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歩いて見て知る 自分と周りのこと『かりん歩』特集 柳原望インタビュー

誰かのことを知りたいと思った時、壁にぶち当たった時、どんな解決法が選びますか?『かりん歩』の主人公・市井かりんは歩きます。歩いて、見て、考えて…かりんはどんな答えを見つけるのでしょうか?『高杉さん家(ち)のおべんとう』に続く【地理学】×【日常あれこれ】ストーリー。

『高杉さん家(ち)のおべんとう』から『かりん歩』へ…
柳原望メールインタビュー

前作『高杉さん家(ち)のおべんとう』と地続きの世界観で描かれる『かりん歩』はどのようにして生まれたのか? 誕生の秘密とともに、2作に共通するテーマである【地理学】や『高杉さん家(ち)のおべんとう』の気になるその後を伺った。

「かりん歩」の誕生

「かりん歩」1巻のあとがきに「女の子がわきゃわきゃするお話を作りたかった」と書かれていますが、そこからスタートして、【妹好きの姉】【はじめての喫茶店経営】【地図と散歩】など様々な要素はどのような順番で生まれてきたのでしょうか。

最初、女の子たちが地理のツールを使って日常のあれやこれやを納得・解決して行く話をイメージしました。舞台はもちろん慣れ親しんだ地元名古屋。名古屋で人が集まる場所といえば喫茶店。
主人公は才能の開花とか切磋琢磨とか出世とか、そういう世間的に評価されることと絶対に無縁なことに血道を上げている子がいいな、と思いました。そこから妹が好きすぎる姉という設定になりました。

市井かりんは度を越した妹好きである

市井かりんは度を越した妹好きである

「喫茶しゅろ」は名古屋市覚王山駅周辺にある喫茶店ですが、覚王山駅周辺を選ばれたのはなぜでしょうか。

名古屋の中心部の際(きわ)があの辺りと思ったからです。真ん中だと見えないことが縁(ふち)からは見えます。
地形的にもあの辺りから丘陵地帯となります。
そして、地元の神社に縁のある祠が日泰寺の横にひっそりあったのを見つけて、何かご縁があるなと思い決めました。

覚王山周辺が名古屋氏の周縁となっているというお話はとても興味深いですね。覚王山にはどのくらい取材にいかれたのでしょうか。
また、取材はどのようにされるのですか。きまったチェックリストがあるのでしょうか?

通うことは現在進行形です。覚王山祭りや縁日や日によって表情が違うので、これからも通いたいと思っています。
取材といっても、話が決まって必要なものが決まれば、その写真を撮ったり対象の方に話を聞いたりします。
そうでない時は散歩です。目に入ったワクワクするもの不思議に思ったものを頭に刻みます。なるべくお店の人に話しかけてみたりもします。
決まった項目はありません。

参道を歩いているのは『高杉さん家(ち)のおべんとう』にも登場する香山先生。

「喫茶しゅろ」は覚王山のすぐ近くにある。参道を歩いているのは『高杉さん家(ち)のおべんとう』にも登場する香山先生。

『かりん歩』1巻のあとがきで、「名古屋の人間にとって喫茶店がコミュニティの中心である」と書かれていますが、喫茶店を舞台にしようと思われたのはなぜでしょうか。

イギリスのパブが地域の居間みたいな存在だと知った時、我が地元の喫茶店みたいな存在かな、と思いました。 家族以外の人間が居間にいるような感覚で交流出来る場所っていいなと思いました。

「喫茶しゅろ」は常連が多い伝統的な喫茶店として描かれていますが、モデルのお店はあるのでしょうか。

自分自身は行きつけの喫茶店を持たずに育ちました。
友人に聞いたり、今まで外から眺めてただけの「常連さんでいつもいっぱい」な喫茶店をこれ幸いといくつも入ったり、お店の人に話しかけたりしてイメージを固めました。

喫茶店が地域の居間のような存在ということですが、その居間にいる住人=常連客はどのように考えられたのでしょうか。また、お客も経営者も高齢化しつつある問題は、やはり名古屋の喫茶店が全体が抱えている問題なのでしょうか

地理的な理由がある人(近所である・動線上に店がある)がほとんどだろうな、と考えてます。
高杉くんは時々風谷先生に会えるから、とちょっとイレギュラーな理由カモです。
名古屋でも若い人はコーヒーチェーンでお茶をする、というパターンが多くなって来てると思います。それでも若い店主さんが開店する個人経営のカフェもポツポツ見かけますし、若いお客さんも気に入ったら地域の人も通います。経営者と客の高齢化という切り口では喫茶店は一概に語れないと思います。

『高杉さん家(ち)のおべんとう』に登場する高杉や風谷先生も常連。

常連で賑わう「喫茶しゅろ」。『高杉さん家(ち)のおべんとう』に登場する高杉や風谷先生も常連。

『高杉さん家(ち)のおべんとう』ではおべんとう、「かりん歩」では地図・散歩が重要なテーマとなっていますが、ご自身で散歩をしたりや地図を作成されたりするのでしょうか? 特に原風景地図は、ご自身でも描かれたのでしょうか

散歩は好きです。
観光地ももちろん楽しいのですが、何でもない住宅街を歩くのも好きです。
そこで生活している人ってどんな人なんだろうとか、どんな風にこの道は出来たんだろうとか、あれこれ考えるのが好きです。
慣れ親しんだ近所を歩くのも好きです。植木に花が咲いていたり、掃除を跡が見えたり、小さな変化を見つけるのも楽しいです。
私は方向音痴なので、地図を後で見てこの辺りを歩いたんだなと書き込んだりはします。
案外、道って決まった道ばかり通っていて、近所でさえ通った事ない道があったりします。地図に書き込むとそんな所もわかったりします。

原風景地図は昔人文地理の先生にサンプルで描かされました(笑)。
自分が覚えている風景が空間の位置関係として整理されてなかなか新鮮でした。これはおもしろいので皆さんんもやってみてください。

自分が記憶している原風景を地図化する原風景地図。

自分が記憶している原風景を地図化する原風景地図。この地図の作者はどんな人だろうか…。

『かりん歩』の中心人物である、市井かりん、市井くるみ、石居理央の3人は、それぞれに課題を抱えたキャラクターですが、彼女たちはどのように生まれたのでしょうか。

かりんちゃんは最初に設定を考えた通りです。
感覚で行動するかりんちゃんに対してきちんと物を整理ができる存在が必要だな、妹のくるみちゃんが生まれました。ただし、かわいいお姉ちゃん子でないといけないので、人付き合いが苦手な子にしよう、と。
かりんちゃんは、ある種、恵まれた環境なので、正反対の背景を持った存在が必要だなと思いました。そこで理央ちゃんを据えた次第です。

『かりん歩』の各エピソードには、【キャラクターの問題】【喫茶店の問題】【地理学的方法論】といった要素が絡み合って構成されているように感じますが、各話を考えるときにどのようにされているのでしょうか。

まさにその三題話で考えます。
まずは、歩いてみたい場所・出したい場所を決めた後、持ち越しているキャラクターの課題のどれに取り組ませようかなと考えて、出来事を決める、という順番です。

『高杉さん家(ち)のおべんとう』から『かりん歩』へ

『かりん歩』と『高杉さん家(ち)のおべんとう』は、登場人物や舞台がつながっているだけでなく、【人文地理学】という要素でつながっていると感じます。そもそも「高杉さん家のおべんとう」の高杉温巳が人文地理学を学ぶキャラクターにされたのはなぜでしょうか。

学生時代、研究室にアルバイトに行ったご縁で、漫画描きになった後、人文地理の先生の本イラストを描くお仕事をいただきました。またそのご縁で地理関係の学会や会合に顔を出したりする機会に恵まれ、いろいろな先生方のお話を伺ったりお考えに接したりできました。
「高杉さん」を描いたのはその後なので、温巳が人文地理の学者さんという設定はとても自然な流れでした。

柳原望さんご自身は、地理学のどのような部分に惹かれているのでしょうか。また地理学に興味をもった経緯をお教えください。

先生方のお話を聞くとあまりにも守備範囲が広くて「それ、歴史学じゃないの?」「それ、経済学じゃないの?」「それ、生物学じゃないの?」と思う事ばかりで。
「で、じゃあ地理って何?」からはじまりました。
今は、いろんな分野の研究を基礎として、場所を基本に事象の関係性の解明に目を向ける学問なのかなあと思っています。間違ってたらごめんなさい。
ぶっちゃけ、何でもアリなんだな、と(笑)。
そういう興味で物事を捉えている研究者の方々はたいてい個性的でおもしろいというのも魅力的でした。

『高杉さん家(ち)のおべんとう』と『かりん歩』には「相手を知る、共感する」というテーマが通底していると感じました。両作品にも、コミュニケーションに悩むキャラクターが登場しますが、それは何故でしょうか。

たぶんそれが自分的にも一番難しくて一番深淵なテーマだからだと思います。 分かった分だけ分からない事が発生するから世界の半分はいつも謎、とどこかで読んだ事があります。本当にその通りだと思います。

『高杉さん家(ち)のおべんとう』の作中では6年の月日が経過し、登場キャラクターたちも様々に成長していったと感じております。たくさんのキャラクターの中で、特に印象深いのは誰でしょうか。理由とあわせてお教えください。

やはり主人公の温巳が一番印象深いです。
口ばっかりで頭の中でだけぐるぐるしていた子が、自分で動くようになってくれました。
そしてそれをはじめたのが30歳すぎてからというのも気に入っています。
自分も「知識を仕入れるだけじゃダメ」と身に染みたのがその辺りだったような気がします。

『かりん歩』に登場する温巳。

『かりん歩』に登場する温巳。前作にくらべて落ち着きがあるように見えるが……?

家族として構築されていたハルと久留里の関係が、どのような過程を経て夫婦の関係に変化していくのか、とても興味がありますが、そのあたりを描かれる予定はあるのでしょうか?

「かりん歩」が「高杉さん」と地続きの舞台なので、単行本描き下ろしの短編ではそっち中心にエピソードを選んで行けたらいいな、と思います。私もその辺りは気になっているので(笑)

『かりん歩』『高杉さん家(ち)のおべんとう』にはたくさんの家族の形が描かれています。多様な【家族】を描かれる理由をお教えいただけないでしょうか

人が共に生きていく形に定形はないと思います。共に生きていく集団を「家族」と呼ぶのが一番わかりやすいので、家族と銘打って色々放り込んでいるだけのような気がします…。

『かりん歩』の市井姉妹たちが、どのように成長してエンディングを向かえるのか、既にお考えになっていたりするのでしょうか。

「高杉さん」の時もぼんやりとは考えていましたが、ああなるとは最初は思っていませんでした。 日常を扱う漫画は、丁寧に日常を積み上げていけば、キャラクターが結論を選びとってくれるんだなと勉強になりました。 市井姉妹もぼんやりとはありますが、無理強いせず彼女たちに任せて行こうと思っています。 どうか見守っていただけるととてもうれしいです。

柳原望(やなはら・のぞみ)

1991年「白泉社LaLaDx」でデビュー。以降、「一清&千沙姫シリーズ」『とりかえ風花伝』『理不尽のみかた』ほか多くの作品を発表。2016年より「コミックフラッパー」にて『かりん歩』を連載中。

かりん歩 1
かりん歩
忙しい両親に代わって、幼い頃から妹・くるみの世話をしてきた姉の市井・かりんは、妹の手がかからなくなると同時に自分のすべきことを見失ってしまう。さらに、喫茶店のマスターでもある理解者の祖父が倒れ…!?
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高杉さん家(ち)のおべんとう (1)
高杉さん家(ち)のおべんとう
オーバードクターの温巳は、従妹で12歳の美少女、久留里を引き取る事になった。何事にも遠慮がちで自分を他人に開かない久留里と、何事にも要領の悪い温巳。ふたりは共同生活の中で、おべんとうを通じて心を通わせていく。バリエーション豊かなおべんとうのレシピと、不器用な30男と12歳少女と彼らを取り巻く人々のちょっとラブありコメディ!
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©柳原望/KADOKAWA

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