【推しマンガ】世界は終わってもバイク旅は終わらない。廃墟をめぐる『終末ツーリング』の面白さ。
日本列島津々浦々、ツーリングの名所を走る1台のオフロードバイク。箱根で富士山を眺め、横浜ベイブリッジで釣りをして、有明の東京ビッグサイトへ向かいます。
二人の少女がタンデムでバイク旅を楽しんでいるように見えますが、周囲の景観はなぜかひどく荒れ果てていて――。
誰もいない終末世界を、少女二人がセローでトコトコ駆け回る、異色のツーリングコミックが開幕! 2025(令和7)年10月、テレビアニメの放送が決定した注目作の魅力を紹介します。
終末世界が舞台のツーリングコミック
かつて「週刊少年ジャンプ」(集英社)の月例新人マンガ賞として募集されていたホップ☆ステップ賞は、多くの才能を輩出したことで知られています。さいとー栄先生は、斉藤栄名義で描いた『MY REVOLUTION』で同賞佳作を受賞。「週刊少年ジャンプ」作家のアシスタントを経てデビューしました。
メカニックと可愛い女の子の描写で、定評があるさいとー先生。トネ・コーケン先生による人気ライトノベル『スーパーカブ』のコミカライズ作品である『スーパーカブRei』で、作画を担当。ホンダ スーパーカブと出会った少女・礼子の成長物語を生き生きと描き、人気を集めました。
『終末ツーリング』は、「電撃マオウ」(KADOKAWA)で2020(令和2)年に連載スタート。少女二人を主人公とするツーリングマンガですが、終末世界を舞台にした異色の設定で大きな話題を呼んでいます。2025(令和7)年秋、テレビアニメの放送も決定し、今一番注目を集めているバイクマンガと言っても過言ではないでしょう。
『終末ツーリング』©Saito Sakae(1巻 P008_009より)
日本列島が空前のバイクブームに沸いた1980年代、バイクマンガも隆盛期を迎えています。『バリバリ伝説』(しげの秀一先生)、『ふたり鷹』(新谷かおる先生)では、グランプリや耐久レースの駆け引きが描かれました。『風を抜け!』(村上もとか先生)では、モトクロスの世界が描かれるなど、オートバイ競技のマンガ化が相次いだのです。
一方、『湘南爆走族』(吉田聡先生)などの作品は、バイクに青春をかける暴走族が主役です。『キリン』(東本昌平先生)には、スピードとライディングテクニックを追求するライダーが登場しました。以後、バイクマンガは様々な形態に進化を遂げ、近年では『ばくおん!!』(おりもとみまな先生)などバイクライフをクローズアップする作品も増えています。
『終末ツーリング』はタイトルの通りツーリングがテーマですが、近未来を舞台としています。バイクを操縦するヨーコと、後部席のアイリ。主人公の少女二人が愛車のヤマハ セロー225で訪れたのは、関東屈指のツーリングスポット・箱根でした。しかし、私たちが知っている箱根とはどこか違うようなのです……。
ヤマハ セロー225改で走る未来の箱根
ヨーコとアイリがタンデムで乗るセロー225は、1985(昭和60)年にヤマハが発売したオフロードタイプのオートバイ。足つきの良さが魅力で、オフロード車として山道の走破性に優れているのはもちろん、街乗りからツーリングまでこなす汎用性の高いモデルとして人気を博しました。
ただし二人が乗るのは普通のセローではなく、改造によりEV化された1台です。本作の舞台は、化石燃料の入手が困難となった未来世界。二人は太陽光パネルを携帯し、充電しながら旅を続けているのです。
箱根ターンパイクは、ツーリングを楽しむライダーには人気のルート。標高差約1000ⅿを駆け登ると、終点の大観山展望台からは富士山をはじめとする絶景を楽しむことができるのです。ヨーコとアイリは展望台に着くと、付近にあるレストハウスに入店します。ところが店内は、天井や内壁がはがれ落ちて廃墟と化していたのです。
『終末ツーリング』©Saito Sakae(1巻 P017より)
レストハウスにいたのは、人間ではなく猪や鳥などの野生生物たち。どうやらこの店には、何らかの理由で人が訪れなくなってしまったようです。ヨーコとアイリはお腹を空かせていましたが、食料を見つけることはできませんでした。
二人はレストハウスの屋外に、ある物を見つけます。それは乗り捨てられた機動戦闘車。著者は、ヨーコとアイリが旅先で出会う兵器の残骸を描くことで、終末世界の様相を伝えています。読者は、何か軍事的な対立が起きたこと、武力衝突により街や道路が破壊されてしまったことを少しずつ理解するのです。
アイリが注目したのは、機動戦闘車のそばに残された補給用トラック。レーション(戦闘糧食)を見つけた二人は、富士の雄大な景色を前に食事を楽しみます。
少しずつ明かされる終末世界の実態
レーションで腹を満たしたヨーコは、おもむろにスマートフォンを取り出します。ひび割れたスクリーンに映し出されたのは、何者かがSNSに投稿したツーリングの写真。そこにはバイクに跨り、富士山に臨む女性が写っていました。
「ここで撮ったんだよ」。ヨーコは、スマートフォンに映し出された画像と、目の前の風景が一致したことを喜びます。そして、写真の女性を「お姉ちゃん」と親しみを込めて呼ぶのです。
「――シェルターから出なかったら こんな景色一生見られなかったな…」と言って、ヨーコは絶景を満喫します。富士山を前に、記念写真を撮ろうとするヨーコとアイリ。そんな二人を、陰からじっと見つめる者がいました。
『終末ツーリング』©Saito Sakae(1巻 P022_023より)
それは、さきほど二人が見つけた機動戦闘車。センサーで人間の存在を感じ取り、動き始めたのです。
「大気中 ノ放射線 量 ハ…SμSv/h」「非常ニキケンで ス」。 壊れた車両が暴走を始めます。操縦する人がいなくなっても、この車両の中では戦闘が終わっていなかったのです。
一人戦う悲しき機動戦闘車。アイリは右手に仕込まれた強力なプラズマ砲で、車両にとどめの一撃を放ちます。アイリが、フツーの少女ではないことを示唆する描写です。著者は世界に訪れた壊滅的な事態を説明することはありません。少女二人の目に映った出来事をつぶさに描くことで、読者に何が起きたのかを想像させているのです。
ホンモノの絶景を求めるツーリング
読者は物語の進行とともに、ヨーコとアイリがシェルターで育ったことを知ります。「お姉ちゃん」と呼ばれる女性から送られるツーリングの写真によって、二人は外界の情報を得てきたのです。
「――いつか」「行ってみたいな 外の世界――」。外界に強い憧れを抱いていた二人は、シェルターを出る夢を叶え、ホンモノの絶景を見るべくツーリング旅に出発しました。
二人が旅先で目にする景色は廃墟となってもなお、まばゆい光を放っています。私たちのありふれた日常が、いかに美しいかを感じさせてくれるのです。青空の下、二人のツーリングは続きます。あなたも一緒に、終末世界のバイク旅を楽しんでみませんか。
取材・文・写真=メモリーバンク 柿原麻美 *文中一部敬称略






