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『ホフマン全集』1~11巻 電子化!

作家、作曲家、画家、評論家、法律家…様々な分野で才能を発揮したE・T・Aホフマン。特にその小説が持つ、幻想性は後世に多くの影響をあたえた。現代でもよく知られているバレエ『くるみ割り人形』『コッペリア』はホフマンの小説から生まれた作品である。
『砂男』をはじめとするホフマンの全ての作品を収録した『ホフマン全集』(深田甫/訳 創土社)がついに電子化される。

ドイツ人にとってのホフマン
マライ・メントライン インタビュー

日本では、ややマイナーながらも、根強いファンを持つE・T・Aホフマンは、本国ドイツではどのように受け止められているのだろうか?ドイツ出身のマライ・メントラインさんに「ドイツにおけるホフマン」を伺った。 取材/文 杉江松恋

――ホフマンは、日本では幻想小説の根強いファンのいる作家です。今のドイツではどういう存在なのでしょうか。

ドイツ人はホフマンを、ギムナジウム(高校にあたる)で学ぶんですね。国語の授業で、ドイツの文学史を勉強するんです。それぞれの時代を代表する作家の作品をクラス全員で読む。どういうスタイルなのか、どういう物語なのか、どういう作家なのかを議論して、最後にどういう時代だったのかをみんなで考えて、次の時代に移るんです。

――各時代で代表的な作家を選ぶんですね。

そうです。トーマス・マン(1875~1955 ※1)は絶対出てきます。あとはギュンター・グラス(1927~2015 ※2)。ちょうどそのころ歴史の授業で現代史ぐらいまでは来ているので、「ああ、あれはあの時代だよね」とか「三十年戦争あったよね」とか結びつきますから、ちょうどいいんですよ。

――どんな作品を授業で取り上げたかは覚えてますか?

「砂男」をやるところもありますけど、私は「マダム・スキュデリ」でした。

――おもしろいですよね、推理小説的な展開だし。読みやすいんじゃないですか。

そうですね。でも、あの当時に「砂男」を読んでたらけっこう衝撃を受けていたかもしれないです。ホフマンは、ずっと前に書かれたものなのに普通に読めますし、「意外と人間って変わらないよね」と思いました。人間の内面のちょっと汚いところ、嫉妬とか。恐怖とかを描くのがうまいですよね。

――文体はドイツ語で読まれるとどういう感じなんでしょうか。

濃厚で固いんですね。普通に読めるけど、すらすら進んでいくんじゃなくて、その濃厚さを味わわないと楽しくない。ホフマンの生きていた時代を舞台にしたドラマとか映画とかはみんなああいう喋り方なので、親近感もありました。「ああ、みんながまだ美しい丁寧なドイツ語をしゃべってたころだよね」という(笑)。ホフマンの作品は貴族的な人たちが登場する話が多いですから、教養階層の言葉遣いなんです。今のドイツ人の中にはまだ貴族に対する憧れがあるんですよ。そういう階級はオフィシャルにはなくなっているんですけど、貴族を表す「フォン」は現存します。ドイツ大使館のホームページを見ると、「なんとか・フォン・なんとか」がいっぱいいますよ(笑)。

――ホフマンは官僚になりたかった人ですし上流階級への憧れもあるんでしょうね。

彼の作品は、発表された当時だと格調高い文学でもなんでもなくて、教養人が読むに値しないエンタメ、みたいな扱いだったんです。でも今では古典文学の傑作という位置づけになっている。そのへんの変化がどういう風に起きたかはちょっとわかりません。彼は体制とか宗教の批判もするので「蚤の親方」という作品なんかは検閲されて完全な形では最初は出版されなかった。そのへんの事情も低評価につながっている気がします。

――ホフマンは変なものが出てきて実生活に混ざっちゃいました、みたいな内容ですから、水木しげる的というか。どっちかというとスティーブンソン(1850~1894 ※3)とかの系譜ですよね。

言葉の濃厚ささえなんとかなれば、十代の読者に向いているかもしれません。ちょっとメルヘンっぽかったり、おばけが出ますし。ホフマンの書く主人公って大体、非リア充なんですよね。恋愛したいけどうまくいかないとか。そういうところにも共感できる。私が読んで怖いなと思ったのは「砂男」の主人公なんですけど、ちょっとの過ちからどんどん悲惨なことになっていく。一歩間違えると人生はこの人みたいにどんどん歯車が狂ってしまうだな、と感じました。

――ホフマンって投げっぱなしで回収してくれませんしね。

「これで終わりか?」みたいな結末で、そういうところがちょっと現代的でもあります。ドイツにはビルドゥングス・ロマン、日本では教養小説という訳語で呼ばれるジャンルがありますが、それにも似ていると思いますね。主人公がいろいろ体験して成長する……あるいは成長しない(笑)。そういうことを書く構造の小説ということです。ドイツは「おばけの出てくるような話は子供のうちに卒業するもの」という文化です。だからファンタジーの要素も、現実世界のなんらかの比喩として使われる分にはいいんですけど、そうではないと教養人の読むものではないという扱いになる。だからホフマンの場合も、文学としては傍流で、それほど評価されていない。若い人は知ってはいますけど、そこまで注目される作家じゃないですね。

――日本は逆で、古典文学をライトノベルの表紙で売りますよね。

真逆です。ドイツ人は頭固い(笑)。だから難しい雰囲気が漂っているかもしれないですけど、もうちょっと若くて元気な人にホフマンを読んでほしいですね。ただドイツも、昔は売り上げランキング上位にくるのは純文学ばかりだったのが、今は半分以上がミステリーになって、けっこう変わってきています。

――ドイツに行ってた友だちからアニメを扱った雑誌を見せてもらったことあるんですけど、たぶんものすごくマイナーなんでしょうね。

マイナーですね。もちろん、マニアはやっぱりいるんですよ。でも大人が「アニメ見てる」っていうのは、友達に「えー? ポルノ見てるの?」って言われるぐらい恥ずかしいことなんです(笑)。日本語マンガの翻訳もけっこう謎なところがあって。なぜか『魁!!クロマティ高校』とかがいきなり翻訳されていたりします。

――元ネタがわからないでしょう、それは!

あと『GTO』とかも訳されてます。ドイツの子たちはあれで日本の学生の風俗を知るんですよ。鯛焼きを食べている場面を見て、「なんで、変な魚を食べてるんだろう?」とか首をひねって。「どうもケーキっぽいけど……でも魚だよね?」って(笑)。

――そうか、じゃあ逆に、日本のラノベとかアニメのようなライトな作品が読まれるようになったら、ドイツでも若い世代にホフマンが再評価されるかもしれませんね。「あ、探していたものの源流がここにあった」って。

そうそう。だから、日本とドイツの若者よ、一緒にホフマンを読んで文学の流れを変えましょう(笑)。

※1 ドイツの小説家。1929年に『魔の山』でノーベル文学賞を受賞。他の著作に『ヨセフとその兄弟』『ブッデンブローク家の人々』など。

※2 ドイツの小説家。主な著作に『ブリキの太鼓』『猫と鼠』『犬の年』など。1999年にノーベル文学賞を受賞。

※3 イギリスの小説家。『ジキル博士とハイド氏』『宝島』はじめ多くの作品を発表した。


※文中に登場する「砂男」は『ホフマン全集 (3) 夜景作品集』、「マダム・スキュデリ」は『ホフマン全集 (5-1) セラーピオン朋友会員物語3』に収録されています

マライ・メントライン

1983年生まれ。ドイツ、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。幼少期より日本に興味を持ち、大学留学を経て2008年より来日。ミステリーやマンガの造詣も深く「YOUNG GERMANY」にて海外ミステリーに関するコラムを連載中。

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