※当時の内容をそのまま掲載してます。
●『サンダーボルト』はツイッターの「ガンダム祭り」から生まれた!?
――『機動戦士ガンダム サンダーボルト』(以下『サンダーボルト』)のアニメが6月25日に劇場公開します。そのニュースが発表になった際、作者の太田垣康男先生がツイッターで、ブックデザイナーの関善之さんと「我々の『ガンダム祭り』がここまできた」といったやりとりをされていましたが…?
待永 『サンダーボルト』の企画が起ち上がる1年ちょっと前の2010年の年末に、ツイッター上で漫画家の先生方や関係者の方が『機動戦士ガンダム』(以下『ガンダム』)のモビルスーツやキャラクターを趣味で描いてアップする、といったブームがあったんです。そのきっかけとなったのがボラーレの関善之さん(デザイナー)のイラストで、一番気合が入っていたのが太田垣先生のイラストだったんです。
――デザイナーの関さんというと、ドラマ『重版出来』に登場した装丁家・野呂のモデルといわれる、著名なブックデザイナーですね。
待永 関さんには『サンダーボルト』の単行本の装丁も担当していただいています。太田垣先生とはだいたい同世代なので『ガンダム』体験も共有されていて、デザイン的なことに関しても「あ・うんの呼吸」でスイスイ進めてくださいます。
――太田垣先生の絵はそんなに気合が入っていたんですか?
待永 僕も担当として「息抜きにしては、気合が入りすぎじゃないですか(笑)」といったやり取りをしていました。だいたい1枚を2時間くらいで描かれていたそうですが、さすがに太田垣先生のイラストはクオリティが非常に高くて、話題になりましたね。
――その「ガンダム祭り」が、『サンダーボルト』につながったと。
待永
それとは全く別に、小学館の中で『ガンダム』の漫画が描ける漫画家さんはいないか、という話がありまして、当時、「ビッグコミックスペリオール」(以下「スペリオール」)で宇宙開発をテーマにした『MOONLIGHT
MILE(ムーンライト・マイル)』を連載していた太田垣先生はどうか、となったらしく、それで、担当の僕に「太田垣先生って、ガンダム好きかな?」という「探り」が入ったんです。
「好きも何も、これを見てください」と、太田垣先生の描いたイラストを見せたら、「じゃあ、『ガンダム』の読み切りとか、描いてくれたりするかな?」と。
内心(絶対にこの話は受けられるだろうな)と思って話したところ、「やります」と即答でした。
ただ太田垣先生は『MOONLIGHT
MILE』の連載中でしたので、読み切りということでお願いしたのですが、「読み切りでは、1アクションしか描けないので、単行本1冊分くらいは連載して、『MOONLIGHT
MILE』を休載していいのであれば描きます」と。
――単行本1冊くらいの予定だったんですね。
待永 そういう条件で連載を始めたのですが、今も続いているという。
――6月24日発売の最新刊で第8巻を数え、単行本はシリーズ累計200万部の大ヒットを記録していますね。
●これは一本の漫画にかける熱量ではない!
――太田垣先生の意気込みもすごかったんでしょうね。
待永 それはもう気合が入っていましたね。当初は単行本1巻分という話でしたが、『サンダーボルト』の連載前に3ヶ月ほど、準備期間を取られています。
――お休みを取られたわけですね。
待永 ところが、全く休んでいないんです。プロットを練りながら、ご自身でライトウェーブという3DCGのソフトを一から勉強されてマスターし、デザイン画も描き起こして。単行本1巻の漫画を創る熱量にしては、過剰とも言える入れ込み、準備をされていたんですね。
――それで構想も膨らんで……。
待永 私見では、アニメのスタッフさんが何人かでやるプロジェクトを、一人でやってしまったという感覚ですね。おそらく、『ガンダム』が描けるという楽しさで、膨大な準備を乗り切ってしまわれたんだと思うんです。もちろん、作家さんによっては10年くらい取材される方もいらっしゃいますので、準備期間として”長い”ということではないのですが。
――そうやって準備に時間をかけられただけあって、サンダーボルトに登場するモビルスーツは魅力的ですね。
待永
モビルスーツなどのメカニックのイメージは独自のものをお持ちだったと思うんですが、加えて前作で宇宙開発を描かれていましたので、モビルスーツの関節部分にカバーがついているとか、作業用のサブアームがあるとか、姿勢制御のためのスラスターの数が増えているとか、そういうリアリティは、『MOONLIGHT
MILE』での経験や研究が、いい形でフィードバックされていると思います。
『MOOLIGHT
MILE』も最後まで構想はできているそうです。10年近く続いているこの作品を中断することになり、読者の方には申し訳ないのですが、再開する時には、『サンダーボルト』の経験もいい形で『MOONLIGHT
MILE』にもフィードバックしたい、という気持ちをお持ちなんだと思います。
――『サンダーボルト』は、画風も少し変わったようですね。
待永
描き方が変わられましたね。元々デジタルは使っていましたが、『サンダーボルト』からはフルデジタルになり、3巻までは完全に原稿を一人で描かれていました。
絵柄も極力スクリーントーンを使わず、コントラストの強めの絵になり、コマ割りの構成も、『MOONLIGHT
MILE』とは明らかに違うんですよ。
『サンダーボルト』の開始は、太田垣先生にとって、新しいことを始めたり、作家としてリフレッシュされるのに必要な、いいタイミングだったんじゃないかと思います。
●「スペリオール」でガンダムを連載するということ
――『サンダーボルト』はファーストガンダムと同じ世界、同じ一年戦争の時代を舞台にしていますが、やはり、太田垣先生には思い入れがあるのでしょうか。
待永 太田垣先生はファースト世代ですから、当然、一番思い入れのある《一年戦争》が舞台になりました。《サンダーボルト宙域》に関しては、「《サイド4》があった場所というのは、じつはあまり描かれていないから、そこを舞台にしたら面白いんじゃないか」と。
――「スペリオール」で『ガンダム』というのは意外性がありますね。
待永
太田垣先生の中では「スペリオール」で『ガンダム』をやるというのは、明確な狙いがあるんだと思うんですよ。
まず、単純に「スペリオール」で誰も『ガンダム』が載るなんて思わないですよね。『ガンダム』に特化した専門誌もありますが、そういう雑誌で描くよりも、「スペリオール」で『ガンダム』を描く方がインパクトがある、というのがあります。
それに太田垣先生がおっしゃっていたのですが、専門誌は『ガンダム』という世界の《コード》、専門知識を詳しく知っている『ガンダム』ファンのための媒体なので、対象読者も限られてしまいます。でも、「スペリオール」で『ガンダム』を連載する場合は、昔『ガンダム』を観た程度の人や、『ガンダム』を全く知らない人でも楽しめるような作品でなければならない。「スペリオール」なら、そういう挑戦ができる、と。連載当初からそういう志をお持ちでしたね。
――実際に読者の方の反応はどうでしたか?
待永
手応えは初めからありました。アンケートでも、初回からかなり上位だったので、インパクトだけでなく、読者の方に「作品」としても受け入れられたんだなと。
ただ、読者層のデータを見るとやはり40代くらいの男性が多いです。それだけ『サンダーボルト』が「スペリオール」という媒体が持っている読者層を、太田垣先生の狙い通りピンポイントでガッチリ掴んだということだと思います。
本当はもう少し下の年齢層の方にも楽しんで欲しいので、今回のアニメ化をきっかけに、そうなればいいな、というのが、担当としての希望です。
●太田垣先生の『ガンダム』への愛には嘘がない
――『サンダーボルト』には、フルアーマーガンダムやサイコザク、ガンキャノンアクア、水中型ボール、ガンプラ世代にはたまらないメカニックが登場しますね。
待永 レビューなどでは「『俺ガンダム』を楽しそうにやっている」なんて言われたりするんですが、言い方はともかく、楽しんでやられているという意味ではその通りだと思います。太田垣先生はファーストガンダム世代ですが、もっと敏感なのは、「MSV」(モビルスーツバリエーション)なんですよね。
――「MSV」! 『ガンダム』の放送終了後、作品に登場しない新たなモビルスーツが「MSV」として発売されて、ガンプラブームがさらに盛り上がりましたね。
待永
太田垣先生は「ガンプラ」の大ブームの時に、行列に並んだのに「ガンダム」のような人気のモビルスーツのガンプラが買えなくて、欲しくないものを買うしかない、といった経験があったそうです。
そういう体験があって、自分でフルスクラッチ(完全自作)して作っていたそうなんです。以前「MAX渡辺さんになりたかった」とおっしゃってました。「MAX塗りというのがあって」と熱く語られて…(笑)
――MAX渡辺さんは、有名なプロモデラーの方ですね。ガンプラ世代にはプロモデラーが憧れの存在でした。ガンプラブームの一翼を担った漫画『プラモ狂四郎』(原作:クラフト団やまと虹一)に登場するストリームベースの方々とか。
待永
もちろん『プラモ狂四郎』もご存知で、フルアーマーガンダムは『プラモ狂四郎』版のカラーを意識したとおっしゃってました。
僕のように世代の違う人間から見ても、やはり、太田垣先生のガンダムへの愛情には嘘がない。勉強した知識とかではないので、無理がないんだと思うんです。本当にその時代を生きていて、その感覚を知っていて、それを今の漫画家として積み上げたキャリアとテクニックの上で、アウトプットするという。
だからこそ、太田垣先生の場合は、『ガンダム』ファンの方から見ても「この人のガンダム愛は本物だ」というのが、素直に伝わったんじゃないかと思います。
――当初から、アニメ化は想定されていましたか?
待永 いえ、全く想像すらしていなくて。アニメ化はまず無いだろうと思いながら、逆に「漫画でしかできないもの」をやってやりましょう、と話していました。ですから、プラモデル化やアニメ化は本当に感謝以外のなにものでもありません。
――アニメ化が実現したのはどういう経緯だったのですか?
待永 『ガンダム』シリーズを手掛けておられるアニメ会社さんの中で、「次はこれどうですか?」という声が現場から上がってきたそうなんです。普通はトップダウンが多いと思うのですが、珍しく現場から要望が上がったそうで。アニメの製作者の方にも太田垣先生の『ガンダム』への愛が伝わり、「これは挑戦してみたい」と共有をしてくださったのかなと思います。
――『サンダーボルト』は『外伝』も含めて、《音楽》というものが、非常に大きなキーワードになっていますね。太田垣先生は音楽がお好きなんですね。
待永
もちろんお好きなんですが、最初は「ひとつの戦場で2人のライバル同士が決着をつける」という、とてもシンプルな構造だったので、両者の個性をより際立たせるための舞台装置として《音楽》を使われたんだと思います。
イメージとしては《音楽》そのものというより、そこから連想される《映画》が大きいんじゃないでしょうか。若い頃にたくさんご覧になられて、血肉になっている70年代くらいのアメリカ映画やニューシネマ、戦争映画、西部劇などの作品のイメージから、ジャズやオールディーズを使われたんだと思います。
――今回のアニメでも、音楽がとても大きな要素になっていますね。
待永 今回のアニメの菊地成孔さんの音楽は、太田垣先生も我々も驚きかつ腑に落ちました。すごくかっこよくて、アニメになった感慨が倍加するといいますか。「音」というのは漫画ではどうにもできない要素ですので。
●舞台は再び「サンダーボルト宙域」へ
――『サンダーボルト』ではジオン軍側も同様に、血の通った人間として描かれ、連邦の方が悪役的に描かれていますね。
待永 元々「連邦を悪役に」というより、「ガンダムを悪役に」というコンセプトをお持ちだったんです。少年誌などでは、ライバルとなる敵がいて、主人公が成長しながら、その敵と何度も戦っていくというパターンがありますが、『ガンダム』の世界では、そもそも「ガンダム」が最強なんです。じゃあ、最強の敵「ガンダム」と戦うのは何だろう、と考えたら、「ザク」だな、と。
――量産型で、一番弱そうなザクが…。。
待永 そのザクが、パワーアップして、「サイコザク」になって最強の敵であるガンダムと戦う……そういう物語の創り方を考えた時に、必然的にそのザクが主人公っぽい役割になってくる。そして、ガンダムは本当の悪役、いわば「魔王」としてのガンダムにしたいというコンセプトが、太田垣先生の中には初めからあったんです。
――「サイコザク」というくらいですから、人間の精神力の象徴みたいなところがありますね。
待永 そうですね。ダリルは腕を切断するという犠牲を払ってサイコザクに乗り、どんどん成長し、強くなっていく。普通に考えれば、こちらが主人公ですから、そういう作りになっているんですよね。
――7集の最後で、サイコザクをお坊さんたちが「大仏さん」のように拝んでいるのを見ると、『ガンダム』にまた新たな感覚を持ち込まれたなと衝撃的でした。
待永 まさにそういう儀式、「開眼法要」として、サイコザクを崇めている宗教ですが、それも太田垣先生流のリアリズムなんだと思います。戦争の後には新興宗教が流行るということと、ニュータイプという特別な存在、そこにある種のリアリティがあるんだと思います。
――現在、『サンダーボルト』では舞台が地上に移っていますが、もう一度「サンダーボルト宙域」に戻ることはないのでしょうか?
待永 そういう構想のお話はしています。ファーストガンダムがそうであったように、『サンダーボルト』も、宇宙から始まって、地球に行き、最後は再び宇宙に戻るという流れになればよいな、と。
●『外伝』と本編はリンクする!
――eBigComic4連載中の『外伝』は、模型雑誌「ホビージャパン」で、プロモデラーの方たちの作例とコラボレーションした成果を、太田垣先生がもっと知ってほしい、ということで始められたわけですが…。
待永 太田垣先生は「ホビージャパン」さんで「サンダーボルトメカニクス」という企画をやってくださっていることを非常に喜んでおられて、モデラーさんたちが作られた精巧な模型を使って何か出来ないかと考えた時に、昔あった「フィルムコミック」の発展形として、模型とCG技術を使って新しいかたちの漫画にすることができないか、というのが『外伝』の発想の原点だったそうです。ただ、それを十分に表現するにはカラーでないと意味がないので、雑誌ではなくWEBで、ということでこのような形になりました。
――モデラーさんの手による模型を漫画の中に取り込むことによって、これまで体験したことのないような“映像体験”が楽しめる作品になっていますね。
待永 そうですね。モデラーさんの手による作例が持っている、漫画とは違うリアルな質感をうまく漫画の中に落とし込んで、普通の漫画ではだせない迫力、「いい意味での違和感」が出せたら、作品としても新しい挑戦になるんじゃないかと。『外伝』は一貫してそういうコンセプトで描かれています。
――『外伝』は読み終わった後、戦争映画一本観たような読後感がありますね。
待永 太田垣先生はそういった「戦争もの」もお好きですし、そういう気持ちで描かれているんだと思います。ただ、今の時代は、普通に戦争物を描きたいといっても、なかなか受けないんです。でも『ガンダム』というフィルターを通せば、自分が描きたい戦争の物語を一番モダンな形で描けるんじゃないか、といったことはおっしゃっていましたね。
――本編は強い者同士の戦争の話ですが、『外伝』では大局を左右するような話ではなく、救助船や「ボール乗り」など、弱者が「どうやって戦場で生き伸びるか」というお話になっていますね。
待永 『サンダーボルト』は『ガンダム』という大河の中での話ですが、『外伝』は逆にそこから漏れてしまう部分、本編では出せない部分を描いているので、考えかたによっては太田垣先生の色がより濃く出ているのかもしれないですね。
――「砂鼠のショーン」(第5集に収録)のように、本編のキャラクターが『外伝』に登場したり、その逆はありますか?
待永 たぶん今後は結構リンクしてくると思います。本編でチラッと描かれたキャラクターについて「なぜそうなったか」みたいなことが『外伝』で明らかになっていくこともあるかもしれませんので、お楽しみに。
●めざすせハリウッド!?
――太田垣先生は以前、ツイッターで「『サンダーボルト』をハリウッドで映画化できないかな」と、つぶやいていましたが……。
待永 それは……『サンダーボルト』の漫画、プラモデル、アニメ化と、夢が着々と実現しているので、その先の夢として、おっしゃられたのかな、と思いますね。
――6月24日には『サンダーボルト』8巻と、フルカラーの『外伝』1巻の単行本が同時発売されます。!
待永 ガンダムの漫画でフルカラーというのはなかなかないと思います。最高クオリティになるように鋭意準備中です!
――読者にメッセージをいただけますか。
待永
太田垣先生は今回アニメになった『サンダーボルト』3集目までを「プロローグ」にするつもりでやりたい、とおっしゃっています。
局地戦から、どんどんスケールが大きくなり、キャラクターもより多く出てくるようになりますので、そういった面白さが現在「スペリオール」連載中の漫画の中にあると思います。
先生は基本的には、オリジナルで出てきていたメカ、モビルスーツについては、全部サンダーボルト流にリアレンジしたものを登場させたいとのことなので、それまでは続く形になると思うんですよね(笑)。
ですので、これまで読んでくださっていた方も、今回アニメから入って来られた方にも、ぜひ楽しみにしていてください。
――『外伝』についてはいかがですか?
待永
『外伝』は、同じような創り方をされている漫画はありませんので、太田垣先生の表現への挑戦として、今後も、より良い手法を更新していくと思います。
一回一回、読み切り形式ですので、精密に作り込んでおられます。元々短編の上手い作家としての本領が発揮され、非常に充実した作品になっています。ガンダムでこんなことをやってみよう、という先の方まで話はたくさん考えておられますので、外伝だから挑戦できることをお楽しみいただければと思っています。
――どうもありがとうございました。