの紫と思しき少女の裸像を見ると、素直に「美しい」と感動するのですが──。くだんの彫刻作品を見た紫の反応を見て、ことの重大さに気づいた茜は、自分もこの“問題”に挑むことを決意するのです。
法の「裁き」はケースバイケース。状況や個々の認識などの微細な違いによって「性加害」といえるかどうかは異なってきます。女性同士であっても同じ視点に立っているとは限らず――ルッキズムも絡む同性間の複雑な感情の描写も胸に刺さります。夜、己の心と静かに向き合いながら、じっくりと読解していきたい作品です。
3位『ブランクスペース』熊倉献
『ブランクスペース』🄫熊倉献/ヒーローズ
クラスメイトのスイが「頭の中で思い描いたものを実体化させる」不思議な力を持っていることを知った女子高生のショーコ。スイが作り出すものは自分以外の人には見えず、(ショーコには)見えないコップにジュースを注いだり、見えないトースターでパンを焼いたりしているうちはのどかな青春SFなのですが。
クラスが分かれた後、スイはいじめのストレスから次々に凶器を作るように。それに歯止めをかけようとしたショーコの提案がまた衝撃的で、作者の想像力に感服しきり。実体が見えないゆえの恐怖の仕掛けが見事で、物語世界に浸れること間違いなし。不穏さを増す展開を、屈託のないショーコのキャラクターが救ってくれます。
4位『きつねとたぬきといいなずけ』トキワセイイチ
『きつねとたぬきといいなずけ』🄫トキワセイイチ/マッグガーデン
平凡な会社員・田中のもとに、ある日突然やって来た言葉を話す子ぎつねと子だぬき。かつて彼らの親を助けた田中は「大恩人」で、2匹は「田中の許嫁」だと言うのです。驚きながらもてなすうちに、田中はときどき押しかけてくる彼らと親しくなっていき──。
舌足らずで生意気ではあるけれど、ポジティブな好奇心を前面に出して話しかけてくる子ぎつねたちのかわいらしさがたまりません。高尾山から電車に乗り、未知なる世界に向かってひた走るきつねたちの姿には純真なときめきがいっぱい。動物界と人間界が並行して語られるなか、人間が創り出した文明社会と自然の理との距離感にふと思いを馳せてしまいます。不思議な説得力を帯びたやさしいファンタジー。
5位『三拍子の娘』町田メロメ
母を亡くした直後、自由人すぎる父に捨てられた三人姉妹。
楽天的な長女を大黒柱に、ちょっとルーズだけど人好きのする次女、クールなしっかり者の女子高生の三女がほどよいバランス感で支えあう暮らしぶりの心地よいこと。
流れゆく日常のシーンを巧みなアングルで切り取り、時に想像の世界を交えるなどシュールな演出を加えつつ描出してみせる──その画面は親しみやすくも夢のようにも感じられるのです。
6位『ダーウィン事変』うめざわしゅん
半分ヒトで半分チンパンジーのチャーリーは唯一無二の「ヒューマンジー」。
人間の両親に育てられたチャーリーは普通の高校生活を満喫しようとするけれど、彼を利用しようとする団体につけ狙われたり、近隣住民に危険分子扱いされたり。
とはいえチャーリーは防戦に回るでもなく、しばしば目の覚めるような「問い」を投げかけてきて──知的でクールでユーモアを備えた彼に否応なくひきつけられる快作です。
7位『後ハッピーマニア』安野モヨコ
幸せを過剰に追い求めるシゲカヨが観念し、専業主婦の座におさまって15年。『ハッピー・マニア』待望の続編の幕開けは、あのクソ真面目な夫に別れを切り出される展開から。
離婚は拒否するものの、45歳にして大海原に放り出されたシゲカヨの人生活劇は前作よりちょっとだけビターな味わいかも。探偵稼業に意外な才能を発揮したり、辛い事象も語彙力で笑いに転化してくれるシゲカヨのたくましさは健在です。
8位『ファッション!!』はるな檸檬
モードファッションを愛する新道は学生デザイナー・ジャンの才能と熱意に心打たれ、献身的に支援するのですが──じょじょにジャンの正体が偽りの天才だと分かっていく展開に戦慄。
純真無垢を装った顔で一流の人々を次々に手玉に取っていくジャンを、単に悪役として描くのではない抑制のきいた筆致に唸らされます。
だまされる側の「理想的な夢を見たい」心理がチクリと胸を刺す、極上のヒューマンホラー。
9位『セクシー田中さん』芦原妃名子
「経理部のAI」と呼ばれるアラフォー地味女・田中さんの裏の顔は妖艶なベリーダンサー。ふだんのコミュ障ぶりとはほど遠い堂々たる演技に魅せられ、朱里(23歳)は彼女のファンに。
朱里のまっすぐなエールに勇気を得る田中さん。天然のモテ系ではあるものの、自分の人生に欠けていた情熱の価値に気づく朱里。タイプの異なるふたりが影響しあう姿に、明日をよりよく生きようとする気力が満ちてくるのです。
10位『HEARTSTOPPER ハートストッパー』アリス・オズマン/牧野琴子 訳
オタク気質なチャーリーと明るいスポーツマンのニック ――少年たちの初々しい恋を描くイギリス発〈LGBTQ+〉コミック。
カミングアウトしたふたりを支える家族や友人の態度に、あるいは偏見に満ちた人にどうアプローチすべきかなど学ぶところが多い作品です。
愛し合うカップルを尊重するだけのことがなぜ難しいのか。現代的な感情と理性、個人の尊厳と社会性を考えること、常識のアップデートを促す必読作。
そのほかのノミネート8作品
『海が走るエンドロール』たらちねジョン
夫と死別し、数十年ぶりに映画館を訪れたうみ子。彼女はそこで、映像専攻の美大生に出会い、自分が「映画が撮りたい側」の人だと気付く。
『女の園の星』和山やま
「第24回 手塚治虫文化賞」短編賞など、数々の賞に輝いた作者が描く、ある女子校教師の日常。美麗な絵柄と独自の笑いが唯一無二の世界観を作り出している。
『九条の大罪』真鍋昌平
『闇金ウシジマくん』の作者が描く、法とモラルの極限ドラマ。なぜか厄介な案件ばかりを引き受ける弁護士・九条間人が依頼人の利益のために解決策を追求していく。たとえ道徳的に許しがたい依頼人であっても。
『ひらやすみ』真造圭伍
主人公・生田ヒロトは29歳のフリーター。定職なし、恋人なし、でも将来の不安も一切ない気楽な自由人。
そんな彼が仲良くなった近所のおばあちゃんから、タダで一戸建ての平屋を譲り受けることに。そこに18歳の従姉妹・なつみが上京し、ふたり暮らしが始まる。極上の日常系マンガ。
『あした死ぬには、』雁須磨子
突然の病気や更年期障害、お金の不安……現代を切実に生きる女性たちの「40代の壁」を、時にコミカルにあたたかく描くオムニバスシリーズ。
『図書館の大魔術師』泉光
書物が特別な力を持つ世界。
混血で迫害されている主人公・シオは、全ての本が存在するとされる中央図書館の司書を目指す。
『無能の鷹』はんざき朝未
IT企業に勤める気弱な鶸田の同期・鷹野は見るからにデキる女性。スマートな身のこなしに落ち着いた声、自信に満ち溢れているのに謙虚な振る舞いと、完璧に見える彼女は、実は超無能の社内ニートだった!
見事なダメっぷりと周囲の勝手な勘違いに爆笑必至。
『あたしゃ川尻こだまだよ』川尻こだま
作者が2年ほど前からTwitterで公開していた作品が支持され、アニメ化・書籍化。
お腹が空いたら食べる、飲みたいときに飲む、欲しいものは買う! 欲求を全肯定してくれる爽快コミックエッセイ。
Text=Kozue Aou
Photographs=Ichisei Hiramatsu