前作『高杉さん家(ち)のおべんとう』と地続きの世界観で描かれる『かりん歩』はどのようにして生まれたのか? 誕生の秘密とともに、2作に共通するテーマである【地理学】や『高杉さん家(ち)のおべんとう』の気になるその後を伺った。
「かりん歩」の誕生
最初、女の子たちが地理のツールを使って日常のあれやこれやを納得・解決して行く話をイメージしました。舞台はもちろん慣れ親しんだ地元名古屋。名古屋で人が集まる場所といえば喫茶店。
主人公は才能の開花とか切磋琢磨とか出世とか、そういう世間的に評価されることと絶対に無縁なことに血道を上げている子がいいな、と思いました。そこから妹が好きすぎる姉という設定になりました。
市井かりんは度を越した妹好きである
名古屋の中心部の際(きわ)があの辺りと思ったからです。真ん中だと見えないことが縁(ふち)からは見えます。
地形的にもあの辺りから丘陵地帯となります。
そして、地元の神社に縁のある祠が日泰寺の横にひっそりあったのを見つけて、何かご縁があるなと思い決めました。
通うことは現在進行形です。覚王山祭りや縁日や日によって表情が違うので、これからも通いたいと思っています。
取材といっても、話が決まって必要なものが決まれば、その写真を撮ったり対象の方に話を聞いたりします。
そうでない時は散歩です。目に入ったワクワクするもの不思議に思ったものを頭に刻みます。なるべくお店の人に話しかけてみたりもします。
決まった項目はありません。
「喫茶しゅろ」は覚王山のすぐ近くにある。参道を歩いているのは『高杉さん家(ち)のおべんとう』にも登場する香山先生。
イギリスのパブが地域の居間みたいな存在だと知った時、我が地元の喫茶店みたいな存在かな、と思いました。 家族以外の人間が居間にいるような感覚で交流出来る場所っていいなと思いました。
自分自身は行きつけの喫茶店を持たずに育ちました。
友人に聞いたり、今まで外から眺めてただけの「常連さんでいつもいっぱい」な喫茶店をこれ幸いといくつも入ったり、お店の人に話しかけたりしてイメージを固めました。
地理的な理由がある人(近所である・動線上に店がある)がほとんどだろうな、と考えてます。
高杉くんは時々風谷先生に会えるから、とちょっとイレギュラーな理由カモです。
名古屋でも若い人はコーヒーチェーンでお茶をする、というパターンが多くなって来てると思います。それでも若い店主さんが開店する個人経営のカフェもポツポツ見かけますし、若いお客さんも気に入ったら地域の人も通います。経営者と客の高齢化という切り口では喫茶店は一概に語れないと思います。
常連で賑わう「喫茶しゅろ」。『高杉さん家(ち)のおべんとう』に登場する高杉や風谷先生も常連。
散歩は好きです。
観光地ももちろん楽しいのですが、何でもない住宅街を歩くのも好きです。
そこで生活している人ってどんな人なんだろうとか、どんな風にこの道は出来たんだろうとか、あれこれ考えるのが好きです。
慣れ親しんだ近所を歩くのも好きです。植木に花が咲いていたり、掃除を跡が見えたり、小さな変化を見つけるのも楽しいです。
私は方向音痴なので、地図を後で見てこの辺りを歩いたんだなと書き込んだりはします。
案外、道って決まった道ばかり通っていて、近所でさえ通った事ない道があったりします。地図に書き込むとそんな所もわかったりします。
原風景地図は昔人文地理の先生にサンプルで描かされました(笑)。
自分が覚えている風景が空間の位置関係として整理されてなかなか新鮮でした。これはおもしろいので皆さんんもやってみてください。
自分が記憶している原風景を地図化する原風景地図。この地図の作者はどんな人だろうか…。
かりんちゃんは最初に設定を考えた通りです。
感覚で行動するかりんちゃんに対してきちんと物を整理ができる存在が必要だな、妹のくるみちゃんが生まれました。ただし、かわいいお姉ちゃん子でないといけないので、人付き合いが苦手な子にしよう、と。
かりんちゃんは、ある種、恵まれた環境なので、正反対の背景を持った存在が必要だなと思いました。そこで理央ちゃんを据えた次第です。
まさにその三題話で考えます。
まずは、歩いてみたい場所・出したい場所を決めた後、持ち越しているキャラクターの課題のどれに取り組ませようかなと考えて、出来事を決める、という順番です。
『高杉さん家(ち)のおべんとう』から『かりん歩』へ
学生時代、研究室にアルバイトに行ったご縁で、漫画描きになった後、人文地理の先生の本イラストを描くお仕事をいただきました。またそのご縁で地理関係の学会や会合に顔を出したりする機会に恵まれ、いろいろな先生方のお話を伺ったりお考えに接したりできました。
「高杉さん」を描いたのはその後なので、温巳が人文地理の学者さんという設定はとても自然な流れでした。
先生方のお話を聞くとあまりにも守備範囲が広くて「それ、歴史学じゃないの?」「それ、経済学じゃないの?」「それ、生物学じゃないの?」と思う事ばかりで。
「で、じゃあ地理って何?」からはじまりました。
今は、いろんな分野の研究を基礎として、場所を基本に事象の関係性の解明に目を向ける学問なのかなあと思っています。間違ってたらごめんなさい。
ぶっちゃけ、何でもアリなんだな、と(笑)。
そういう興味で物事を捉えている研究者の方々はたいてい個性的でおもしろいというのも魅力的でした。
たぶんそれが自分的にも一番難しくて一番深淵なテーマだからだと思います。 分かった分だけ分からない事が発生するから世界の半分はいつも謎、とどこかで読んだ事があります。本当にその通りだと思います。
やはり主人公の温巳が一番印象深いです。
口ばっかりで頭の中でだけぐるぐるしていた子が、自分で動くようになってくれました。
そしてそれをはじめたのが30歳すぎてからというのも気に入っています。
自分も「知識を仕入れるだけじゃダメ」と身に染みたのがその辺りだったような気がします。
『かりん歩』に登場する温巳。前作にくらべて落ち着きがあるように見えるが……?
「かりん歩」が「高杉さん」と地続きの舞台なので、単行本描き下ろしの短編ではそっち中心にエピソードを選んで行けたらいいな、と思います。私もその辺りは気になっているので(笑)
人が共に生きていく形に定形はないと思います。共に生きていく集団を「家族」と呼ぶのが一番わかりやすいので、家族と銘打って色々放り込んでいるだけのような気がします…。
「高杉さん」の時もぼんやりとは考えていましたが、ああなるとは最初は思っていませんでした。 日常を扱う漫画は、丁寧に日常を積み上げていけば、キャラクターが結論を選びとってくれるんだなと勉強になりました。 市井姉妹もぼんやりとはありますが、無理強いせず彼女たちに任せて行こうと思っています。 どうか見守っていただけるととてもうれしいです。
柳原望(やなはら・のぞみ)
1991年「白泉社LaLaDx」でデビュー。以降、「一清&千沙姫シリーズ」『とりかえ風花伝』『理不尽のみかた』ほか多くの作品を発表。2016年より「コミックフラッパー」にて『かりん歩』を連載中。
©柳原望/KADOKAWA