【漫画家のまんなか。vol.31 ひうらさとる】部屋でひとり、漫画を読んでいる女の子のために——最新作で描く「美容とお金、そして、どう生きるか」
トップランナーのルーツと今に迫る「漫画家のまんなか。」シリーズ。
今回は『ホタルノヒカリ』『西園寺さんは家事をしない』のヒット作で知られる漫画家・ひうらさとる先生に、リモートでお話を伺いました。
恋愛よりも家でゴロゴロしたい“干物女”や、家事をしないヒロインなど、思わず「私のこと!?」と感じてしまうキャラクターを描き、多くの女性の心をつかんできたひうら先生。
そんなひうら先生の最新作『美男と金子』が「フィール・ヤング6月号」(祥伝社)で連載をスタートしました。最新作で描かれるテーマをはじめ、幼少期に影響を受けた漫画作品、40年にわたる創作活動の中で見えてきた変化、そして変わらないものなど、たっぷりとご紹介します。
プロフィール・ひうらさとる
1966年、大阪府生まれ。高校3年生の時、「なかよしデラックス」(講談社)に掲載された『あなたと朝まで』で漫画家デビュー。代表作に『ぽーきゅぱいん』『レピッシュ!』『東京BABYゲーム』『聖ラブサバイバーズ』、ドラマ化され話題を呼んだ『ホタルノヒカリ』『西園寺さんは家事をしない』などがある。2024年に漫画家生活40周年を迎え、2025年には「フィール・ヤング」(祥伝社)にて『美男と金子』の連載を開始。コミックス第1巻は2025年11月8日発売予定。
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ひうらさとる
『美男と金子』 -
ひうらさとる
『ホタルノヒカリ』 -
ひうらさとる
『西園寺さんは家事をしない』
「美容」と「お金」がテーマの新連載
新連載の『美男と金子』は、離婚したばかりの税理士・金子かさねと、年下で幼なじみの美容系インフルエンサー・美男を描いた物語で、2〜3年ほど前から温めていた企画です。この作品のテーマである美容とお金って、すごく似ていると思うんですよね。基礎がわかっていない不安がある一方で、ラクしてパッときれいになる方法やラクして儲かる方法があるはずだって、どこかで思っている。人によっては話しづらい話題でもあるじゃないですか。「そんなに必死なの?」って思われるんじゃないかとか……。そういう不安と欲望がない交ぜになっているところが、美容とお金には共通していて、構造的によく似ているなと思うんです。
私自身、美容やお金の運用の話が好きなんです。すごく詳しいわけではないけれど、周りの人とそういった話をしていると「それ漫画に描いてよ」ってよく言われていて。ただ編集者さんとは「お金の話ってあんまりウケないんだよね」とも話していたんです。そんな中、美容のプロでチャラチャラした男性と、お金のプロで堅い女性――その2人のコンビの絵が見えてきて、これだったら漫画になるかもしれないと感じました。
主人公の税理士・金子かさねは、最初はもう少し若い設定でしたが、20代、30代だと、まだライフプランに真剣にならないかなと考えて、40歳という年齢にしました。40歳ってまだまだ先がある年齢。でも「もう先がない」って、ちょっと焦り始める頃でもあると思うんですよね。2話・3話で描いているんですが、お金の話を突き詰めていくと、結局“どうやって生きていくのか”っていうライフプランに行き着きます。そのライフプランをもう諦めている女性(金子かさね)と、何も考えていない希望でいっぱいの男性(美男)という2人を考えました。
『美男と金子』©ひうらさとる/祥伝社 FEEL COMICS
キャッチーな言葉の奥にある、生き方のヒント
作品のテーマは、今作のように「それなんか面白いから漫画に描いてよ」と、友達に言われて決まることもあります。『西園寺さんは家事をしない』のときは、当初は家庭や結婚の形みたいな話を考えていて、そこから「家事って、どっちがするのかって問題あるよね」という話になり、「家事アプリ」というキーワードが出てきたりもしました。
キャッチーなキーワードやテーマがあると「なに?なに?」って本を手に取りやすくなるかなと思っていて、『美男と金子』では各話に「ライフプランとアイライン」「ミームコインとビニール肌」といったミニテーマをつけています。今後も「え、なんの話!?」みたいなキーワードをつけていこうかなと思っています(笑)。
今作ではファイナンシャルプランナーの楢戸ひかるさんに監修をお願いしています。毎月、担当編集さんと楢戸さんと私の3人で打ち合わせをして、間違いがないか見ていただくのはもちろん、「この方が伝わりやすい」「今こんなお金の悩みを取り上げるといいかも」といった話をしています。美容もお金も興味はあるけど、苦手意識がある人って多いと思うんですよね。NISAって聞くと「うわー」ってなっちゃうとか(笑)。漫画って読みやすい媒体なので、そういう恐怖心を少しずつ解いていけたらいいなと思います。
キャラの魅力、暗くならない展開……水島新司作品に学んだこと
小学校にあがる前から漫画は読んでいましたが、熱心に読むようになったのは小学校の高学年くらいからです。当時はみんな「週刊少年ジャンプ」「週刊少年サンデー」「週刊少年チャンピオン」を買っていて、うちには弟が2人いたので、弟が買ってきた雑誌を一緒に読んでいたと思います。特に好きだったのは、水島新司先生や石ノ森章太郎先生、松本零士先生の作品で、少年漫画やSF漫画をよく読んでいました。
なかでも水島新司先生には大きな影響を受けていると思います。キャラクターの一人ひとりがはっきりしているところとか、暗くならない展開とか、「引き」の強さとか、嫌な人が出てこないところもそうですね。私のペンネームも、水島先生の作品に登場するキャラクターが由来で、『野球狂の詩』の火浦健と、『ドカベン』の里中智から「ひうらさとる」とつけさせていただきました。最近、先生の作品を読み返してみたんですけど、やはり大きな影響を受けているなと思います。
物語に夢中にさせてくれる漫画の「引き」
少女漫画を読むようになったのは、その後です。中学生くらいから「りぼん」を読むようになりました。当時は「乙女チック」ブーム※で、陸奥A子先生、小椋冬美先生、高橋由佳利先生、萩岩睦美先生らが誌面で活躍されていた時期で、その頃から私も漫画の投稿を始めました。
※1970年代から1980年代にかけての少女向けのロマンチックな恋愛漫画のブーム
漫画に夢中になった一番の理由は、やっぱり“続きもの”だったことが大きいんじゃないかと思います。例えば、当時「なかよし」で連載していた『キャンディ・キャンディ』の続きが気になって、もう明日発売で続きが読めるとなったら、夜中に部屋でひとり大騒ぎしていたほど(笑)。それから、美内すずえ先生が描かれていたサスペンス作品もすごく好きでした。団地の階段で友達と一緒に漫画を読んでいたんですけど、ページをめくったら「わっ」って怖い絵が出てきて。美内先生もすごく引きが上手くていらっしゃるので、そういうところから漫画にどんどん夢中になっていった気がします。
そして、『ガラスの仮面』ですね。連載の毎号に引きがあるんですけど、コミックスでも最後に一番いい引きをもってくるんです。今も覚えているのは、「奇跡の人」のオーディションで、主人公の北島マヤと姫川亜弓が勝ち残るシーン。さまざまな演技を経て接戦になっているところで、急に火災報知器が鳴るんです。その時、周囲は驚いて立ち上がるけど、マヤと亜弓の2人は、耳が聞こえないヘレン・ケラー役なので立ち上がらない。そこで真っ暗になって……という展開で、今も忘れられません。
だからこそ私も、毎号の引きはもちろん、コミックスの最後の引きもすごく意識するようになりました。
男の子キャラの原型は、不良のテリィ
特に影響を受けたキャラクターは、『キャンディ・キャンディ』のテリィ(テリュース・G・グランチェスター)だと思います。キャンディは、アンソニーという王子様みたいなキャラクターに初恋をするんですが、その後に登場するのが、そんな王子様像を覆すような不良で、実は貴族の愛人の息子という影のあるキャラクターであるテリィ。
たぶん、私の描く男の子キャラって、ほぼテリィが原型なんです。なぜかわからないけど、木の上で寝てるんですよ(笑)。その絵がいいなと思って、自分の作品『東京BABYゲーム』でも、木の上で寝ている男の子を描いたことがあります。女優志望の主人公・東子に、高校生ながら敏腕プロデューサーの京市が、木の上から声をかけるシーンがあるんですが、「ああ、テリィの影響ってすごいな」と(笑)。京市もちょっと不良だけど、本当はいいところの息子で、バックボーンの部分もテリィの影響を受けていますね。
40周年の節目に見つけた、母の静かな応援
中学生で漫画の投稿を始めて、賞もいただいていましたが、本当にプロになろうと思ったのは高校1年生の終わりくらいです。美術系の高校に進学したので、周りはアートや音楽が好きなおしゃれな子ばかりで、だんだん「漫画ってちょっとダサいな」と思うようになり、しばらく描くのをやめていました。でも高校生活は楽しくて、「このまま働かずに生きていけたらいいな」と思っていたんですよ(笑)。ただ大学進学となると美大受験。課題がすごく大変で、「これが続くのは嫌だな」と感じたとき、「そういえば漫画が得意だったな」と思い出したんです。そこから絶対に1年でデビューすると決めました。
当時は高校生の漫画家デビューが流行っていたんですよね。そこで、高校生作家がまだあまりいない雑誌で、絵柄がかぶらなくて、コンスタントに新人の作品が載っている「なかよし」を目指して投稿するようになりました。4作目くらいで、参考作品という形で掲載されたので、これでデビューしたことにしようと思って、先生に「進学も就職もしません」と宣言しました。
母は、漫画家になることについて別に何も言わなかったんですけど、試験前の夜に漫画を描いていると、「寝ろ」って電気を消され、押し入れで描いたことも(笑)。職業としてあまり認めてくれていなくて、水ものの商売と言われて、ムカついたこともありました。でも昨年、40周年を迎えて倉庫を整理したら、母が私の作品を全部まとめてくれていたんですよ。「刷り出し(すりだし)」という、作品ごとに雑誌を切り抜いたサンプルが出版社から届くんですけど、それを母が本にまとめてくれていて、昔のノートも全部とってありました。たぶん「頑張れ」って思ってくれていたんだろうなって、今となってはすごく感謝しています。
嫉妬や焦りも経験した、紆余曲折の30代
30代の頃は、多い時で3本ほど連載を掛け持ちしていました。『東京BABYゲーム』という長い連載が終わったあとに、毎月読み切り作品を描くシリーズ企画が始まって、ページ数も16ページだったり、80ページだったりとバラバラ。他の連載作品もちょっと切羽詰まってきたところで、100ページの読み切りを描くことになったんです。ところが、あと2日でアシスタントさんが来るのに、ネームがまったくできていない状況で、しかも引っ越したばかりで、部屋には何もない……「え、どうしよう」と思って(笑)。朝になっても全然思いつかなくて、マンションのベランダで「ここから落ちたら死ぬなぁ」とぼんやり考えたりして、しばらくして冷静になったら「怖っ」と思ったんですけど。そこまで追い詰められたら逆に吹っ切れて、ネームは一気にできあがりました。
18歳でデビューしたので、30歳くらいになるとキャリアも10年以上。あまり人と比べるタイプではなかったんですが、同期には武内直子ちゃんがいて、ちょっと下には安野モヨコちゃん、吉住渉さんとも仲が良くて、そういう人たちと一緒にいると、「そろそろちゃんとした代表作とか、ヒット作がないとやばいな」と焦るようになっていました。
そこで、「いっぱい描けば、火事場の馬鹿力みたいなものが出て、ひとつ山が越えられるんじゃないか」と思ったんです。でも、いざやってみると絵が荒れるだけ。これはあまりよくないなと思い、量産していたところから意識的に連載を絞るようにしました。絵もデッサンも直して、いろいろ試したんですけど、1つの作品に集中したら集中したで、一人の子どもをずっと見ているような感覚になり、子育てに行き詰まる人みたいになってしまって。30代には、そういう紆余曲折がありました。
初めて自分らしいものが描けた『ホタルノヒカリ』
そんなときに漫画雑誌「Kiss」(講談社)から、「同居ものを描きませんか?」という企画が来て、そこから考えて生まれたのが『ホタルノヒカリ』でした。ドラマ化もされて、有名になって、ヒットしてよかったなと思うんですが、私にとっては、いろいろ紆余曲折して経験したものが全部『ホタルノヒカリ』に集約されているなと思うんですよね。私にしかわからないかもしれませんが、苦労したことや、ダメだったことがちゃんと生かされているなって。初めて肩の力が入っていない、自分らしいものが描けたので、それが自分にとっては一番よかったことだと思います。
仕事でも私生活でも、30代ってすごく焦るじゃないですか。完全に上ではないけど、後輩もいるし、もう甘えてもいられない。私生活でも、結婚しなきゃいけないのかとか、子どもを生まなきゃいけないのか、とか……。人に嫉妬したり、努力の仕方もいっぱい間違えたりしたんですけど、だからこそ人の気持ちがよくわかるようになったのかなと思うんです。心理描写とか、深いところが描けるようになったなって。私は会社勤めをしたことはないですが、ひっかかるところはみんな同じだと思うんですよね。
20歳ぐらいで東京に出てきて、港区や渋谷区など、東京のど真ん中に住んで、夜中に誰かに呼び出されたらすぐに飲みに行くような生活を送っていて……、でもそういう生活に疲れちゃって、『ホタルノヒカリ』を描く少し前に、杉並区の高井戸に引っ越したんです。友達が住んでいる平屋の家によく遊びに行くようになって、猫が塀の上を横切っていくのを「なんかいいなぁ」って眺めながら過ごしていた時間が、わりと『ホタルノヒカリ』で、蛍と部長が住む家や縁側のイメージになっていると思います。私自身は、雨宮蛍が一番自分に似ているかなと思いますね。家事もしないんですけど、西園寺さんみたいに真面目じゃないので。蛍のあの部長をなめくさってる感じが、すごく私に似てるんです(笑)。
『ホタルノヒカリ』©ひうらさとる
誰かの「来月まで生きよう」の理由になれるなら
デビューした雑誌が幼年誌の「なかよし」だったので、読んでいる子はほぼ小学生。その時によく担当編集さんと話していたことがあります。小学生の頃って幼すぎることもあって、「お母さんに怒られた、もう嫌だ」「学校行きたくない」「もう死んじゃいたい」とかすぐに思っちゃうじゃないですか。そういうときに、「この漫画の続きが気になるから、とりあえず来月まで生きよう」って思える……そんな「引き」にしようねっていうことをよく話していました。それがわりと今も心に残っていて、何百人っていう人を救いたいとかじゃなくて、「家でひとり、漫画を読んでいる女の子がほっとすればいいな」って。
大きなマスに向けて作品をつくるんじゃなくて、誰かひとり、こんな女の子っていうのを想定したら、すごく描きやすいよって編集さんにも言われていましたね。『ホタルノヒカリ』のときも、みんなこうだよねって描いたわけではなく、「私自身がこうなんです」っていうことを描いたら、なぜかみんなが「私のことだ」「私のことを描いてくれてありがとう」って言ってくれたんです。だからやっぱり、そういうふうに漫画を描いていくのがいいなと思っています。
最新作の『美男と金子』も、美容とお金の話ではあるんですけど、本当は「生き方」や「どこまで許し合えるのか」ということがテーマでもあります。「これからの人生、自分がどんな風になりたいか」ということを、ちょっと面白おかしく描いていますので、美男と金子の2人の関係を追いかけながら、物語を楽しんでほしいと思います。
11月にコミックス第1巻が発売される予定ですが、初めて祥伝社さんから出すコミックスということで、すごく嬉しいです。電子書籍サイトebookjapanでも読めますので、ぜひ読んでみてください!
取材・文=白石さやか






