編集者の意地と執念が生み出した新雑誌
「ヤングキング」の創刊はまんが編集者として、サラリーマンとして岐路に立っていた現・少年画報社社長、戸田利吉郎氏の、まんが編集者としての意地と執念が生み出した雑誌といっても過言ではありません。「それまで世話になってきていた印刷所や写植などを行ってくれた方々に止められて会社を辞めるのを踏みとどまったけれど、あのときは本気で辞めるつもりだった」と『原点~少年画報社創業70周年記念読本~』取材時に、当時を振り返ってくれました。外部の編集プロダクションの協力を仰いでいたとはいえ、創刊スタッフはなんと戸田編集長一人だけ。一匹狼といえば聞こえはいいかもしれませんが、社内に協力者がいないばかりか逆風のなかでの船出は戸田氏にとっても堪える出来事だったと思われます。けれども、まんがの神様はそんな戸田氏だからこそ見放さず、救世主を託します。田中宏という新たな才能との邂逅は、「ヤングキング」を軌道に乗せただけではなく、読者にとっても、いままで知らないまんがと出会う機会を得ることになります。「ギャグ路線で登場させた鼻提灯のキャラクターに、どう退場してもらうかはえらい苦労した」と当時のことを回想してくれた戸田氏の笑顔はいまでも記憶に残っています。そんな創刊時のマインドがいまでも脈々と受け継がれているからこそ、30年という節目を迎えることができたのではないかと思います。
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シニカルギャグを前面に押し出しながら、読者の想像の斜め上を行く
エクセル・サーガ
「ハ~イル イル・パラッツォ」という言葉に懐かしさを覚えるみなさんは、きっと35歳以上でしょう。1996年に連載開始した『エクセル・サーガ』は、「市街征服」を目的とする秘密結社アクロスと、市役所の市街安全保障局の対立を軸に描かれる、壮大かつローカルなSFコメディです。世界征服の前にまず地方都市(福岡と思われる)というテンションからおわかりのように、基本的には暴走系コメディなのですが、それだけで終わらないのです。裏にひそむ大きな謎の正体を、実に15年の歳月をかけ、伏線を回収して終わっているのです。気がついたら読者ももう三十路ですよ!
この「シニカルギャグという皮を被ったSF(ときどきエロ)」は、六道神士作品に通じる大きなテーマです。『Holy
Brownie』では二人の妖精(ブラウニー)が起こす様々な奇跡(18世紀に高級ダッチワイフを作るなど)が描かれています。一話完結のシニカルギャグ(+エロ)を基本とした本作も、次第に大きな謎に話が広がっていきます。 最新作『スーパー・カルテジアン・シアター』は、気が付くと初恋の人を模したロボットを操縦していた女子高生を描くドタバタSF(状況説明が非常に難しいので、是非読んで欲しいところ)ですが、この作品の登場人物も皆どこかイカれていて、シニカルなギャグも非常に面白い。でもきっと、それだけで終わることはないでしょう。物語終盤では壮大な伏線回収があるはず。六道神士作品にはそんな期待をしてしまうのです。
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美味しいおかずが全て揃った超豪華なお弁当
HELLSING
マンガが好きで平野耕太作品を嫌いな男子はいないのではないだろうか。大仰なセリフ回し、過剰なポージング、それらをこれでもかと読者に叩きつけてくる圧倒的にカッコいいキャラクターたち。そもそも設定からしてたまらない。
『HELLSING』では吸血鬼と吸血鬼ハンターにナチス残党、大英帝国が入り乱れ、『ドリフターズ』では島津豊久を主人公に、ジャンヌ・ダルクやハンニバル等、古今東西の英雄たちが異世界で暴れまわる。作者である平野耕太自身の「俺はこういうのが好きなんだ」という思いが伝わってくる、いわば中学生男子が好きなものを全部詰め込んだ超豪華なお弁当みたいなものだ。しかもそのお弁当の一品一品がハイクオリティ。そんなもの抗えるわけがない。
上に書いたような要素どれかひとつでも好き(もしくは好きだった)人にはぜひ一読をオススメする。
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自転車への思いが伝わってくる名作
並木橋通りアオバ自転車店
ふと注意してみると、街中を様々な自転車が走っているのに気が付きます。車道を走るロードバイクに、坂道を登る電動自転車、子供二人を乗せたママチャリ……。一言で自転車と言っても、その形や用途は様々。
1999年に連載を開始し、タイトルを変えながら今も連載が続く『並木橋通りアオバ自転車店』は、そんな多様な自転車とそれに乗る人との関係を描く自転車まんがです。
『並木橋通りアオバ自転車店』の主役となる自転車は、ライバルと戦いスピードの限界を追い求めるロードレーサーだけではありません。はじめて自転車に乗る子のために用意された子ども用自転車や、中年サラリーマンがはじめて手にするBTR(バイクトライアル用自転車)、うつむきがち自分を変えたい男が乗るリカンベントなどなど、ありふれたものから、形も用途も特殊なものまで、多種多様な自転車が登場します。
しかし、『並木橋通りアオバ自転車店』は魅力的な自転車を紹介するだけのまんがではありません。その自転車を手にすることで、一歩踏み出そうとする人たちが描かれるのです。読めば間違いなく自転車に乗りたくなりますし、既に乗っている人は初めて乗ったときの気持ちが蘇る、そんな自転車まんがなのです。
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大石まさる作品の生活感
タイニードライブ
大石まさる作品を、初期の『みずいろ』から『水惑星年代記』を経て最新作である『マーチャンダイス』や『タイニードライブ』まで読んでいくと、まず絵柄の変遷に驚きます。そして、描かれてきた舞台やテーマの幅広さにクラクラと目眩がしてくるのです。ご近所から火星、異世界地球まで、物語の変幻自在なスケールにあっても、作品に通底している変わらない、他の作品では味わえない【何か】があるような気がするのです。その【何か】は、いくつかあると思うのですが、まずは【生活感】ではないかと思います。
大石まさる作品は、例え『マーチャンダイス』のような舞台が火星だとしても、そこで生活する人とモノと世界が繋がって存在します。登場人物だけが存在しているのではなく、普段つかっている道具や着ているもの、生活する家やそこから見える景色、街中の張り紙まで、コマの端々に登場する全てが必然性にあふれていて、ここでないどこかの世界の生活感を感じさせてくれるのです。
そして、その世界で暮らすキャラクターたちに共通するのが【DIY】Do
It
yourselfの精神です。『りんりんD・I・Y』のような生活のちょっとした工夫から、『水惑星年代記』のように外宇宙を目指す壮大なプロジェクトまで、自分でなにかを作ろう、自分で遠くに行こう、という挑戦の気概にあふれています。それが、汗臭くならないのはキャラクターがみな【楽観的】だからです。挫折や困難にぶつかっても決して悲観しない。どうにかなるさと挑戦をつづける。それが【スラップスティック】な味わいを生んでいるのです。
今、連載中の『マーチャンダイス』にも、この【何か】は共通しています。舞台は未来の火星のシェアアパートで、そこに住む人々は、それぞれむちゃくちゃな事情を抱え、むちゃくちゃな事件を引き起こしていきます。緻密な描写から、まるで自分がマーチャンダイスの住人のような気持ちで、底抜けに前向きなスラップスティックを味わうことができます。その楽しさにハマれたらきっと他の作品を読んでみたくなるはずです。
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ヤンキーものから心がヒリつく物語へ
1988年の創刊以降『BADBOYS』『QP』『Hey!リキ』など、いわゆるヤンキーものが誌面をにぎわす一方で、『イケてる刑事』『愛DON’T恋』をはじめとした恋愛お色気コメディがもう一本の柱となっていました。まんがは時代を映す鏡と言われますが、現在の「ヤングキング」では『シマウマ』『外道の歌』に代表されるような表面的な痛さ以上に内面の痛さ、心を抉るような作品が掲載されています。その一方で『マンガで分かる心療内科』のような活字を読むだけではいまひとつわかりづらい世界をコミカライズした作品や『鬼門街』『高床式少女』のような、まんがの可能性を拡げるような作品が掲載されています。『KIPPO』『ドンケツ』『爆音列島』がこれまでの「ヤングキング」の伝統を受け継ぎ、『黒田芽衣子
~婚渇女子~』や『いたいお姉さんは好きですか?』など女子目線の作品も掲載されるようになり、ますまずバリエーションが生まれた「ヤングキング」。31年目以降の躍進にも期待が高まります。
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